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ドイツ、ヘイトスピーチを削除しないSNSに罰金最大60億円

佐藤仁学術研究員・著述家
(写真:ロイター/アフロ)

ドイツの法務大臣Heiko Maas氏は2017年3月14日に、ソーシャルメディア(SNS)がヘイトスピーチの投稿を削除しない場合には、最大5,000万ユーロ(約60億円)の罰金を科す法案を提出した。内閣と議会の承認はこれから。

ドイツではメルケル首相もSNSに対してヘイトスピーチ、人種差別を煽るような発言の投稿について対応の強化を促している。そして2015年12月にFacebook、TwitterなどのSNSはヘイトスピーチの投稿があった場合は24時間以内に削除することに合意していた。しかし、実際にはドイツではSNSに人種差別を煽るようなヘイトスピーチの投稿が残っていることが多い。つまりSNSでの削除が追いついていない、もしくは削除しないで放置しておくことに対してHeiko Maas法相としても罰金で対応せざるを得なくなった。

進んでないSNSでのヘイトスピーチ削除

ドイツでは2015年に入ってから特にシリア、アフガニスタンからの難民が急増しており、2015年だけで110万人以上の難民・移民がドイツに流入している。それにともなってSNSには大量のヘイトスピーチに関する書き込みが急増している。

Facebookはドイツで偽ニュース(フェイクニュース)対策にも積極的に取り組んでいる。そのFacebookもユーザーから申告のあった法律に抵触するようなヘイトスピーチの投稿で削除したのが2016年には46%だったが、最近の調査では39%まで低下したそうだ。Facebookは2015年10月にも人種差別や民族憎悪を扇動したとしてドイツのハンブルグの検察当局がFacebookの捜査していると報じられた。2016年11月には暴力的な表現、ヘイトスピーチ、テロを支援する内容、ホロコーストを否定するような投稿を削除しなかったという理由でミュンヘンの検察当局はザッカーバーグCEOを含む経営陣10人の捜査を実施すると報じられたばかりだ。さらに2015年12月にはドイツ北部のハンブルクにあるFacebookの事務所が約15~20人の集団に襲撃された。そして壁に「Facebook Dislike(フェイスブック、よくないね)」と落書きされたり、投石や発砲弾でガラスも割られた。ヘイトスピーチや人種差差別発言のプラットフォームになっているFacebookへの怒りの矛先が向かった事件も発生していた。にも関わらずまだ全体の39%しか削除されていないようだ。

Twitterに至ってはヘイトスピーチ投稿で削除したのは1%だけだったそうだ。一方、YouTubeはヘイトスピーチに関わる動画を90%削除しており、さらに82%は24時間以内に削除しているとのこと。YouTubeの方が動画だから、明らかに違法なコンテンツも見つけやすいのだろう。

ネットで共有される日常の不安や不満

第二次大戦中にナチスによるユダヤ人やロマの差別迫害で600万人以上のユダヤ人が殺害された。当時ドイツの人口は約6,700万人で、ユダヤ人は全人口の1%以下の約50万人しかいなかった。殺害されたユダヤ人のほとんどは占領地域のポーランドや東欧諸国。当時、日常生活においてユダヤ人と接点があるドイツ人は少なかったし、現在と違って情報伝達手段も限定的だったため、ユダヤ人迫害に対してあえて無関心を装うこともできた。現在のドイツでの外国人の移民・難民のようにどこの街でも遭遇できるようなものではなかった。

だがナチスの反省からドイツでは難民・移民に対して寛大であり、受け入れる経済的余力も他のヨーロッパ諸国よりはあるが、このような難民・移民の存在に不安や不満を感じるドイツ人も多い。またドイツ人だけでなく、以前にドイツにやってきた中東やアフリカからの移民らは、自分たちの仕事を新たに来た移民や難民に奪われるのではないかという不安を持っている人も多い。新たに来た移民や難民は生活基盤の安定のために仕事が欲しいから、安い賃金でもいいから働きたいと思っているので、以前からドイツにいた移民らにとっても脅威である。

特に2015年12月31日、ケルンでは若い男性集団が女性たちを取り囲んで金品強奪や性的暴行事件が650件以上も発生した。被害に遭ったと警察に届け出た女性は600人以上に達した。加害者には難民申請者が多いことから、大聖堂でお馴染みのケルンの街で新年を祝うためのお祭りが、ドイツ史上に名を残すような大事件になってしまった。この事件以降、ドイツ人の移民に対する怒りや不満は減少していない。彼らの怒りや不平不満の捌け口としてソーシャルメディアが活用されており、ドイツでのヘイトスピーチ関連の投稿は1年で112%増加した。

どこまでがヘイトスピーチか、難しい線引き

明らかに人種差別を煽るようなヘイトスピーチの投稿ならすぐに削除も可能だし、投稿者の意図もわかりやすい。そのため動画でYouTubeにアップされた場合は削除も容易であろう。だがヘイトスピーチの意識がなくとも、移民増加に対する日常の不安、不満をSNSに書き込み、それに同調する人も多く、それらの書き込みは、あっという間に拡散されていく。また他の民族、人種の異なる文化や習慣に対する些細な気持ちも、それが助長すると差別や隔離に繋がることもある。ユダヤ人は「教会に行かない」「(ドイツ人の大好きな)豚肉を食べない」「金髪でない」など当時のドイツ人にとっては異文化だった。ナチスはユダヤ人の異文化の風習や容姿の違いなどからドイツ人との差異性を誇張し、そこからアーリア民族優位という無茶苦茶な論理まで飛躍させユダヤ人を差別迫害していった。

このような「日常の不平不満」や「異文化への戸惑い」は表現の自由の領域かもしれない。誰もがスマホから簡単に自分の思いをSNSに投稿できるようになって久しいが、どこからが「ヘイトスピーチ」で、どこまでが「日常の不平不満」や「異文化への戸惑い」といった表現の自由なのか。その線引きはますます難しくなってきている。

学術研究員・著述家

グローバルガバナンスにおけるデジタルやメディアの果たす役割に関して研究。科学技術の発展とメディアの多様化によって世界は大きく進化してきました。それらが国際秩序をどう変化させたのか、また人間の行動と文化現象はどのように変容してきたのかを解明していきたいです。国際政治学(科学技術と戦争/平和・国家と人間の安全保障)歴史情報学(ホロコーストの記憶と表象のデジタル化)。修士(国際政治学)修士(社会デザイン学)。近著「情報通信アウトルック:ICTの浸透が変える未来」(NTT出版・共著)「情報通信アウトルック:ビッグデータが社会を変える」(同)「徹底研究!GAFA」(洋泉社・共著)など多数。

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