きょう入ったニュースによると、9月入学・新学期に向けて、政府は具体的な作業に入ったという。

 来年秋からの制度化を想定。杉田和博官房副長官が関係府省の事務次官を首相官邸に呼び、導入に向けた論点整理を急ぐよう指示した。大型連休明けから検討を本格化させる。

 新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言の延長期間が5月末までで終了すれば、検討結果を踏まえ、安倍晋三首相が6月上旬にも方向性を打ち出すことも検討している。

出典:時事通信5/1

 賛否さまざまな意見がある。当事者である高校生らの意見も割れているようだ。

 この記事では、賛成派、推進論の根拠(9月入学のメリット等)と前提について、検討を加えて、疑問点や批判的に考えたいことを指摘したい。たとえば、9月入学によりグローバル対応が進むといった話が出ているが、本当だろうか、検討したい。

(写真素材:photoAC)
(写真素材:photoAC)

 なお、2点ほどお断りしたい。ひとつは、わたしは9月入学の論点や経緯の詳細、あるいは留学についてすごく詳しいわけではないので、理解不足のところもあると思う。そこはお恥ずかしいかぎりだが、建設的な議論の一助になればと思い、投稿する。わたしからは、論理的に考えたうえでの疑問点などをお話しする。

 2つ目として、論者によっては曖昧だが、9月入学といっても、現時点では、制度の中身がはっきりしない。どこ(何年何月生まれ)で1学年と区切るのか、いつからスタートするのかなど。

 ここでは、いったん、いまの子どもたちの学年終わりが来年の3月ではなく、約5カ月延びて8月頃に移行する、そして来年の9月から新学年・新学期にするという制度を想定する。つまり、今の小6、中3、高3、大学4年生などは、卒業を半年近く遅らせる。保育園・幼稚園の年長さんは、来年の4~8月は保育園・幼稚園を続けるか、または小学校で預かり保育(学童保育など)を行うか、いずれかとなると仮定する。

■メリット1:「グローバル対応できる」は本当か?

 9月入学のメリットのひとつとしてよくあがるのは、「欧米等の学事暦と同じとなるため、海外へ(または海外から)留学しやすくなり、大学教育等のグローバル化、日本の国際化が進展する」というものだ。

 たとえば、いまの日本の高校3年生が留学したいとき、来年3月に高校を卒業したあと、約半年待ったあと、9月に留学することになる。4~8月までは高校生でも大学生でもない、宙ぶらりんの状態というわけだ(”ギャップイヤー”、”ギャップターム”)。

 しかし、こうした見解には、疑問が残る。5点ほど指摘したい。

 第一に、9月新学期制にしても、ギャップタームがなくなるからという理由で、留学しようと思う子がどのくらい増えるのだろうか?たとえば、今の制度のまま来春3月に卒業して、4~8月の間は留学準備(勉強、早めに現地に行くなど)やアルバイトに注力したほうが、資金や情報も貯まるし、留学しやすい、という生徒はいないのだろうか。

 第二に、今回の9月新学期制のミソは、半年近く短くするのではなく、遅らせるという点だ。つまり、仮に海外へ留学しやすくなるとしても、4月生まれの子は19歳5か月で入学することになる。これは、海外(論者がいうところの”グローバル標準”)よりも、むしろ遅いというケースも多々あるのではないだろうか?

(写真素材:photoAC)
(写真素材:photoAC)

 第三に、既に、いまでも100を超える日本の大学で4月以外の時期に入学させているという(NHKニュース4/30)。なのに、留学生があまり来ない、足りないと言うなら、それは、別の要因、問題のほうが大きいからではないだろうか

 たとえば、日本語でしか授業が受けられないものが多い、教育・研究内容が他国と比べて魅力的ではない、留学生へのケア支援が薄い、日本で就職したい企業等が少ない、などかもしれない。仮にそうした問題が深刻だとしたら、9月入学で解決する話ではなく、そちらの真因のほうに、時間や予算をかけるほうが賢明だ。

 第四に、海外の大学と時期が合えば、日本の大学の国際的なステータスも上がるという論者もいるが、論理が飛躍しているのではないか。9月入学だけでそれが推進されるほど、簡単ではないだろう。たとえば、上記のとおり、留学生の受け入れ環境の充実などに加えて、研究者の報酬を引き上げること、研究者に文科省向けの報告書や大学運営などの事務に多大な時間を取らせるよりも、研究により専念しやすい環境をつくることなどが必要だろう。

