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米中間サイバーセキュリティにおいて重要な「対話」と「抑止」

佐藤仁学術研究員・著述家
2020年7月に閉鎖されたヒューストンの中国総領事館(写真:ロイター/アフロ)

「中国による情報窃取はアメリカにとって最大で長期的な脅威」

 米国司法省は2020年7月、新型コロナウィルスの研究とワクチン開発を行っている米国マサチューセッツ州とメリーランド州の企業に対して2020年1月にサイバー攻撃をしかけて情報窃取をしようとした疑いで中国人男性2人を訴追したと明らかにした。2人は新型コロナウィルス感染拡大以前の2009年から数億ドル相当の情報窃取をしていたほか、米国以外の企業にもサイバー攻撃をしかけていたと検察は述べている。司法省は、新型コロナウィルスのワクチン開発を行っている研究施設へのサイバー攻撃を中国の国家安全部(CMSS)が支援していると非難しており、中国によるサイバー攻撃に対する取り締まりを強化している。

 司法省のジョン・デマーズ次官補は「中国はロシア、イラン、北朝鮮と同じように、サイバー攻撃者やサイバー攻撃のために待機している犯罪者を、自国の国益のために保護する恥ずべき国です。中国共産党は米国企業と海外の企業が一生懸命に研究してきた新型コロナウィルスのワクチン開発情報を狙っている」とコメントしている。中国外務省の報道官はいつものように「ばかげている」と応じていた。

 また2020年7月にはFBIのクリストファー・レイン長官は「中国からのサイバー攻撃による情報窃取はアメリカにとって最大で長期的な脅威である。どんな手段を使ってでも中国は世界一の超大国になろうとしている。またFBIでは捜査中の諜報活動約5000件のうち、半数以上は中国だ」と非難していた。

大国間のサイバーセキュリティにおいて重要な「対話」と「抑止」

 アメリカ司法省が中国からのサイバー攻撃で中国人を起訴したのはこれが初めてではない。2014年5月に司法省は、2006年から2014年にかけて、原子力・太陽光発電や金属分野のアメリカ企業などにサイバー攻撃を行い、企業秘密を盗んだとして、中国人民解放軍当局者5人を訴追していた。米中間ではオバマ大統領の時代からあらゆる階層での会談でサイバーセキュリティの問題は議論されてきた。その都度、お互いに「やられている」「やっていない」と舌戦を繰り返してきた。だが、米中でのサイバーセキュリティをめぐる舌戦は、平行線のままで帰着点が簡単に見つかることはないため、アメリカの司法省のように起訴することによって、中国に対する牽制を繰り返し、中国からのサイバー攻撃に対する抑止力を働かせようとしていた。

 「舌戦」になってしまうが、米中間でサイバーセキュリティが対話に上がることだけでも重要である。「対話」と「抑止」は国際政治と安全保障の基本であり、特に大国間同士では重要である。対話が行われ、サイバーセキュリティがイシューとして米中間でテーブルに上がっているうちはまだよい。お互いが相手側からのサイバー攻撃を意識していることであり、牽制を目的として対話している。そこには抑止効果もある。しかし、もはやサイバーセキュリティをめぐる対話や、中国人容疑者の起訴などによる抑止では止まることなく、ついに2020年7月にはヒューストンの中国総領事館が閉鎖された。そして中国政府のアメリカへの対抗措置として四川省成都にあるアメリカ総領事館が閉鎖されてしまった。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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