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【前編】EUとイギリスは何を最後までもめているのか。3点の解説。交渉、最終局面に:ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
12月2日、ロンドンの交渉場所に来たバルニエ氏。訴えの看板を持って迎える市民(写真:ロイター/アフロ)

ブレグジットの発効まで、1ヶ月を切った。今が最終段階だ。木曜日の妥結を目指しているというが、延びるかもしれない。

とにかく今週が天王山である。どんなに延びても8日か9日までには終わらせるのか。

イギリスは既に今年の2月1日をもって欧州連合(EU)を離脱しているが、今は移行期間なのでまだ何も変化がない。移行期間は年内いっぱいだ。

3つの問題が合意の締結を阻んでいる。

この根本的で、物事の中核をなす3つの点で解決がみられないために、いまでも「合意なし(No Deal)」を恐れる人がいるという。フランスの日経新聞「Les Echos」が伝えた。

その1、漁業の問題

これは、大変わかりやすい問題だ。

「主権」の問題がわかりやすく見えるし、ジョンソン政権は「主権回復の象徴」のように扱っている。

漁業の現状はどうなっているのか。

国際的な協定「国連海洋法条約」にのっとって、どの国でも12海里は「領海」、つまり自国の領土と同じになっている。

その先には「排他的経済水域」や「接続水域」がある。ここは各国の排他的な主権的権利や、海洋汚染規制の権限などが認められる区域である。

この3つの場所に関して、EU加盟国籍の船であれば、各国の法律に従って漁をしてよい地域が一部認められている。これは相互のものであり、英国側にもあるし、フランス等大陸側の国々にもある。ここが、EU独自の決まりだ。

英国にしてみれば、EUが存在しなければ、英国側の主権領域になるのだ。英国の漁業ロビーは、EU離脱に賛成する強力な力となっている。

それもそのはずで、ヨーロッパ人が英国の水域で毎年6億3500万ユーロ(約803億円)、イギリス人がEUで1億1000万ユーロ(約139億円)を漁獲しているのだ。魚が豊富な、良い漁場なのだ。

英国は、前述したように、水域の回復を「主権回復の象徴」としている。一方で、いくつかのEU加盟国(フランス、スペイン、ベルギー、オランダ、デンマーク、アイルランド)は、自国の漁師にとって重要な問題だと強調している。アイルランドは別として、他の5カ国は妥協的な態度はとっていない。

さらに、関係国の中でも違いがある。例えばベルギーやオランダの漁師は、英国海域で収益の8割を得ているという(フランスは少なくとも3割)。

ヨーロッパ人は当初、イギリスの水域へのアクセスは現状維持とすることを目指していたが、イギリス人は毎年交渉される単純な割当量以上のものを提案しようとしなくなっていた。

今では、両サイドが「このままではいけない」ということで一致している。

物事が動く兆しとして、ミシェル・バルニエEU主席交渉官は先週、英国海域でヨーロッパの漁師が得た漁獲物の価値の15~18%を英国に戻すと提案した(注:この部分は「割り当て」とする記事もあり、報道によって揺れがある)。

英国側はまったく食指がうごかなかった。このレベルでは非常に不十分という認識がなされたという。

この点はイギリス側の言い分に理があるかもしれない。現在イギリスの漁師は3割しか漁獲できないが、これを倍増して6割にしたいという望みをもっている(当初は8割を主張していたという)。

ヨーロッパ側は、二つの点で反論しようとしている。

一つは、倍増しようにも、イギリスはそれほど漁船を持っていないという主張。

もう一つは、今、イギリスの漁獲量の4分の3がEUに輸出されていることだ。「合意なし」となった場合、EUは増税や関税を課す可能性があり、海峡を挟んで漁業セクターを危険にさらすことになる、というものだ。

ただ、全体から見れば漁業の問題は、欧州経済のごく一部に過ぎないとは言える。それに関連国は限定的で、27加盟国全部にまたがる問題ではない。関連しない国や海なし国の態度は、当然異なる。