 第五に、一部の留学したい子たちのために、保育園児~高校生、専門学校生、大学生らまでの広範な影響を与える制度改正を行っていいものだろうか。独立行政法人日本学生支援機構が実施している「協定等に基づく日本人学生留学状況調査」によると、日本人学生の海外留学状況は、2018(平成30)年度で、115,146人だという。OECD、ユネスコ、米国国際教育研究所(IIE)等の2017(平成29)年統計による日本人の海外留学者数は、58,408人だという(いずれも文科省ウェブページ)。

 調査方法や短期留学まで含めるかなどで数はちがっているようだが、少なくとも、5~12万人以上は留学している。数だけが問題ではないが、高校生らは1学年だけでも約100万人である。一部の生徒・学生のために、大きな制度変更を行っていいかどうかは、慎重に考えるべきだ。

■メリット2:「学習の遅れをカバーでき、学力格差の是正につながる」は本当か?

 冒頭に引用した時事通信の記事では、こうある。

 全国の学校では児童・生徒の感染を予防するため臨時休校が続いている。政府は自宅で学習できるオンライン授業の普及を促しているが、自治体によって取り組みに差があり、学力の「地域格差」拡大が懸念されている。

 感染終息のタイミングによるが、全国一律に9月入学で仕切り直せば、こうした不安を払拭(ふっしょく)できる可能性がある。

 現時点の情報では、全国的な緊急事態宣言が1カ月ほど延長される見通しだ。だとすれば、休校(臨時休業)は、3月から5月まで、約3か月も及ぶことになるし、6月以降も通常運転(再開)できる保証もない。3月学期終わりのままでは、単純計算して、およそ1/4の学習内容が十分に履修できない危険性があるか、もしくはスピードアップし過ぎて取り残されてしまう子が増加する危険性がある。

 確かにこれはとても深刻な問題だし、9月入学に賛成する意見の重要な論拠であると思う。だが、これについても、少なくとも4つの疑問がある。

 第一に、休校中も、子どもたちや学生の学びと生活は、止まっているわけではない。小学生なのか、大学生なのかなどによっても様々だし、一概には到底言えないことではあるのだが、緊急事態宣言下であっても、オンライン、オフライン問わず、一定の学習は続いている。(不十分な点も多々あることは、わたしも承知しているが。)9月にリセットするほど、休校中大きく遅れているかどうかは、もっと冷静に見ていく必要があるだろう。

 第二に、とはいえ、家庭の教育力や通信環境、また各教育委員会の施策などによって、休校中の学習状況に差がついていることは、紛れもない事実だろう。しかし、だからといって、みんな一斉に9月再スタートにしましょう、というのは論理が飛躍している。たとえるなら、陸上競技で、せっかくトラック半周走っていたのに、まだほとんどスタートできていない選手がいるので、もう一度スタートしなおしましょう、というものだ。率直に申し上げると、オンライン、オフライン問わず、学習していた子や家庭からすれば、「なんでまた戻らなアカンのや?」ということになろう。

 実際、わたしのもとには、ある高3の受験生からメールが届いた。いち意見ではあるが、少し紹介する(多少文末表現等は変更している)。

9月入学論は受験生の気持ち、努力を無視する主張です。言ってしまえば「受験生総浪人」。受験生はそれまで生きて来た中で最大の努力、最多の時間を受験に注ぎ、最高のコンディションで臨もうとするわけです。期間が延びればその分負担が増します。9月入学は精神的にも受験生を追い込むことになります。

 時計の針を戻すという発想よりも、遅れがちな子へは別途支援を講じるという発想のほうが、社会的なコストも小さく、かつ効率的ではないか。

 第三に、中原淳先生らも指摘されているが、9月入学となったとき、この8月までの学習がなおざりになるリスクがある。

「9月入学制を決めてしまえば、4月から8月までは何もできなかったとしても、やむをえないという雰囲気」が、学校関係者、教育関係者のあいだに、為政者が意図しようと、しまいと、起こってしまうことが一番心配です。

