9月入学・新学期は進めるべきではない ― 子どもたちと社会への影響を重く見るべき4つの理由

9月入学になると、こうした風景もなくなっていく(写真:アフロ)

 新型コロナウイルスの影響で、休校(臨時休校)が長引くなか、学習や学校生活に支障をきたしていることへの対応策として、9月入学、9月新学期を提案するアイデアがある。昨日、宮城県の村井知事は「学校の入学、始業の時期を9月にずらすのも大きな方法。9月入学にすれば学力差が無くなる。今は学校をやっているところと、ずっと休校しているところでかなり学力差、地域格差が出ている」と述べた(東日本放送記事4/27)。

 このYahoo!ニュースのコメント欄にも賛成意見が多く寄せられている。また、わたしが小中高などの教員向けに独自調査した結果でも、9月入学を提案する意見は多かったし、何人かの先生にヒアリングしても、賛同する方がほとんどだった。保護者のなかにも賛同する意見がかなりあるようだ。

 わたしも当初は、これもひとつの選択肢かと感じていたが、よくよく考えてみると、問題も大きいと思うようになった。きょうは、その理由を解説したい。

※なお、わたしは特定の個人、首長、政党等について意見を申し上げたいわけではない。政策論をお話ししたい。

※4/28 20:20に一部修正、追記した(学校教育法の改正も必要という箇所)。

(子どもたちの学びの機会をどう守るか:写真素材photo AC)
(子どもたちの学びの機会をどう守るか:写真素材photo AC)

■9月新学期を求め、高校生が署名も

 9月新学期については、大阪府の吉村知事らも賛同を示し、制度として認めるよう国に働きかけていく考えを示している(NHKニュース4/27)。国では、国民民主党が27日、9月入学・新学期への制度変更について議論するワーキングチームの初会合を国会内で開いて検討を進めている。

 文部科学省の萩生田光一大臣は、4月24日、9月入学・新学期制について「休校長期化の対応策のひとつとして、さまざまなところで声があがっていることは承知している」と言及している(リセマム4/27など)。

 大阪市の高校3年生2人は、インターネット上で9月新学期を求める署名活動を展開している。4月28日の9時現在で4千人を超える賛同が集まっている。

画像

署名を呼びかけるサイト

 署名活動のなかで高校生は、こう述べている。

私たち、いわゆる「受験生」の立場からすれば、外部検定の受験機会減少、地域格差や情報格差、一般入試より早く始まる推薦入試実施の可否 などの不安も、学校自体の始まりを遅らせることで幾分かは解消されます。

また、グローバル化に伴い新学期を9月にずらす案は以前からあったということも知りました。 日本人の留学率を更に上げ、国際的な人材を増やす ためにも、ピンチをチャンスと捉えて世界と足並みを揃えるべきだと考えます。

そして、高校三年生はもちろん、学生にとって学校生活はかけがえのない時間です。

今こうして家にいる間に、楽しみにしていた行事が、どんどんとなくなりつつあります。

そしてなにより、クラスメートと一緒に勉強する時間、なんでもない話をしながらお弁当を食べる時間、恋愛話に花咲く放課後の時間、これら全ての何気ない瞬間が、今、消えそうになっています。  

私たちの人生の中でかけがえのない青春の1ページに、もう一度色を塗れるチャンスをいただけないでしょうか。

 

 とても大切な声だと思う。休校中は、子どもたち同士のつながりが薄くなっている。インターハイや中体連の夏の全国大会も中止という判断が続いている。9月新学期になれば、学校生活をやり直すことができる、そうした点で共感する気持ちがわたしにもある。

■物事には負の影響、副作用もある。

 だが、物事にはそうそう、いいことばかりではない。うまい話にはウラがある。9月入学・新学期にすると、どのような影響があるだろうか。特にわたしが心配するのは、次の4点だ

 第一に、9月新学期にすると、児童生徒、学生は、みんな約半年、余分に学校に通うことになる。この半年の価値は、ひとそれぞれだが、軽いものではない。上記の署名活動のように、休校中はさまざまな活動が自粛されて残念だったから、「もう一度やり直したい」という気持ちの子もいるだろう。だが、「半年も延びるのはイヤだ、当初の予定通り3月に卒業したい」という気持ちの子もいることだろう。「この4月からの半年がムダなわけではない」という見方をする子もいるだろう。

 

 9月新学期制は、こうした気持ちの子たちをガマンさせ、強制的に約半年、時間的に拘束することにもなる。この影響は重く捉えたほうがよいのではないか。

 なにも児童生徒、学生の生活(人生)の充実度は、学校だけで決まるものではない。当たり前の話だが。休校中、自由時間が増えることで、好きなことに打ち込めて、充実する子もいることだろう。

 わたしたち大人は、新型コロナの影響で大きな制約はあるとはいえ、子どもたちの学びや生活が充実するよう、サポートをしていくべきだろう。そして、家庭任せ、子どもたち自身次第としては、しんどい子どもたちに、手厚い支援を考えていくことが重要であり、9月新学期などのオオナタを振りかざす前にやるべきことがあると思う。

(休校中も遊びから充実した日々になることも 写真素材:photoAC)
(休校中も遊びから充実した日々になることも 写真素材:photoAC)

■コストを考えよ

 第二に、9月新学期にすると、高校生や大学生らにとっては、学費や生活費が余分にかかることになる。政府や大学等のほうでなにか支援策が講じられるかもしれないが、全額補填などはないだろうから、自腹をきることは覚悟しておいたほうがよい。

 さらに、働いていたら得られたであろう5~6ヶ月分の給与等を失うことにもなる(もっと厳密に言うと、退職金などにも多少影響するが、退職の時期も後ろ倒しになると、退職金は変動しない)。経済学でいう機会費用の考え方だ。

