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ドイツ・イスラエル空軍 ホロコースト犠牲者を追悼してダッハウ収容所上空を記念飛行

佐藤仁学術研究員・著述家
ダッハウ上空を飛行するイスラエルとドイツの空軍(DW提供)

 ドイツ空軍とイスラエル空軍が2020年8月にホロコーストの犠牲者と1972年のミュンヘンオリンピック事件の犠牲者を追悼して、ミュンヘン郊外のダッハウ強制収容所の上空を空軍機で記念飛行を行った。イスラエル空軍がドイツ上空に入るのは歴史上初めてであり、両軍がホロコースト犠牲者を追悼して記念飛行を行ったのも初めてで、両国では「歴史的な友好の証」と語っている。ナチスドイツが第2次世界大戦時に約600万人のユダヤ人を殺害したホロコースト。ミュンヘンオリンピック事件とは、1972年のミュンヘンオリンピック時にパレスチナ武装組織「黒い9月」がテロを起こして、イスラエルの選手11名が殺害された。

▼ドイツ空軍のツイッターでダッハウ強制収容所上空を両軍で飛行する映像も紹介

▼イスラエル軍のツイッターでは、歴史上初めてドイツ上空に入った時の映像を紹介

ホロコーストを乗り越えてのドイツとイスラエルでの軍事協力

 今回、ドイツ空軍とイスラエル空軍がホロコースト犠牲者を追悼して飛行したダッハウ強制収容所は、ナチスドイツが建設した最初の強制収容所で、最後までナチスはダッハウを強制収容所のプロトタイプとして維持していた。20万人以上が収容され、約41500人がダッハウ強制収容所で殺害された。ダッハウ強制収容所ではユダヤ人や政治犯を使って多くの人体実験でも知られている。マラリア菌をユダヤ人らに接種するという悍ましい実験も行われていたが、有名なのはドイツ空軍のための人体実験である。上空2万メートル以上の超高度で人体がどこまで抗せるかを研究するための超高度実験では、囚人を密閉された小部屋で気圧を水銀柱40ミリメートルまで減じていかせ多くの囚人が死亡した。また、もう1つは非常な低温下におかれた人間に対する治療処置の研究として冷却実験もドイツ空軍のためにダッハウ強制収容所で行われた。囚人を零度の水に浸け、3時間以上そのまま放置し、再熱や蘇生の方法を生きた人間で実験するという悲惨なもので、各部位が凍結していくにつれて苦痛で死んでいった。さらに、ドイツ空軍と海軍は海水を飲料水に変える開発を重視しており、ダッハウの収容者たちは食料を一切与えられずに、化学組成の異なる水のサンプルを摂取させられるという非人道的な人体実験も行われた。このようにドイツ空軍とユダヤ人にとっては複雑な想いが交錯する強制収容所である。

 ドイツとイスラエルの軍事協力関係は戦後から非常に長く複雑な経緯がある。ホロコーストを経てイスラエルは戦後、ユダヤ人らが建国。建国時から現在に至るまでイスラエル建国に反対していた周辺のアラブ諸国と争っている。戦後直後はイスラエルではドイツとの接触はタブーであり、ドイツに対するボイコットは長く続くと思われた。だが実際にはイスラエルがドイツをボイコットするのは困難だった。そしてイスラエルはドイツから戦後賠償金をもらっていた。ドイツはホロコーストの犠牲者であるユダヤ人とイスラエルに対しての道義的な責任を感じており、ドイツがイスラエルを軍事支援することは当然と考えていたようだが、イスラエルのユダヤ人の方がドイツから賠償によって軍事支援を受けることに対する嫌悪感の方が強かった。だがドイツとイスラエルの安全保障の協力は軍事目的の諜報活動において、両国の国交樹立前の1950年代から当時の冷戦下において緊密に行われていた。特に当時の西ドイツにとってはイスラエルのモサドと諜報分野で協力することは自国と西側諸国にとっても重要だった。当時アラブ諸国がイスラエルを攻撃する際に使用していたのがソ連製の兵器であったため、イスラエル経由でドイツはソ連製兵器の情報を入手することができた。

 周辺を敵に囲まれていたイスラエルでは、生死に関わることから軍事技術の発展が進み、技術力においてはイスラエルの方が優位となっていた。例えば1970年代にはイスラエルはドイツに電波妨害システムを提供していた。当時イギリスやフランスのように欧州で核兵器を持つことが許されなかったドイツは、それでも東側諸国と国境を接しており、欧州で戦争が勃発した場合は、戦闘機がドイツ上空を飛び交うことになり、敵機の侵入の検知と精確なミサイル攻撃は課題であり、それに応えたのがイスラエルであった。

 ドイツとイスラエルは2018年6月から軍事ドローンで連携を行ってきた。イスラエルで開発された軍事ドローンをドイツ向けにも改良し、そしてドイツの空軍はイスラエルで共同訓練を行っている。現在サイバーセキュリティやドローン、AI技術の分野ではイスラエルの方が圧倒的にドイツよりも強い分野が多く、軍事ドローン開発における両国の連携もイスラエルの軍事メーカーが主導で行っており、ドイツ軍がイスラエルにトレーニングを受けに来ている。サイバーセキュリティにおいても世界中の反ユダヤ主義団体や周辺諸国から常時攻撃を受けているイスラエルはサイバー防衛力もあり、さらにインフラを破壊したり、情報窃取を行うサイバー攻撃力も世界有数である。イスラエルの軍事力と技術開発力強化の基底には「二度とホロコーストのようなユダヤ人大量虐殺を繰り返させない」という強い意思がある。

 ベングリオン首相の時代にも、ドイツに武器を提供していた。その時もイスラエルのユダヤ人から「ヒトラーの手下たちに、イスラエルの武器を渡すような悪魔的なことをするとはなにごとだ!かつてホロコーストで多くのユダヤ人を殺した連中に、我々イスラエルの武器を渡すとは神聖さを冒涜しているのか!」と強く抗議された。ベングリオンはそのような抗議に「ホロコーストの犠牲者となった600万人のユダヤ人たちは、現在のイスラエルという国が成立し、イスラエル国防軍の存在を知り、あのドイツすらもその価値を認めざるをえないイスラエルの軍事産業の発展に喜んでくれるだろう」と語っていた。

 今回、イスラエルとドイツ空軍のダッハウ強制収容所上空の記念飛行を終えてドイツ空軍のインゴ・ゲルハルト氏は「今日は両国の友好が証明された日です。ドイツは反ユダヤ主義とこれからもいつも戦っていく責任があります」とコメントしていた。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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