「働き方改革」に含まれる猛毒・裁量労働制の「本当の姿」と「あるべき姿」

本当の姿は・・・(ペイレスイメージズ/アフロ)

安倍政権が進める「働き方改革」に対するイメージは、多くの方にとって「長時間労働是正に向けて取り組んでくれる」(実効性はさておき)という肯定的なものだろう。

「働き方改革」に「裁量労働制の拡大」という長時間労働を加速させる真逆の政策が取込まれている点は、ここ数日の国会質疑などを通じて少しずつ知られるようになったが、まだまだ広く知られてはいない。

この「裁量労働制」に対する国会質疑での野党の追及にもっとも貢献されたのは、Yahoo!ニュース個人オーサーの下記上西充子教授の論考やTwitter【 @mu0283 】だろう。

最新の記事を掲げるので、ぜひご一読いただきたい。

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とはいえ、まだこの裁量労働制については、無理解や誤解が多い

その典型が、裁量労働制だから「自由な働き方が可能になる」というものだ。

その責任の多くは、こういった虚偽を報じる一部有力メディアにある。

典型がこの記事のような裁量労働制の紹介だ。

政府は働き方改革法案を今国会の最重要法案に位置付け、働く時間や場所を自由に選べる「裁量労働制」の対象拡大を盛り込む方針だ。

出典:日本経済新聞(2018年2月14日)

この記事の読者が、裁量労働制が適用⇒労働者に裁量が与えられると誤解するのは当然だろう。

ただ、実際の法制度をみても運用をみても、裁量労働制の適用により労働者に裁量を与える制度ではない。

この記事では、裁量労働制について法的側面から解説(「本当の姿」)をするとともに、「あるべき姿」を解説したい。

裁量労働制とは?(「本当の姿」)

裁量労働制とは、裁量が与えられる一定の業務に携わる労働者について、労働時間の計算を実労働時間ではなく「みなし」で行うことを認める制度であり、労働基準法に定められた、労働時間規制を緩和する制度だ。

この裁量労働制は、大きくわけて専門職種の労働者に関する「専門業務型」と、経営の中枢部門で企画・立案・調査・分析業務に従事する労働者に関する「企画業務型」の2種類があるが、「働き方改革」で拡大・規制緩和が狙われているのは「企画業務型」の方だ。

制度が適用された効果

労働時間の計算を「みなし」で行うという意味は、実際に何時間働いても、「みなし」時間しか働いていないことになるということだ。

だから、例えば、実際には14時間労働であっても設定された「みなし」時間が9時間であれば9時間しか働いていないことになる(残業代も9時間対応分のみで残りの支払を免れる)。結果として、実際の労働時間に対応する残業代支払(労基法37条1項)の法的規制を免れ、固定残業代制度が採用されたのと同じ状況になるのだ。

*注1:裁量労働制が適用されても、休日・深夜労働に対する割増賃金支払いは免れず実労働時間で算定されます。

適用対象者

企画業務型裁量労働制が予定している適用対象者は、企業の中枢にいるホワイトカラー労働者だ。

ただ、注意すべきは、年収要件がないこと、雇用形態に制限がないことだ。

労基法38条の4第1項1号で定められた「対象業務」は以下の通り。

事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であつて、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務

ざっくりと解説すれば、この法律が予定しているのは企業の中枢にいる大幅に裁量が与えられているホワイトカラー労働者だ。

大幅な裁量が与えられているのは、社内でもそれなりのポジションにある上位職種に限られるだろう。

ただ、実際には「裁量がない労働者」に対しても適用されてしまう例が多く、長時間労働の温床になっているのだ。

図示すると、こんな感じ。

【本来の予定された制度】

 働き方に裁量が与えられている労働者

                ⇒ 裁量労働制を適用

【よくある誤解】

 裁量労働制を適用 

    ⇒ (使用者ではなく)労働者に働き方の裁量が与えられる

【現実の運用】

 裁量のない労働者 

        ⇒  使用者に裁量が与えられ定額働かせ放題となる

現実に裁量労働制の適用により裁量が与えられているのは、労働者ではなく使用者だ。

裁量労働制が適用されたからといって、自由に働く時間の裁量が与えられない。

裁量労働制と働く場所を自由に選べるというのも、何の関係もない。

この実態が誤解されたママなのが現状だろう。

非正規・最低賃金でも裁量労働制が適用?

裁量労働制を考えるうえで、適用要件には契約形態、年収要件がないことも重要だ。

いわゆる「非正規雇用」(パート・契約社員など)でも、最低賃金で働く労働者でも、法理論上は裁量労働制が適用される余地があるというのは必ずしも間違いではない。

ただ、パートだったり最低賃金であったりしながら、「企業の中枢にいる大幅に裁量が与えられているホワイトカラー労働者」など想定できない。

日本社会の雇用慣行からして、そんな就労実態の労働者は裁量など与えられておらず、本来は企画業務型裁量労働制など適用してはならない対象だ。

にもかかわらず、こんな国会でのやりとりがなされ問題になった。

日刊ゲンダイが過労死を増やすとして繰り返し危うさを指摘している「裁量労働制」の拡大。安倍政権が今国会で関連法案の成立を目指す中、希望の党の山井和則衆院議員が質問主意書で、契約社員や最低賃金で働く労働者に対する裁量労働制の可否を問いただしたところ、政府は6日の閣議で〈契約社員や最低賃金で働く労働者にも適用が可能〉とする答弁書を決定した。

