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イギリス人が怯えるサンドイッチの危機とは何か。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
英国の国民食サンドイッチが、EU離脱で危機に瀕するかも?(写真:アフロ)

サンドイッチが食べられなくなる?!

英国で生まれた食べもの、サンドイッチ。

トランプ賭博が大好きなイングランドの貴族、4代サンドイッチ伯爵が、ゲームをしながら簡単に食べられる物をと開発されたという。

いま英国で大きな問題になっているのは、もし欧州連合(EU)と合意なしで離脱になった場合、サンドイッチが思うように食べられなくなりそうということだ。

BBCのシモン・ジャック記者によると、「もし『合意なきEU離脱』の場合、サンドイッチが食糧供給チェーンのブレイクダウンの最初の犠牲者の1つになる」と、ある食料品会社の上級管理者が述べたというのだ。

「材料を見てみれば、ちょっとのレタス、トマト、おそらくアボカド、鶏肉、そして少々のマヨネーズ。すべては新鮮で冷蔵されている。サンドイッチは食糧供給チェーンが中断されれば、最も脆弱な製品になるだろう」と。

ジャック記者は「2つのパンの間のスペースは、おそらくブレグジットの緊急事態計画にとっては新たなエリアではないだろうが、政府の閣僚が今週ずっと問われてきた、重大な懸念エリアを反映している」と書いた。

どうやら7月下旬にこの記事が発表されたときから、騒ぎは始まったようなのだ。

115億個の消費

確かに「合意なきEU離脱」の可能性が濃厚になってきたいま、食料品の検疫は今までの基準でいいのか、ラベル付けは変える必要があるのか。税関はどうするのか、ユーロトンネルや港でのチェックはどうなるのか(今でさえよく渋滞するのに)。トラックのドライバーはどういう

身分(観光客?)で出入国するのか。そして、生鮮食料品が無事に到着するのに、どのくらいの時間がかかるのか。そしてこれらの全ての制度はいつ確定するのかーー問題山積みである。

BBCテレビニュースでは、英国サンドイッチ協会(そんな協会があるのか・・・)のディレクターであるジム・ウインシップ氏がインタビューに答えた。

氏は「英国では年間115億個のサンドイッチが食されている」「合意なき離脱の場合は、消費者がもつ選択の幅が制限されるだろう」と述べた。

115億個・・・想像もつかないが、これを英国の人口(乳飲み子含む)で割ってみると、一人あたり年間で約176個食べている計算になる。すごい。もう国民食である。

思うように食べられなくなってしまうなら、確かにそれは大問題だ・・・協会があって当たり前ですね。すみません。

このニュースを見た人々からは「なんてこと、サンドイッチすらつくれなくなるの・・・」「外国からの材料なしでは、英国で英国だけのサンドイッチもつくれないのか。笑っちまうぜ」「俺はブレグジットのファンではない。ばかばかしいが、サンドイッチ問題は俺の忍耐力をマジで試した」「サンドイッチのないピクニック(ランチ)なんて」といった反響があった。

この人がサンドイッチの生みの親。海軍卿も務めた著名な政治家で、サンドイッチ諸島(ハワイの旧名)も彼に由来する。1783年トマス・ゲインズバラ画。Wikipediaより
この人がサンドイッチの生みの親。海軍卿も務めた著名な政治家で、サンドイッチ諸島(ハワイの旧名)も彼に由来する。1783年トマス・ゲインズバラ画。Wikipediaより

英国の食料自給率

サンドイッチを分解して、どのように輸入に頼っているかを考えてみよう。POLITICOの記事によるとーー。

パンは英国産だが、チェダーチーズの82%はアイルランド産。豚肉ハムは60%が輸入(デンマーク、ドイツ、オランダ、ベルギー)。トマトは5分の4が輸入で、スペインとオランダから。レタスは英国でも生産されているが、14倍の量を主にスペインから輸入している。そしてバターも4分の1が輸入で、主にアイルランド産だという。