 ラフに計算すると、いまの高校生は1学年にだいたい100万人いる(高卒後進学する人も多いが、大学生等で就職する人も含めて計算する)。約100万人×20万円(初任給・月)×5~6ヶ月とすると、日本全体で約1兆~1.2兆円の損失である。これにプラス、学費、生活費などを加えた経済的な負担がかかる。

(写真素材:photo AC)
(写真素材:photo AC)

■医療、介護、保育などの人手不足が加速する

 第三に、9月新学期は、社会への影響が甚大だ。企業などの採用時期を見直す必要があるが、これは時期をずらすか、通年採用などにすればよい話でもあるので、手間、労力はかかるとはいえ、そこまで大きなダメージだとは考えにくい。

 深刻なのは、人手不足への影響である。9月新学期を主張する方々は、5~6ヶ月間、新規の労働力が約100万人分減ることをちゃんと考えておられるのだろうか?

 新型コロナの影響で未曾有の不景気になる可能性もあり、採用を絞る企業等も多いことだろう。リストラ、雇い止めなども既に起きている。観光業などは厳しい状態が続きそうだ。来年、再来年の3月に卒業しても、就職できない子たちもたくさん出てくるかもしれない。

 一方で、医療崩壊が心配されているように、医療にはもっと人手を投じていく必要があろう。介護、福祉、保育なども、いまでも人手不足だ。今年から9月新学期にすると、医学部や看護学校等に通っていた学生も半年分、就職が遅れる。しかも、そうした業界へは、簡単には人の移動、転職ができない。昨日まで観光業をやっていた人が、今日から看護師や保育士ができるわけではないし、経済学部の学生がいきなり医療現場で従事できるわけではない(受付などは別だが)。

 9月新学期にすると、もともと人手不足であった、こうした業界がさらに厳しくなる可能性がある。これは、ひいては、医療や福祉などサービスを受ける一般の市民にも影響が及ぶことだ。

■新型コロナ対応が大変なさなか、制度改正にリソースを割くべきか?

 4つ目の問題は、この危機のときに、9月新学期という制度改正に、文部科学省等の人的リソースを割くのが賢明と言えるのか、という点だ。

 9月新学期にするには、少なくとも、学校教育法施行規則の改正が必要となる(★)。現行では「第五十九条 小学校の学年は、四月一日に始まり、翌年三月三十一日に終わる。」となっているからだ(中学校などにも準用されている)。法律よりも改正への労力はかからないかもしれないが(★)、これだけ社会に大きな影響が及ぶ改正である以上、しかるべき審議や手続き(たとえば、国会への説明、中教審などでの審議、パブリックコメントなど)は必要となるだろう。

(★)4/28 20:20修正・追記

 学校教育法第17条に「保護者は、子の満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満十二歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを小学校、義務教育学校の前期課程又は特別支援学校の小学部に就学させる義務を負う。」とあるので、この規定も改正する必要がある、とご教示いただいた。

 学校教育法施行規則のみの改正では、たとえば、今日4月28日に6歳になった子は今年の9月から小1に、9月以降に6歳になる子は翌年の9月から小1年になることになり、4~8月生まれの子と、9月~3月生まれの子が同級生ではなくなってしまう。

 こうなると、少なからず、文科省の官僚をはじめ、さまざまな人々が時間と労力をこの改正に取られることになる。そんなヒマがあったら、たとえば、学校、家庭におけるICT環境の整備など、別の仕事をもっとしてもらったほうがよいのではないか。優先順位の問題である。加えて、各地の教育委員会も制度改正などが必要で、また振り回されることになる。感染防止対策や子どもたちの学びの場確保など別の政策に労力を割いてもらうほうがよいと思う。

 9月新学期にはもちろん、利点、メリットもあろう。だが、これら4点を覆す(上回る)ほどの大きな利点と言えるだろうか

 しかも、もうひとつ考えたいことは、子どもたちの学力保障や入試での不公平の是正などを図るためには、9月入学のようなオオナタをふるうよりも、別の手段・方法もある、ということだ。

 学力保障や学力格差問題について言えば、各学校は、ICTを活用したり、可能な地域はたまに分散登校にしたりして、児童生徒の学習へのやる気を高めていくこと、フィードバックをしていくことが必要だ。9月入学などと問題を先送りしている場合ではない。

 高校入試や大学入試について言えば、たとえば、今年度は特例として、出題範囲を狭めたり、あるいは選択を広げたりすること(大問が6つあれば、4問から選んで解答できるようにするなど)で、休校している生徒と再開している生徒との間で、なるべく不公平が生じないようにしたい。

 「高校時代に自粛自粛ばかりじゃなく、もっと思い出がほしかった」というなら、新型コロナが落ち着いたあと、気の合う仲間と旅に出かけてみるのもいいだろう。9月新学期にしなくても、あるいは大人に頼らなくても、署名活動ができるくらい積極的な高校生なら、切り開けることはあるはずだ。

(写真素材:photoAC)
(写真素材:photoAC)

 こうした代替案にも一長一短、功罪はあるのだが、子どもたちへの影響や社会的な影響を鑑みても、9月新学期制よりも、はるかに痛みは小さい(低コスト、低負担)。

 

 わたしの見方に反論、ご批判もあるだろう。歓迎するが、9月新学期が少なくとも、以上4点が大きな問題とならないかどうか、別の手段・方法と比べてどうなのかは、慎重に考えてほしい。

※5/22 追記 9月入学の拙速な導入に待ったをかける署名活動がはじまっている。下記は関連サイト。

https://peraichi.com/landing_pages/view/stopseptemberadmission

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