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移行期間の延長はあるのか? 国境は既に大混乱。EUとイギリス、最後の正念場:ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
トラックの中に隠れて渡英しようとする移民。11月25日ユーロトンネルのフランス側(写真:ロイター/アフロ)

妥結の日と言われていた木曜日(12月3日)が過ぎてしまった。それなのに、結論は出ていない。

欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長も、木曜日の合意への意欲を見せていたのに、交渉官たちはこの30日間、土日もなしに働いているのにーーである。

今週はブレグジット関連の報道は多かったが、12月2日から3日は特に多かった。

ミシェル・バルニエEU首席交渉官は、ブリュッセルにいる27加盟国のEU大使に2日、状況を説明したという。そこから色々情報も出てきたと思われる。

とにかく、大きな進展は報告されなかった。3つの主要で根源的な問題ーー公正な競争のルール、漁業権、紛争解決メカニズム(ガバナンス)については、依然として意見の相違が残っているという。

◎参考記事:EUとイギリスは何を最後までもめているのか。3つのポイントを解説

【前編】交渉、最終局面に

【後編】合意なしの可能性は?今後の日程は?

10月中旬に終了の予定、10月末に終了、11月中旬に・・・と、どんどん延びてきた。コロナ禍も大きく影響している。

もう時間がない。そこで頭に浮かぶのは「移行期間の延長はあるのだろうか」である。

筆者が解する言語(仏英)の報道を見ている範囲では、この期に及んでも、まったくそのような気配はない。

予定どおり、年内で移行期間は終了すると思われる。

ただ、交渉の延長の可能性は、ないわけでもないようだ。つまり、一度WTO(世界貿易機関)のルールになるが、交渉は続けて、妥結したらそのルールが新たに適用されるということである。

延長は長い期間ではなくて、年末までとか来年の初頭くらいまで、という意味とのことだ。

「ル・モンド」によると、現段階では、英国は12月31日以降の交渉を常に拒否してきており、心変わりをする気配を見せていないという。

ナタリー・ロワゾー欧州議会議員(フランスの元欧州担当大臣)は「交渉を延長することを検討するには、そうすることが何かの役に立たなければなりません。そして、英国からのそういう意味でのシグナルがなくてはなりません」、でも今のところ、何も見えないという。

「もしこれから数日の間に合意ができなければ、何も動かなければ、交渉を続けるのは意味がありません」。

それに、予算の問題もあるのではないか。

EUの「多年度財政枠組み」は7年更新で、来年2021年から27年までで6期目に入る(目下ハンガリーとポーランドが拒否していて難航している)。さらに、来年からは新たな「復興基金」も始まる。

これらの予算の中には、当然ながら既に英国は入っていない。

英国のEU離脱は今年の2月1日に成されたが、延長の話が(また)話題にのぼっていたのに結局しなかった。英国側も望んでいなかったが、EU側はこの予算案の問題で延ばしたくなかったのではと思う。

政治決断だから、EU27カ国首脳が了承すれば、延長はないわけではないかもしれない。でも、もう既に英国はメンバーではないとみなされているのであり、EUは英国抜きで向こう7年間の欧州の未来を考えているのだから、長々ぐだぐだ続けていたくはないのではないか。

政治家が最も気にする漁業の問題

一部の加盟国の首脳たちは、いま大変神経質になっている。

フランスだけでなく、スペイン、ベルギー、オランダ、デンマークも同様で、彼らは漁業問題が「妥協のための調整」に使われるのではないかと恐れているのだという。

どういう意味だろうか。

ジョンソン政権は、漁業を主権の回復のシンボルにしているので、ここで妥協をするとは思えない。

ということは、交渉のやり方としては、EU側は漁業で妥協を見せる代わりに、他の分野での妥協を英国に迫る方法がある。これを前述の国が反対しているという意味に思える。

この妥協とは、前回の記事で書いた「EUは、ある分野(例:漁業)での協定違反の可能性がある場合には、別の分野(例:エネルギー)での補償が可能となるような、グローバル・ガバナンス協定を望んでいる」という部分ではないかと、筆者は想像する。

つまり、漁業を切り離して、別の問題として交渉するという妥協だ。実際、英国は最初から、漁業問題はFTA(自由貿易協定)から切り離して、独立した問題として交渉したがっていた。

更にいえば、あちこちの報道で、バルニエ氏に「たとえ首席交渉官といえども、EU首脳が認めた方針を変えてはならない」とか、「赤線を超えてはならない」とか、首脳たちから言われているという記事が見られる。もしかしたら、この部分の話かもしれない。

バルニエ氏も気の毒だ。欧州委員会のデア・ライエン委員長は、全体的に大幅に妥協をする用意があったのだから、彼は板ばさみで辛い立場である(でも彼は経験豊富で賢いから問題ない。次の欧州委員会委員長も狙えるのではないか)。

EU首脳側にとって、漁業の妥協はすぐにわかりやすく目に見える、漁師たちの失業を意味する。ただでさえコロナ禍でピリピリしているのに、これは政治家の生命にとって、深刻なダメージになりかねない。

だからフランス、スペイン、ベルギー、オランダ、デンマークの国々は、妥協するわけにはいかないのだ。

この摩擦を、一体他の加盟国は、内心どう思っているのやら・・・。

英仏海峡に関係なくても、海がある国はそれでも関心があるかもしれない。でもEU内には、海のない国だってあるのだから(チェコ、スロバキア、ハンガリー、オーストリア、ルクセンブルク)。