そして40億個のサンドイッチが、スーパーで購入されているという。

筆者はロンドンに住んだことがあるので、住民感覚は多少は知っている。

ロンドンの生野菜は、多くがEUからの輸入品に頼っている(アメリカ産があったのが意外だった)。

日本も野菜は高くて量が少ないが、それでも日本産の野菜がメインになっている。英国の場合は違う。筆者の記憶では、英国産が安定して供給されているのは、じゃがいもと玉ねぎとりんごくらいしかなかった印象だ。この国は寒いのだと痛感した。

ドーバー海峡を渡ってフランスに戻ってきて、野菜売り場でフランス産の野菜や果物が無造作に山のように積まれている光景を目にしたとき、涙がほおを伝ってしまった。なんと恵まれた国だろう、なんて幸せな人たちだろう、と。

近代以降の歴史では、圧倒的に英国のほうがフランスよりもリードしているのに、それでも英国に抜きがたいフランス・コンプレックスや憧れがあるのは、間違いなく食べ物のせいだと筆者は思っている。

英国の食料自給率は、戦後は50%を切っていたが、その後上昇、ここ20年強は低下傾向にあり、今は約60%である。日本と似たり寄ったりである。

EU産に頼る食料

では、英国はどのように輸入に頼っているのだろうか。

CountryFile Magazineのサイト(BBCからライセンスを受けているImmediate Media Company Ltd.の運営)によるとーー。

◎輸入されている食料や飲み物のうち

 79%がEUから。

 11%がアメリカ、中国、ブラジル、オーストラリアなどから。

 9%が、二者間協定を結んでいるカナダやノルウェー、チリなどから。

 1%が、WTOの関税より安いインド、ウクライナ、イランなどから。

◎チーズや牛肉は、8割が英国産で、2割がEU産。

◎小麦は、2017年は約14%が輸出。過去10年間で平均11%輸入してきた。

英国はEUから、年間約30億ポンドの農業補助金を受けている。農業ロビーはブリュッセルで巨大な力をもっており、英国は農業大ロビイストの一角をなしていた。1973年英国のEU加盟にあたって最重要項目の一つは、英国の農業問題だった。

このように、英国とEUは、農業で大変密接な関係をもってきたのだった。

参考記事:英国政府が「合意なきEU離脱」に向けて準備。なぜ暗雲たる状況は起こったか(25項目の全リスト掲載)

食料がブレグジットに与えるインパクト

少なくとも小麦は自給できているようだし(日本の米と同じ?)、EUとの貿易に問題があっても、英国民が飢えるとはまったく思わない。

でも、もし食料の混乱が続いたり、英国の食卓が細くなったり、食料品の価格が上がったりするようなことがあれば、もしかしたら英国はEUに戻ってくるかもしれないと、筆者は大真面目に思う。

極右よりも国民保険よりもプライドよりも、日々の食べ物だ。金融問題よりも核兵器よりも、食料は人を動かす力があるだろう。

もちろん英国政府はそんなことはさせまいと懸命の努力をするだろうが、正式離脱まであと7カ月しかない。

今の時点でほとんど何も決まっていないと言ってもいいのに、いくら今後英国もEUもできるだけの努力はしたとしても、そんなにうまくいくのだろうか。

英国内部の意見の分裂だけではない。EU側にも計算はあるに違いない。

2019年3月末に英国が離脱、その間もなく後の5月23−26日に、欧州議会選挙が行われる。欧州議会選挙は、国政や地方議会の選挙には見られないような強い結果が出る傾向がもともとあり、極右の勝利、もしかしたら圧勝さえも考えられる。

合意なき離脱で英国が大混乱に陥ることこそが、極右に対する最も強いカウンターパンチになり、EUを守る結果になるーーと計算する人は、間違いなく各国の上層部やEU関係者にいるのではないか。

スコットランド独立問題のときも感じたが、英国というのは、いつもEUの行き先の尖兵の役割を果たすようだ。皮肉ではなく、ある種の尊敬をもってそう思うのだ。

今後の情勢を、注意深く見守りたい。

参考記事:ハード&ソフトブレグジット論への疑問ーー日EUの新しい時代を前に確認しておきたい軸

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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