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休校が長引くことへの対策、政策を比較 ― 夏休み短縮・土曜授業、9月新学期、学習内容削減

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
休校が長引くなか、どのような対策が必要だろうか(写真:アフロ)

 地域によっては、休校(臨時休業)が長引きそうだ。5月中まで休校延長を決定した自治体は増えているし、新型コロナウイルスが依然として猛威を振るうなか、6月以降の見通しも不透明になりつつある。

 こうしたなか、夏休みの大幅な短縮(お盆休みを除きゼロにする等)を発表するところもあれば、9月新学期にするべきだという案まで浮上している。どのような政策にも、一長一短、メリット、デメリットがある。この記事では、いくつかの政策オプション(選択肢)を比較・検討してみたい

(家庭任せでは、学力格差が広がるという声も 写真素材:photoAC)
(家庭任せでは、学力格差が広がるという声も 写真素材:photoAC)

■選択肢1:夏休み短縮、土曜授業は実行しやすいが、問題は多く、教育上の効果も疑問

 まず、各地の動きを概観してみよう。きょうの読売新聞(4/29)では調査結果が紹介されている。

調査は、高校を所管する47都道府県、小中学校を所管する46道府県庁所在市、政令市、東京23区の計121自治体を対象に24~28日に尋ねた。

休校で失われた授業時間の確保策(複数回答)については、「夏休み短縮」が最多の63自治体(52%)で、次いで、「修学旅行など学校行事の縮小」(59自治体、49%)、「土曜授業の実施・拡充」(34自治体、28%)だった。

 なるほど、行事の縮小などの動きが多いが、前々回の記事で書いたとおり、仮に5月中、あるいは6月まで休校が長引いた場合、行事の縮小では、十分な時間の確保は難しい学校も多い。そこで、以下では、行事の縮小以外の4つの政策オプションを比べてみた(行事の縮小+これらの政策のいずれか、ないし複数を進めるというイメージ)。次の図をご覧いただきたい。

 子どもたちへの影響、教員への影響、社会への影響に分けて、考えてみた。もちろん、ここで記載した論点、観点以外もあるだろうが、複雑になり過ぎてもいけないので、ここでは重要と思われることを整理する。

(筆者作成)
(筆者作成)

 一つ目の選択肢は、「授業時間を増やす」というものだ。具体的には、夏休みの短縮、7限目実施(平日に6時間目に加えた授業や補習を実施する)、土曜授業等だ。

 これは、あまり予算も必要なく、授業時間を確保できるという意味では、実行しやすい政策ではある。だが、いいことばかりではない。

 まず、子どもたちへの影響を重く捉えたい。ぶっちゃけ申し上げると、楽しみにしていた夏休みが大幅にカットになって、あるいは土曜も来いと言われて、学習意欲が高まる子は少ないだろう。となると、教育上の効果は高くないかもしれない。

 この政策は、なにも授業時間を確保すること自体が目的ではないはずだ。1年間に予定していたカリキュラムがきちんと習得できるようにしたい、これがこの政策の目的、目標であると思う。だが、単純に授業時間を延ばすと、その本来の目的からどんどん遠ざかってしまう危険性があるわけだ。

 また、土曜名夏休みなどでは、子どもたちの自由時間も大切だ。学校の先生や友達との時間だけでなく、家族と過ごしたり、新型コロナが落ち着けば旅に出かけたり、あるいは自分の好きなことに打ち込んだりする時間、ゆとりを、授業時間の確保という大義名分のもと奪っていいものだろうか。

 もともと、週休2日制が導入されたのは、子どもたちに、学校以外の多様な経験をしてもらうというねらいがあった、と聞いている。いくら災害時だからといって、なりふり構わずカットしていいことばかりではない。

(時間はだれにとっても有限であり、安易に自由時間を減らすべきではない。 写真素材:photoAC)
(時間はだれにとっても有限であり、安易に自由時間を減らすべきではない。 写真素材:photoAC)

■土曜授業は労働基準法や給特法の趣旨に照らしても、問題

 加えて、このオプションは、教職員への影響も大きい。夏休みの大幅なカットや平日と土曜の授業の増加等を行うと、教職員の側も休養しリフレッシュすることや、研修や研さんに励み、視野を広げる時間がなくなってくる。授業準備時間も例年より短くなる。こうした影響を予想すると、上記の本来の目的から遠ざかる結果になりかねない。

