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誤射事件のアレック・ボールドウィン、刑事犯罪で起訴される気配が濃厚に

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

 インディーズ映画「Rust」の撮影現場で起きた悲劇的な誤射事件から、11ヶ月。時間がかかっていた刑事捜査が、ようやく次の段階に入ろうとしている。そして、おそらく本人が一番驚いていることだろうが、どうやらアレック・ボールドウィンが起訴されることになりそうなのだ。

 この事件が起きたのは、主演兼プロデューサーのボールドウィンが、次に撮るシーンで銃をどう出して構えるかについて、監督のジョエル・ソウザ、撮影監督のハリナ・ハッチンスと話をしている時だった。ボールドウィンが動きをやってみせ、ハッチンスがカメラを通じて見ていたところ、銃が発砲されてしまったのである。

 その銃にはなぜか、現場にあってはいけないはずの実弾が入っていた。その弾はハッチンスの体を突き抜けてソウザの肩に当たり、ハッチンスは死亡、ソウザは負傷。銃を用意したのは、経験が非常に浅い20代の武器担当者ハンナ・グテレス・リード。それを受け取った助監督デイヴ・ホールズは、「コールドガンです」と、空の銃だということを伝えた上で、ボールドウィンに手渡している。

 この事件の前から現場では安全に関して不安を訴える声が出ていたこと、先に声がかかった武器のベテランは条件がひどいと断っていたことなどから、製作陣が経費の節約を最優先していたのではとの疑問や批判が、事件を受けて、次々に出てきた。そんな中で、プロデューサーのひとりでもあるボールドウィンは、自分はクリエイティブ面だけにかかわるプロデューサーであり、現場でのお金の使われ方については責任の範疇ではないと主張してきている。事件からおよそ6週間後に行ったテレビインタビューでも、ボールドウィンは刑事事件として裁判にかけられることはないと思うと語っていた。理由は、「多くの人にそう言われたから」だ。彼はまた、罪悪感はないとも述べ、「これは誰かのせいで起きた。それが誰なのかはわからないが、自分でないことはわかっている。自分のせいだと思ったなら、自殺をしているだろう」とも語っている。

 しかし、検察はボールドウィンを起訴の対象として見ていたのだ。それが判明するきっかけとなったのは、先月末、ニューメキシコ州サンタフェの地区検事長が、この事件に関して緊急予算を要求するため、州の予算委員会に送った手紙。「Los Angeles Times」などが確認したその手紙には、検察は殺人罪を含む容疑で起訴を検討しており、その対象の人物には「有名な映画俳優アレック・ボールドウィンも含まれるかもしれない」と書かれていたのである。さらに、「最大で4人が起訴されることになると思われる」ともあるのだが、残りの3人が誰なのかは言及されていない。

 この報道が出ると、ボールドウィンの弁護士ルーク・ニカスは、ボールドウィンが起訴されると決めつけるのは早急だと警告する声明を出した。その手紙を出した後にサンタフェの地区検事長と話をしたというニカスによると、検察はまだ誰かを起訴することになるのかについて決断をしていないとのこと。また、ニカスは、先月、FBIがボールドウィンの使った銃に不備はなかったとの検証報告をしたことにも反論している。ニカスによれば、「その前のテストではFBIが銃を撃とうとしたが、状態が悪すぎて、引き金を引いたのに撃てなかった」とのことだ。ボールドウィンは、テレビのインタビューで、自分は引き金を引いていないと主張している。この件は、裁判でも、おそらく重要なポイントとなるに違いない。

ボールドウィンにはどこまで責任があるのか

 いずれにせよ、このように捜査にやや進展があったことで、事件直後に起きた議論が再び巻き起こることになった。ボールドウィンにどこまで責任があるのかについてだ。

 これが悲劇的な事故であり、ボールドウィンも非常に辛い思いをしたのだという事実を疑う人はいない。だが、ボールドウィンはプロデューサーでもあるし、そもそも小道具の銃を扱う上では、俳優もチェックするのがルールなのだ。ソーシャルメディアには、米映画俳優組合(SAG-AFTRA)のルールを引用し、「『すべての(小道具の)銃を、実弾が入っていてすぐにでも使えるものとして扱うように。銃で遊ばないこと。また、自分も含め、銃を人に向けないこと』。これ、はっきりしているよね?今回は銃を構えていたアーティストに責任がある」「引き金を引いた人の責任。中に入っているのがダミーだとしても、誰かに銃を向けるべきではない」「誰が武器担当者を雇ったの?プロデューサーだ。プロデューサーは誰?アレック・ボールドウィンだ」と、ボールドウィンを批判する投稿がいくつも見られる。

 一方で、「ニューメキシコ州では、事故であっても発砲した人の責任。そこまでにかかわった人たちも起訴されることはあるが、一番罪が重いのは銃を撃った人。彼はダブルチェックするべきだった」と、法律を指摘するものもあった。逆に、「撮影現場に実弾があってはいけない。誰が銃に実弾を入れたのか?俳優に手渡す前に銃が安全であると確認しなかったのか?ボールドウィン以前に、責任のある人がほかにいる」「アレックのせいじゃない!現場には実弾があって、彼はそれが入った銃を渡されたんだ。セリフを覚え、演技をする以外に、俳優に銃の安全の専門家であることも期待するというのか」と、ボールドウィンをかばう声もある。

複数の民事訴訟も進行中

 この事件については、ボールドウィンを含むプロデューサーや製作会社に対し、民事でも複数の訴訟が起きている。

 最初に提訴したのは、事件が起きた時に現場にいたクルーのふたり。このふたりは別々に訴訟を起こした。それらの訴訟で被告のひとりに挙げられた武器担当者のグテレス・リードは、現場に銃弾を提供した業者に対して訴訟を起こしている。そして今年2月になってようやく、ハッチンスの遺族がボールドウィンらプロデューサーと製作会社に対して訴訟を起こすと決めた。これらの訴訟がすべて決着するには、長い時間がかかると思われる。

 ボールドウィンの情熱のプロジェクトであるウエスタン映画「Rust」は、昨年10月6日にニューメキシコ州で撮影を開始。製作費は600万ドルから700万ドルと、ハリウッドの基準では低予算で、撮影は21日間の予定だった。誤射事件が起きたのは10月21日で、ランチ休憩の直後。撮影はただちに中断され、そのままとなっている。一時はボールドウィンがハッチンスの人生を讃えるためにも映画の完成を試みようとしたものの、ハッチンスの遺族に訴えられたことで、立ち消えた。ボールドウィンは事件後も別の作品の撮影で忙しく、私生活では、先週、妻ヒラリアとの間に7人目の子供が生まれている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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