出典:中原淳研究室のブログ

 仮にそうなると、8月までの間に家庭の教育力等に影響を受けた教育格差は、一層開いてしまう。つまり、9月入学論者が重視することと逆の副作用を生んでしまうかもしれない

(写真素材:photoAC)
(写真素材:photoAC)

 もちろん、「そんなことにならないように、8月までの学習支援はしっかりする」と反論する人もいるだろう。

 OK。だったら、さらに2点申し上げる。ひとつは、8月までの支援がそれなりに充実するならば、9月にリセットする意味は、薄くなるではないか。2つ目。9月入学の制度変更には、学校教育法の改正をはじめ、国も地方自治体(教育委員会等)も膨大な労力を要しそうだ。学校、教職員もまた振り回されることになろう。そのため、肝心の8月までの学習支援等に十分な時間やエネルギーが向かなくなるリスクもある。このあたりのことは、わたしの以前の記事でも書いたので、詳細は述べない。

 話を戻す。メリット2:「学習の遅れをカバーでき、学力格差の是正につながる」という意見に対する第四の疑問は、他の政策、代替案と比べて、本当に9月入学という手段がベターかという点である。

 たとえば、学習指導要領を一部精選(カット)したり、弾力的な運用を認めたりすることで、9月新学期にせずとも、たとえば、小学校1年生で履修する内容の一部を2年生にもってきてもいいのではないか。いまでも高校数学で行列をやらないまま、大学生や社会人になって苦労するといった話は多々あるが、そのときに学んだらいい話と言えるかもしれない。危機のときであるし、授業ができる時間も限られている以上、なにかはカットしたり、飛ばしたりすることも受容せざるをえないのではないか。当然、入試で、一部の受験生が不利、不公平にならないようにする措置は講じる必要がある。

この点の詳細はこちら。休校が長引くことへの対策、政策を比較 ― 夏休み短縮・土曜授業、9月新学期、学習内容削減

 ほかにも9月入学をめぐる論点はあるが、上記2つのメリットは最も度々紹介されているので、疑問点や反論を申し上げた。

■9月入学論も「みんな一緒がいい」という発想に囚われている

 さて、いずれにしても、9月入学、9月新学期で違和感があるのは、保育園児から大学生らまでをみんな一緒に、「いっせーのーで、約半年遅らせましょう」という発想なところだ。

 仮に、本当にグローバル対応や日本人の海外留学を増やしたいならば、高校2年生や高校3年生の8月までに優秀な子には高校卒業資格を与えて、留学を後押しすればいいのではないだろうか?日本の大学だって、すでに法制度上は秋入学にもできるのだから、春入学と併用すればよいのではないか(入試実務が大変などの問題は残るが)。

 どうして、みんな一斉に9月入学に合わせる必要があるのだろうか?

 「現行制度だって、同一年齢・同一学年・同一卒業にこだわった考えではないか」というご意見もあろう。わたしは、そこはもっと柔軟でもいいと思っている(前述のとおり、一部飛び級を認めるなど)。だが、そうした制度改正や政策的支援は、この新型コロナ対応とは別に議論していけばよい話であって、新型コロナで大変だから、エイヤーで9月入学を推し進めるということには、大いに疑問が残る。

 冒頭で申し上げたとおり、わたしの考える視点、論点等がすべてではないとは重々感じているが、交通整理しながら、この危機のなか、真に重要な政策のほうを議論し、実行していただきたい。

※5/22 追記 9月入学の拙速な導入に待ったをかける署名活動がはじまっている。下記は関連サイト。

https://peraichi.com/landing_pages/view/stopseptemberadmission

◎関連記事

休校が長引くことへの対策、政策を比較 ― 夏休み短縮・土曜授業、9月新学期、学習内容削減

9月入学・新学期は進めるべきではない ― 子どもたちと社会への影響を重く見るべき4つの理由

夏休み返上や9月入学などと言う前に検討・実践してほしいこと、授業のスピードアップは可能か

夏休みゼロ、大幅短縮の大問題 ― 本当に子どものためを考えてのことか?

休校の長期化が想定されるなか、学校、教育委員会に考え、行動してほしい3つのこと

【休校でも再開でも重要な問題】日本の先生は、子どもたちのやる気を高められているか?

◎妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/