 学校は、平時でも過労死ライン超えの過重労働な人が多い世界なのに、このコロナ禍のなかで、教職員に感染症対策の徹底を求め、休校中の授業の遅れを取り戻すことも課し、子どもたちの心のケアやいじめ防止もしっかりしろ、と言っているのである。このうえ、土曜授業の増加や夏休みの返上を進めては、教職員の労働条件をさらに悪化させかねないし、教職員の過労死防止やメンタルケアも一層心配になってくる。

 付言すると、土曜授業は、労働基準法上も、大きな問題をはらむ。公立学校の教員であっても、労働基準法は基本的には適用されるから、週40時間を超えて労働させてはならない(第32条)。そこで、ほとんどの自治体では、条例等で、教員の勤務時間は週38時間45分と規定している。

 ただし、労基法第33条第3項と給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)第5条により、勤務時間を延長することはできる。これで土曜授業は可能になっているが、「公務員の健康及び福祉を害しないように考慮しなければならない」(給特法)とされており、適切に振替を取る必要があることが自治体の条例等で定められている。

 だが、平時(コロナ以前)で土曜授業を実施していた学校で、「ちゃんと振替など取れたことは一度もない」と証言する教員もいる。小学校などでは大変少ない教員数なので、誰かが振替休日を取ると、自習になったり、忙しい校長・教頭が授業に行かなくてはいけなかったりするから、振替が取りづらいのだという。だが、これでは週40時間と規定した労基法の趣旨や給特法、ならびに自治体の条例等を無視することになっており、大問題だ。

 予算がかからないからといって、土曜授業の増加や夏休みの大幅な短縮は、安直に進めていい話ではない。

■選択肢2:授業のスピードを上げる(ICT活用、協同学習等)

 これについても、前々回の記事で説明したので、あまり繰り返さないが、この単元は例年よりもさっと扱い、この単元はじっくりやるといったように、メリハリを付けていくことを指す。また、教科や単元によっては、家庭学習等で予習を行うことで授業に要する時間を減らしたり、練習問題や宿題はICTを活用して、児童生徒個人に応じたものを課したりすることで、児童生徒の習熟、習得を図りつつ、スピードアップを図る。

 とはいえ、学校再開後の授業がスピードアップしては、取り残される子が多くなる危険性はあるし、休校中に広がった学力格差や学習習慣の差が、再開後さらに悪いほうへ影響していく可能性もあるなど、この政策にも、問題、課題がある。

 ただし、この政策では、社会への悪影響はほとんどなく、かつ教員の労働条件の悪化なども(土曜授業増などと比べれば)招きにくい。

(写真素材:photoAC)
(写真素材:photoAC)

■選択肢3:秋入学(9月入学、新学期)は、社会的な痛みを伴う

 次に、9月入学(あるいは10月入学など秋入学の提案)。児童生徒にとっては、この秋以降、勉強も部活もやりなおせるわけだから、新型コロナが落ち着いていれば、余裕をもって、学校生活を送ることができる。

 だが、この選択肢は、相当大がかりで、いまの保育園児・幼稚園児から大学生までをみんな、半年分は留年させるようなものだ。秋入学が多くの先進国で採られており、グローバル対応となると主張する方も多いが、仮に今のまま導入が進めば、他の国よりも、大学入学の年齢は遅れることになる場合もある(たとえば、4月生まれの子は、19歳5ヶ月で入学することになるが、海外では18歳で入学するケースもある)。

 また、前回の記事に書いたので、詳細はそちらにゆずるが、大学生や専門学校生、高校生らの卒業も約半年遅れるので、医療、介護、保育など人手不足の業界でも4~8月(ないし9月)までの間、さらに人手不足となるかもしれない。さらに、学校教育法の改正など、さまざまな制度上の変更が必要となるが、そこに文科省や自治体等の職員の時間もエネルギーも取られてしまい、それは、他の重要政策を進める上でマイナスとなる危険性がある。

 9月入学・新学期は、高校生活などを9月から新しくやり直せる、部活動や学校行事、入試対策なども、今のままよりも余裕をもって進められるというメリットはあるものの、子どもたちへの影響と社会への影響が甚大で、一定の痛みを伴う。

(文科省には9月入学などよりも、もっと別のところに力を割いてほしい。写真:筆者撮影)
(文科省には9月入学などよりも、もっと別のところに力を割いてほしい。写真:筆者撮影)

※5/22 追記 9月入学の拙速な導入に待ったをかける署名活動がはじまっている。下記は関連サイト。

https://peraichi.com/landing_pages/view/stopseptemberadmission

■選択肢4:学習内容を減らす(学習指導要領の削減等)

 4つ目の選択肢は、休校がこれほど長引きかねないこと、また学校が再開できたとしても、すぐには平常通りにはいかない可能性も想定すると、この1年で習得を目指す学習内容を精選する(一部はカットする)という政策が考えられる。

