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誤射事件のアレック・ボールドウィンが涙の告白。「罪悪感はない。あったら自殺をしている」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(ABC)

「僕は普段、そんなに強烈な夢を見るほうではなかった。でも、今は違う。銃が撃たれる夢で、しょっちゅう目が覚めるんだ。おかげで、何週間も眠れないまま。とても疲れている」。

 映画「Rust」の撮影現場で誤射事件が起きてから1ヶ月半、アレック・ボールドウィンが初めてテレビの独占インタビューに応じ、心境を語った。

 リハーサル中、彼がかまえる銃が発射され、撮影監督のハリナ・ハッチンスが死亡、監督のジョエル・ソウザが負傷して以来、ボールドウィンは、追いかけてくるパパラッチに向けて数分間路上でコメントをした以外、ちゃんと発言はしていない。今、なぜこの取材に応じようと思ったのかとインタビュアーのジョージ・ステファノプロスに聞かれると、彼は「刑事捜査はしばらくかかるかもしれない。そのほかに民事訴訟もある。そんな中では誤解もあり、そのほとんどは気にならないが、気になるものもあった。それで、あそこで起こったことについて(自分から)話したかったんだ」と答えた。

「現地警察は、まだ捜査報告を検察に渡すこともしていない。それが終わるまで待てなかった。僕のために急いでくれとばかげたことを言うことは、もちろんない。彼らは時間をかければいい。でも、僕は、この場を借りて、もしあれが起こらなかったようにできるならどんなことでもすると言いたかったんだよ」。

銃の引き金は「引いていない」

 その言葉どおり、ボールドウィンは、彼自身の視点で、その瞬間について詳細に説明をしている。

 これまで報道されてきたように、事件が起きたのは、ランチ休憩を終え、次のシーンの準備をしていた時。教会を舞台にしたそのシーンには、ボールドウィン演じる主人公ラストと、彼を追うふたりの男がいる。そこでラストが銃を引き抜いてかまえるのだが、その動作について、カメラの横でモニターを見ているハッチンスは、「もうちょっとこっちのほうに向けて」など、ボールドウィンに細かい指示をしていた。

 その銃は、助監督デイヴ・ホールズに「コールドガンです」と言われて渡されたもの。「コールドガンとは、空の銃のこと。彼は、それを(現場の)みんなに伝えることで、心配しなくて大丈夫ですよと言ったんだ。何か入っていたとしてもダミーだからと」。

 ハッチンスは、ボールドウィンが銃をコックする親指を見せたいと言ったため、ボールドウィンは彼女に「これで見える?こうすれば見える?」と聞き、親指を離した。その瞬間、なぜか突然銃が発射されたのだとボールドウィンは言う。そう聞いてわかりづらいと感じたステファノプロスが「脚本では、引き金を引くとはなっていなかったのですよね?」と聞くと、「引き金は引いていない」と、ボールドウィンはあらためて強調。彼は引き金に指をかけることはしておらず、ハンマーをコックしようとしただけだというのだ。彼はさらに「僕は誰かに向けて引き金を引くことはしない。それはこの仕事を始めた時に言われたこと。それに、銃(の引き金)をガチャガチャといじるなとも言われた。それをやると少しずつでも銃にダメージが与えられるから」とも付け加えている。

 ハッチンスが倒れたのを見て、最初、ボールドウィンは、彼女が気絶したのかと思った。実弾が発射されたのかもしれないと気付いたのは、しばらく時間が経ってからだ。1時間半ほど警察の聞き取りを受け、最後に警察が「これがソウザの肩から出てきたものです」と、携帯電話の写真を見せてくれた。それが実弾だったのである。ハッチンスが亡くなったと聞かされたのも、その時だった。

 ハッチンスは、仕事熱心で、才能があり、みんなから尊敬されていたと、ボールドウィン。彼女には9歳の息子もいる。現在の妻との間に6人の子供を育てるボールドウィンは、「僕はわが子たちと仲が良い。でも、部屋にママが入ってくると、みんなママのほうに行くんだ」と、息子さんから母親が奪われたことの重みを受け止め、涙ぐんだ。