政治的には非常に荷が重いテーマだが、爆発的な対立度は相対的に低いという。

参考記事(2018年筆者執筆):なぜ「ホタテ戦争」は起こったか、本当の理由とは何か。フランス漁船が英国漁船に体当たりで宣戦布告。

その2、「公正な競争のためのルール」の問題

これが最大の問題であると、複数のメディアは共通して報じている。

27もの国が集まって、国境なき一つの市場(単一市場)をつくっている以上、公正な競争のためのルールは絶対不可欠である。

「公正な競争のためのルール」は多岐にわたり、とてもすべては説明しきれない。

特に国家の援助、環境、労働法、財政の透明性などが大きな問題となった(正確に言えば、この4つはそれぞれの議論があり、同じではない)。

両サイドは、根本的なところでぶつかってきたのだ。

イギリスにとっては主権の問題であり、譲れない。自分の国はもう離脱してルールづくりには参加しないのに、なぜEUのルールに従わないといけないのか。

EUにとっては、EUの基本理念に関わる問題だ。単一市場に入らなくても同様の恩恵を受けたいのなら、EUのルールに従うべきだ。良いとこ取りはできない。

それにノルウェーを見てほしい。EU加盟国ではないが、EUの単一市場に入るために、該当するEUのルールに従っているのだ。もちろん自身は加盟国ではないので、ルール作りには参加できない。イギリスだけ特別扱いするのか。そんなことは無理である。

これほど両者は乖離しているのに、一体どうすれば合意に至ることができるのか。

EU側は、本質的に避けられないと思われる乖離を、フレーム化(枠組み化)するメカニズムを模索してきた。ただし交渉の動きは鈍いという。

EU側が懸念しているのは、イギリスが経済的・社会的なダンピング(不当に安い価格で物やサービスを売る。大抵は独禁法違反)や規制緩和を行うのではないかということだ。

一方で、現実として、本当にそれほど違いが生じるのか、今まで同じか同様だったのに、という話はある。

例えば、EUが定めて世界をリードしている「化学物質を管理する制度」があるのだが(REACHという)、イギリスは既に「UK REACH」の導入を決めている。「同じでは・・・同じなら何をケンカしているの」と思わせる。

しかしイギリス側は「結果的にEUと同じ内容にしたとしても、それはイギリスが自発的に決めたものである。EUに従属したわけではない」としたいのだ。

今後EU離脱によって、イギリス経済が鈍化するのは間違いないだろう。だからこそEU側は、イギリスの今後の変化が不安でもあり、だからこそジョンソン政権は妥協をするのではないかという期待も一部にあるというが・・・。

そもそも両者は、最初からかみあっていなかった。

イギリス側は「EUとはFTA(自由貿易協定)を結びたい」と主張していたが、それはEUがカナダ(や日本)と結んだような形のものだった。

つまり、各ジャンル・各製品について、細かく協議していくものだ。これはEUに限らず、貿易協定は一般的にそういうもの。もともと双方には大きな隔たりがあるので、できるだけ共通にしようと一つひとつ細かく決めていく作業となる。

中には共通の規制や規則をもつのではなく、「相互承認」という形をとる場合もある。

これは大雑把にいうと「お互いの規制・規則は同じではないが、大きな問題はないから、お互い良しと認め合って、問題なく輸出入できるような態勢を整える」ということだ。

(例えば「我が国の規制では30センチ、相手国は50センチだ。だから今まで輸出入が出来なかったが、これからはお互い許容して輸出入をしましょう、という意味)。

でも、これはEU側が受け入れなかった。これをしていたら何年もかかってしまう。それに「日本やカナダのような第三国と、もともとEU加盟国で共通のルールをもっていた英国は立場が違う」と主張した。

これに対してイギリス側は「我が国だって第三国になるのに、許されないのはおかしい」と反発した。

今はもう、そんなことを言い合う段階は終わっている。でも、溝は最後まで残っている。

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欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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