 これは、諸々の労力なり、しかるべき手続きは要するが、基本的には「学習指導要領上で、こことここは今年はやらなくてもいいです」と文科省が示すことで、実行できると思う。その方針に対応して、教科書のここは今年はやらない(来年度以降扱ってもいい)とできる。

 選択肢2:スピードアップと比べると、学習内容は減るので、子どもにとっても、教師にとっても、いくぶんかは焦らず、じっくり授業に取り組めるようになる。

 関連して、学習指導要領の法的な性格については議論はあるが、文科省の見解としては、ナショナル・ミニマムであり、法的拘束力をもつ、というものだ。つまり、「日本全国の学校で、最低限、これは教えてくださいね」というものだ。したがって、各学校や教育委員会のほうで、勝手にカットするわけにはいかない。(単元ごとにかける時間などの指定はないので、選択肢2で述べた進度にメリハリを付けることは各学校や教師の工夫次第で可能だが。)

 なお、ちょっと理屈っぽい話になるが、学校教育法施行規則によると「第五十二条 小学校の教育課程については、この節に定めるもののほか、教育課程の基準として文部科学大臣が別に公示する小学校学習指導要領によるものとする」(中学校等にも準用)とあるが、第五十六条では、「小学校において、学校生活への適応が困難であるため相当の期間小学校を欠席し引き続き欠席すると認められる児童を対象として、その実態に配慮した特別の教育課程を編成して教育を実施する必要があると文部科学大臣が認める場合においては、文部科学大臣が別に定めるところにより・・・(中略)・・・第五十二条の規定によらないことができる。」とある。

 これは、不登校児童に向けた特例措置を規定したもので、これに該当する場合には、学習指導要領によらなくていい。新型コロナウイルスの影響で、実質、休校中はすべての児童生徒が不登校状態に置かれている。わたし個人の意見としては、学校教育法施行規則第56条などの趣旨に鑑みても、学習内容を一部カットするなど、特例的な措置を文科省が講じるのは、アリだと思う。

 歴史を振り返っても、週休2日制が完全実施されることに伴い1998(H10)年に改訂された学習指導要領では、従来よりも約3割カットということが進められた。これが、いわゆる「ゆとり教育」批判を招くことにもなったのだが、学習内容の精選自体は不可能というわけではないだろう。

 もちろん、選択肢4にも、デメリットや課題もある。英語や数学など、積み上げ式の教科などは、一部だけのカットが本当にうまくできるのか不安もある。また、大学入試等の扱いでも、不利にならないようにしないといけない。さらに、大学生や社会人になったとき、未履修だった箇所で、苦労することになるかもしれない。

 もちろん、理想としてはいまの学習指導要領のすべてをきちんと習得できたほうがよいのだろうが、休校が長引き、短い時間で詰め込むのも問題がある。今年度は、精選された内容をしっかり学習すること、また子どもたちが学校や家庭に頼り過ぎずに、自ら自律的に学び続けていけるように、探究的な学びなどの質の高い授業、教育のほうを優先させていく必要がある、とわたしは考える。

 なおかつ、選択肢4は、9月入学などと比べれば、社会的な影響、痛みは極めて小さい。おそらく、選択肢1や3と比べると、保護者や社会、また教職員を混乱させるようなことは、それほどないだろう。

■効果があり、かつ、子どもや教員への副作用と社会的ダメージが少ない政策を選ぶべき

 こうした選択肢1~4を比較すると、効果があり、副作用が小さいものは、選択肢2のスピードアップと選択肢4の学習内容の削減だとわたしは思う。

 繰り返すが、1年間のカリキュラムを消化することが目的化してはいけない。わたしたちが重視するべきは、子どもたちが学ぶ意欲をもち、毎日、それなりには楽しいなと感じ、今後も興味のあることは学び続けよう、と思えるようにしていくことだ。この点を軸に置くならば、選択肢1や3ではなく、選択肢2と4を組み合わせることがベターだと思う。

 ぜひ、真に重要なものは何かを捉えて、子どもたちへの影響、教員への影響、社会への影響などを検討し、よりよい政策を選択し、進めてほしい。

 付言すると、選択肢1~4いずれを採るとしても、いま、現在の子どもたちを放置しておいていいとは思わない。行政や学校の役割としては、家庭学習主体ではしんどい子へのケアを進めること、オンライン、オフライン問わず、子どもたちを励まし、学びが継続するように支援することは、最優先事項だと思う。そのうえで、選択肢2や4のような対策も合わせ技で講じていくことを検討していくべきだ。

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https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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