ジョンソン首相の新たな火種まき

新たな火種とは、「国内市場法」の続きである。

貴族院(上院)によって、北アイルランド貿易に関して、EUとの条約を反故にする部分は、却下された。

参考記事:イギリスで「連合王国」解体の危機が起こっていた。「国内市場法」の波紋。

ところが、これから提出予定の財政案に、この条約反故の内容がまた入っているのだ。

あのままジョンソン政権がおとなしく貴族院のいうことを聞くとは思っていなかったが、「そう来たか」である(9月から準備されていたというが、よく次から次へと考えるなあと感心する)。

ただ、「来週」提出予定というから、もしEUとの貿易協定が結ばれれば、その部分は削除するらしい。

EU側は当然、また猛反発していて、「この法案が進められるなら、貿易交渉はただちに中止する」と警告している。

英国の情報筋は、金曜日までに合意が得られなかったとしても、週末には合意が得られるだろうとの期待を込めて、次の3~5日が重要だと述べた。「ガーディアン」が報じた。

実際はどの国も、新型コロナウイルス問題への対応に追われている。報道はどの国もコロナ禍やワクチンのことばかり。

しかし、こういう事態が実際には進んでいるのだ。

仏英国境は、大混乱

現在、仏英の国境となっているユーロトンネルは、トラックで埋め尽くされているという。「ウエスト・フランス」が伝えた。

合意なしとなれば関税がかかる、混乱によって品物が入らなくなるーーなどの理由で、フランス側から英国側に渡るトラックが激増しているのだ。

平均は1日6000台だが、今は9000台が押し寄せている。

もう数週間前からこの状態が続き、ユーロトンネルの入り口や、英国に渡るフェリーが出ている港までの道路が、大変な被害にあっているという。

ユーロトンネルのフランス側、パ・ド・カレー県全国道路交通連盟のセバスティアン・リヴェラ事務局長は、怒り嘆いている。約30年にわたって英国と仕事をしてきた、キャリア豊かなこの局長は「これほどの量は今まで見たことがない」と語る。

そして、港やトンネル付近のトラックの保管能力が不足しており、「我々の輸送業者はこれ以上耐えられない。地元だけの業者は完全にブロックされているところもある」と嘆く。

状況は、イギリス側も同じだ。トラックは英仏両サイドを行き来しているのだから。

イギリス側では、もし合意がなければ、税関手続きや規制のチェックのために、トラック運転手は最大2日間の足止めをくう可能性があるとされた。そのために簡易トイレを設置することに決めたが、遅々として進んでいないという。Business Insider が報じた。

今でもすでに渋滞のために、排泄物の袋、栄養ドリンクのボトル、汚れたウエットティッシュ、トイレットペーパーなどが落ちているそうだ。

さらに、移民がこの混乱に乗じてトラックに乗り込んで、渡英しようとしている。死亡事故も起きている。

フランスのテレビでは、トラックの中にいるドライバーにインタビューしていた。フランス人運転手が「もう1時間半も待っているんだ。全然トラックが動かないよ」と語り、ポーランド人運転手は「俺のトラックにも、今まで3人移民が乗り込もうとしてきた。問題だよ」と述べた。

真のブレグジットが間近に迫り、密輸業者や移民が駆け込んでいる。これは、人々が交通遮断という本当の襲撃にさらされていることを意味するのだと、関係者は警告している。

食料の問題

合意がない場合、おそらくイギリス人は食料の買い占めに走るのではないか。

筆者はパリの封鎖を前に、食料を買い占めたことがあるが、これはかなり心がダメージを受ける。漠然とした不安があるから買い占めるのだが、買い占める行為によって更に心がむしばまれるのだ(それでも食料があるとホッとする)。

実際は、政府が盛んに「食料は心配ありません」とメッセージを発していたように、本当に全然問題はなかった。心底安心した。自分の不安が漠然としたものだというのは、わかっていたのだ。市民に移動を禁じただけで、流通には制限がかかっていないし、食料品店は開けると言っていたのだから。

でもイギリス人が襲われる不安の理由は、そんな漠然としたものではなく、もっと具体的で現実的だろう。

日本と似ていて、食料を輸入しないと豊かに食べていけない国で、島国である。そこに未知の「EU離脱」が現実に襲う。合意があっても混乱するだろうが、なかったら悲惨である。輸送に手続きに大混乱が起き、「食料が届かなくなる」という不安は身に差し迫ったものになるだろう。

◎参考記事

イギリス人が怯えるサンドイッチの危機とは何か。

コロナに感染でブレグジット交渉中断、あおりを受けてフィッシュ&チップスが食卓から消える?(ニューズウイーク)

コロナ禍と都市封鎖で、ただでさえ人々の心は病み気味なのに、こんな混乱と不安(というより恐怖)にイギリス人の心は耐えられるのだろうか。

筆者はイギリスもイギリス人も好きなので、腹が立ってくる。合意なしに導いて、そんな恐怖に国民を陥れるなら、首相失格ではないのだろうか。リーダーに最も要求されるのは「国民の安全」なのに。嫌な予感しかしない。イギリス人のために、頼むから合意してほしいと願っている。

誰の責任か

バルニエEU交渉官は、3つの問題の書類のほかに、高度に技術的な内容のペーパーを、600ページも持っている。そこまで双方の官僚たちは、頑張って詰めて交渉してきたのだ。

バルニエ氏は、批准が必要な数日後に、合意の条件が満たされるとは思っていないという。

それでも、ヨーロッパは最後まで交渉に全力を尽くす。消極的な印象を与えたくないのだ。ベストは尽くしても失敗した、ブレグジットはイギリスの失敗であり、失敗の責任はイギリス政府が負うことになるのだーーということだ。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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