ハッチンスはみんなから尊敬され、愛されていた
ハッチンスはみんなから尊敬され、愛されていた写真:ロイター/アフロ

 ハッチンスと仕事をしたのはこれが初めてだが、事件直後から、ボールドウィンはハッチンスの夫と連絡を取ってきている。ニューメキシコ州で行われた追悼の会にも、一緒に出席した。ステファノプロスが彼女の夫が最近弁護士を雇ったことに触れると、ボールドウィンは「それ(彼が訴訟を起こすこと)は当然だろう。あそこで何かが起こって妻が死ぬことになったのだから」と述べている。

 だが、彼女の夫の訴訟を待つまでもなく、さっそく民事訴訟を起こしたふたりのクルーに対しては、「彼女の夫が訴訟を起こすまで待てなかったのか」と冷たい。訴訟したクルーのひとりはハッチンスの友人でもある照明テクニシャン、もうひとりは脚本スーパーバイザー。そのうちのひとりは、事件の直後、自分の肩に手を置いて、「あなたのせいじゃありませんよ」となぐさめてくれたのに、ともボールドウィンは明かした。それがどちらだったのかをステファノプロスに聞かれると、答えるのを拒否。「もちろん、その人にも考えを変える権利はある。弁護士に言われて考えを変えさせられる権利も」と語っている。

キャリアはこれで終わりかも

 ボールドウィンはインタビューのはじめで、「自分は被害者ではない。被害者はふたりいる。ハッチンスとソウザだ」と断言した。それでも、「あいつはこれをするべきだったのにしなかった、殺人者だ」などと、自分が最後に銃を確認しなかったことを部外者から批判されるのは、当然のことながら辛いようだ。ジョージ・クルーニーも、銃を使う撮影ではテイクのたびに自分で中を開けて確認するのが絶対のルールだとコメントしたが、ボールドウィンは、銃の確認はその責任者がやるものだから俳優はいじるなと自分は言われてきたと反論している。

「この状況を見て自分も何かコメントしなきゃと思った人は多いようだが、それは何の助けにもならない。あなたのプロトコルがそれなら、よかったですね、というだけ。僕だってほかの役者と同じくらい銃を使ってきているんだ」。

 長いキャリアをもつボールドウィンだが、「Rust」には、何か特別なものを感じていた。家族との時間を大切にするため、近年はあまり映画に出なくなっていた彼に、この映画は「自分はやはり映画作りが大好きなのだ」とあらためて気づかせてくれたのだ。だが、その映画は、半分を過ぎたところで撮影がストップしたまま。再開の見通しは立たず、ボールドウィンも、「もう銃を使う映画に出られるとは思えない」という。

 それどころか、また映画に出ることがあるのかどうか自体も不明だ。ステファノプロスに「キャリアはもう終わりだと思いますか」と聞かれると、彼は「そうかもしれない」と答えた。だが、それはあくまで彼の気持ちが理由。「これで僕は業界を干されるでしょうかと聞くと、そんなことはないと言われた。来月仕事をしたいと思えば、できるかもしれないだろう。でも、自分はそうしたいのか?その価値があるのかと考えるんだ」。

下の子ふたりを連れてニューヨークを散歩するボールドウィン夫妻
下の子ふたりを連れてニューヨークを散歩するボールドウィン夫妻写真:Splash/アフロ

 6人いる子供たちのうち、上のふたりには、何が起こったのかを話したそうだ。学校で何か言われるかもしれないと考えたからだという。「学校で子供が何を言うかより、その子たちの親が何を言うかが大きいのだが」と述べるボールドウィンは、事件以来、ニューヨークの街を歩いていても、一般人に好奇の目で見られるとも明かした。誰も他人のことなど気にしないのがニューヨークの良いところなのに、「この事件ですべてが変わった」のである。

 この事件に多くのショック、怒り、悲しみを覚えたと、ボールドウィン。だが、「罪悪感は覚えましたか」と聞かれると、「ノー」と即答する。「これは誰かのせいで起きた。それが誰なのかはわからないが、自分ではないことはわかっている。自分のせいだと思っていたら、自殺をしているだろう」。

 刑事裁判にかけられることもおそらくないと、ボールドウィンは見ている。多くの人にそう言われたとのことだ。しかし、民事裁判はこれからさらに増える可能性があり、プロデューサーである彼は、この後の人生の多くの時間をこの事件に費やしていくことになる。それがいつ終わるのかは、誰にもわからない。彼自身も、「これは人生で起きた最悪のこと」と認める。でも、彼には、支えてくれる家族がいる。

「僕にあるのは家族だけ。それがあれば、キャリアなんてどうでもいいよ」。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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