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ジョニー・デップ裁判、法廷内からライブ中継することはどのように決まったのか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ジョニー・デップと弁護士ベン・チュウ。裁判の模様は終始ライブ中継された(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ヴァージニア州フェアファックスで行われたジョニー・デップとアンバー・ハードの名誉毀損裁判が大注目を集めたのには、法廷内にカメラが入り、最初から最後までライブ中継されたことが大きい。デップがタブロイド紙を相手に起こしたイギリスでの裁判と違い、人は、すべての証拠や証言を、自分の目で見ることができたのだ。相手側の弁護士に都合の悪いところを突かれて、どんな表情になり、どう答えるのか。それを見られたのは、非常に貴重だった。

 セレブリティの私生活が暴かれる裁判がライブ中継されるというのは、きわめて異例。今回のライブ中継はペニー・アズカラテ判事がメディアの要請を受け入れたことで実現したもので、ハードは嫌がっていたという話は、以前から聞かれていたことだ。しかし、判決が正式に記録された後、封印を解除された裁判準備記録書類の中に、より詳しくその状況を綴るものがあった。

 その書類によると、裁判開始まで数週間となった2月25日、アズカラテ判事は、この件について話すため、デップの弁護士ベン・チュウ、ハードの弁護士イレーン・ブレデホフトと、ヴァーチャルで聴聞を行っている。アズカラテ判事はそれぞれの意見を聞きたいと言い、先にブレデホフトが発言をした。

 ブレデホフトはまず、ヴァージニア州の具体的な規定のひとつを持ち出し、「ここに書かれていますように、離婚の裁判においてはメディアや写真撮影が入ることが禁じられています」と言って、説得しようとしている。だが、それは「今回は名誉毀損についての裁判ですよ。だから該当しません」と、アズカラテ判事にあっさり否定されてしまった。

 それを受けて、ブレデホフトは、「ああ、それはわかっております。しかし、この件に関して、私は熟考しましたので、それを聞いていただきたいのです」と言い、次に、性暴力の被害者の報道をすることはできないという別の規定を出してきた。

ジョニー・デップとアンバー・ハードの名誉毀損裁判で判事を務めたペニー・アズカラテ
ジョニー・デップとアンバー・ハードの名誉毀損裁判で判事を務めたペニー・アズカラテ写真:代表撮影/ロイター/アフロ

「(デップに)暴力を振るわれたという証言の中には、性暴力やレイプを受けたという話も混じってきます。ものすごい量の証拠が出てきます。写真、ビデオ、録音音声、テキストメッセージ、メール。私たちはこの裁判を歓迎しますが、問題はそこではありません。性暴力の被害者であるアンバー・ハードが、ぶたれただけでなくレイプや性暴力を受けたことについて話すことは、規定19.2-226によって禁じられています」と、ブレデホフト。

 それに対し、アズカラテ判事は「あなたが法律を読んでいるのはよくわかりました。でも、私はそういうふうには読みません」と答えている。それらの規定は刑事犯罪についてのもので、今回の裁判のような民事には当てはまらないというのだ。

「民事裁判の場合、その判断は裁判所に委ねられます。それで私はあなたたちに、カメラを入れる可能性についてお話ししたわけです。(メディアから)たくさんのリクエストを受けていますし、それをやらない理由は思いつきません」というアズカラテ判事は、メジャーネットワークABCやイギリスのBBCなどのほか、法廷内からツイートしたいという人たちからも要請があったと述べた。それだけ多くの人がこの裁判を見たいと思っている以上、その人たちが法廷に押しかけてくるより、ライブ中継で見てもらうほうが安全だと、彼女は考えたのだ。

「それにもとづき、私は代表カメラを入れることを許すことにします。ただし、ルールを決めたいので、その決断を、今、下します。あなたたちのほうで望むルールがあれば、これから2週間のうちにお伝えください」と、ここでアズカラテ判事は決定を出している。「ルールは厳しく守らせますから。ミズ・ブレデホフト、それは約束しますよ。私がどう裁判を仕切るかはご存知ですよね。裁判が始まる前に、しっかりと準備が整っているか確認しますから。ミスター・チュウ、それでいいですか?」と最後にデップの弁護士にも聞いているが、その先の記録はない。

イギリスの裁判について「私たちが勝った」とブレデホフト

 この聴聞の中で、ブレデホフトは、いかにも彼女らしいことを言っている。たとえば、先に出た「この裁判にはたくさんの証拠が出てくる」ということ。だが、実際、オーストラリア滞在中にデップにボトルを突っ込まれ、「せめて壊れたボトルでありませんように」と悲痛に願ったというハードの証言に伴う証拠として出されたのは、その行為が行われたとされる部屋の写真と、別の部屋に並べてある酒のボトルの写真だった。そのふたつの写真を、デップがそのボトルを使って性暴力を行ったことにつなげるのは、あまりに無理がある。

 ブレデホフトはまた、イギリスの裁判を持ち出してもきている。裁判に透明性を持たせること自体には何の異議もないと主張する中で、彼女は「どうせメディアはこの裁判について報道するのですから。それに、私たちはすでにイギリスの裁判で勝ったのですよ。イギリスの裁判所は(デップが)ミズ・ハードにDVと性暴力を行ったことを認めたのです。私たちは公正な裁判を歓迎します」と言っているのだ。だが、イギリスの裁判はタブロイド紙を相手にしたもので、勝ったのは彼ら。ハードは証人のひとりにすぎず、ブレデホフトはあの裁判に関して蚊帳の外である。

「公正な裁判を歓迎する」と言ったブレデホフトは、冒頭陳述から当時は発売されていなかったコスメを出し、これを使ってハードはデップから受けたDVのあざを隠していたのだと嘘を言った。そして、陪審員たちが自分たちに望ましくない判決を下すと、陪審員の中になりすましがいたと訴え、裁判のやり直しを求めている。

 そんなブレデホフトは、最近、控訴の弁護士チームから外されてしまった。ハードの弁護士チームのリーダーだった彼女の代わりにやってきたのは、言論の自由を得意とするふたりの弁護士だ。このニュースを発表するにあたり、ハードの広報担当者は、「新しい弁護士チームによる控訴審では、たくさんの新しい証拠が出てきます」と声明を出している。しかし、専門家によれば、控訴には新たな証拠を出してくることができず、使えるのはすでに認められた証拠だけとのこと。果たしてこの新たなチームは、次のステージをどう戦うのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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