出典:日刊ゲンダイデジタル

この閣議決定の問題は、現在横行している裁量労働制の濫用を本気で政府が取り締まる気がないこと(=濫用放置を黙認)、それなのに裁量労働制の適用を拡大する法案提出強行を狙っていることだ。

これでは使用者による働かせ放題の新たな武器を与えることになり、働き方改悪と揶揄されても文句は言えまい。

適用拡大が狙われる裁量労働制の中身

ざっくり言えば、ホワイトカラー労働者全てについて、適用対象となり得るものだ。

提案されているのは、以下の2類型だ。

a 事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査及び分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該事業の運営に関する事項の実施状況の把握及び評価を行う業務(PDCA型業務)

b 法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該顧客に対して販売又は提供する商品又は役務を専ら当該顧客のために開発し、当該顧客に提案する業務(課題解決型提案営業)

aは、何らかの企画に関する業務を管理する立場にあれば良いとの解釈が可能で、明確な限定がない。主として行う者であればよく、企画業務への強い専業性も求められていない。

「事業の運営に関する事項」とは、チーム単位の企画も含まれると考えられており、チーム単位の企画実施状況を「把握」して「評価」する立場の者であれば、係長やチームリーダー程度の者まで含まれてしまう。

したがって、事業運営にある程度の関与があるという名目で、ホワイトカラー労働者の多くはこの適用対象に含まれると扱われる可能性が高い

現行制度でさえ、政府は最低賃金で働く労働者や契約社員にも適用される運用する余地を認めているのだから、拡大されたらなおさら拡がるだろう。

 

bは、これまでなかった営業職(法人)へ裁量労働制を導入するという新たな対象拡大だ。

要は法人を相手とする営業職が全て含まれると考えて良い。

法人相手の営業職であれば、何らかの形で顧客事業の運営に関する企画、立案を行っており、法人相手の営業は全て適用対象になると考えられるからだ。法律の規定する要件は極めて曖昧で、企画立案調査分析について強い専従性は求められていない。業務の一部に何らかの企画立案調査分析が係わるのであれば、全て裁量労働制の対象とされると考えて良いだろう。

あるべき姿

裁量労働制に求められている「あるべき姿」は、政府方針とは真逆の制度拡大(規制緩和)ではなく、規制強化だ。

裁量労働制が適用されてしまうと、「みなし」しか残業代が払われず、労働時間は管理されず放置されるケースがほとんどだ。そのため、現在も裁量労働制は長時間労働の温床(残業代ゼロ放置)になっているケースも多い。

そんな裁量労働制の実態を踏まえ、私が考える規制強化策は具体的には、以下の3点だ。

1 対象外適用者への是正措置

まずは、裁量がない労働者に適用されているケースについての是正措置の整備だ。

今でも、本来裁量労働制が適用されるべきではないのに「みなし」による残業代ゼロ扱いがあれば、実労働時間に対応した残業代を支払うべきと法令を解釈可能だ。しかし、そういった実務上の運用は殆どみられない。

裁量労働制が本来適用されるべきではないケースに適用された場合、実際に働いた時間(実労働時間)に対応した残業代が支払われることを法律に明記し、違法な運用に対する警告を発するべきだ。

2 実労働時間把握義務

また、ブラックボックスとなっている裁量労働制適用対象者の労働時間を適切に把握するよう、明確な実労働時間把握の法的義務を課すことが必要だ。

実際の労働時間が把握されなければ、長時間労働が蔓延する「みなし」時間との乖離の実態も明らかとはならない。

なお、実労働時間把握義務に違反した場合の制裁として、刑事罰でなくむしろ企業名公表を法令上明記して制度化することを優先すべきだろう。労働基準法の定める罰金は他の規定とのバランスなどから罰則上限額には事実上限界もあり、残業代ゼロで利益を上げた企業(とりわけ大企業)に僅かな罰金では痛みは少なく抑止効果も少ない。

労働法令の違法があったことが報道される、求職者などが職場実態を把握する契機になる企業名公表制度は、社会的評価の低下を避けたいと考える使用者には大きな抑止効果もある。

3 「みなし」時間と乖離したケースへの是正措置

明らかとなった実労働時間と「みなし」時間の乖離が著しく長時間労働が常態化している場合、裁量労働制の「みなし」の効果を否定することを法令に明記する是正措置が必要だ。

現状数多く見られる実態と乖離した「みなし」時間を放置することは、残業代ゼロ合法化制度を容認することに他ならない。

こういった運用は、裁量労働制の本来の狙いとも異なるもので、簡単にこれを取締まれるような法令整備が必要だ。

まとめ

この企画業務型裁量労働制の拡大は、長時間労働による人の命や健康が関わる重大問題だ。

この間の国会質疑で明らかになった長時間労働が生まれるという実態を踏まえ、政府は少なくとも働き方改革一括法案から、裁量労働制適応拡大は除外すべきだ。

そのうえで、適用対象の拡大ではなく、むしろ抜本的な規制強化に向けた議論が進むことを期待したい。

これこそ本当の「働き方改革」だろう。

*2018年2月15日20時43分 注箇所など一部加筆訂正しました