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EUが大幅譲歩。合意内容とジョンソン首相案の変更点は?遂にイギリスとEUがブレグジット離脱文書に合意

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
10月17日欧州委員会でジョンソン首相とユンケル委員長(とたぶんバルニエ氏の手)(写真:ロイター/アフロ)

10月17日、やっと欧州連合(EU)とイギリスが合意に達した。

この稿では、合意内容はどういうものか、ジョンソン首相の提案に対して双方は何を妥協したのか・しなかったのかを、筆者の評価をまじえながら書きたいと思う(不十分な点もあるかと思うが、その場合は追加して書いていきたい)。

1,北アイルランドは、イギリスの関税領域となった。

ジョンソン首相の提案では、北アイルランドはイギリスの関税領域に入ることを宣言していた。

これは首相の絶対に譲れない線だった。

EUは妥協して、ジョンソン首相の言い分を受け入れたのだ。

メイ前首相による合意では、バックストップで、北アイルランドはEUの関税領域に入ることになり、二つの島の間に境界線をつくらないために、ブリテン島全体がEUの関税同盟に残る内容になっていたが、大きく変わった。

これで北アイルランドは、ブリテン島と共に、EUの関税領域から抜けることになった。英領全体で、関税の自主権を取り戻したのだ。そして、条件なしに自由に第三国と貿易協定が結べるようになった。

それに、これで「トルコの罠」に陥る心配もなくなった。

ジョンソン首相の大きな成果であり、EU側は大きく妥協したのである。

2,ただし北アイルランドでは、主に物品はEU単一市場に事実上残ることになった。

逆にこちらは、ジョンソン首相の妥協であり、EU側が前からの言い分を通した。

大雑把に言えば、北アイルランドだけ「主に物品のみのノルウェー型」に近くなったと言えるだろう(ノルウェーは、EU関税同盟には入っていないが、EU単一市場には入っている)。

単一市場というのは「人・物・サービス・資本」の4つの自由な移動である。北アイルランドに適用されるのは、主に物品のみである。この点は、メイ前首相の合意とほとんど変わらないと言ってよく、EU側がこの点は譲らなかったことになる。

メイ前首相の合意では、バックストップで、北アイルランドは主に物品が単一市場に残ることになっていた(説明書の第6条:「北アイルランドの企業は制限なくEU単一市場にアクセスできます」)。ジョンソン首相案では、北アイルランドの主に物品はEUの規則に従う、とだけ書いてあった。付帯書の最後に「EU単一市場の整合性を維持します」とだけあった。

つまりジョンソン案は、大雑把に言うのなら「EUの単一市場のルールに従うのに、単一市場には入らない」だったと言える。一体何なのか・・・。訳がわからないし、法的根拠が極めてあいまいである。

でも、EUの単一市場のルールに従う時点で、欧州司法裁判所(要はEUの裁判所)の管轄に入ることになると、専門家は言っていた。この「欧州司法裁判所の管轄下に入る」というのは、イギリス離脱派が嫌っていたことの一つである。司法の点でも独立と自主性を取り戻したがっているのだ。それなのに「EUの単一市場のルールに従う」という・・・本当に訳がわからなかった。

おそらくジョンソン首相は「単一市場」という言葉を使いたくなかったのではないか。国が島二つに分断されるような印象を与えてしまう。強硬離脱派や、北アイルランドの強硬イギリス派は、EUとの交渉に入る前から反対するのが目に見える。

実際、この言葉を入れなかったおかげで、交渉を妨げるほどの反対コールは、欧州大陸側にはあまり聞こえてこなかった。EUとの交渉中は、内容が漏れないようにしていたおかげもある。

筆者は、あのボリスが「EUのルールに従う」という妥協をしたことに、とても驚いた。大幅な妥協だと思った。ただ、法的に曖昧なのは否めなかった(例えば、専門的な話になるが、北アイルランド産の物品は、EU域内市場に対して関税がかかるのか否か、などは筆者が思いつく謎の点だった)。

あるいは、ここは秘めた妥協ポイントだった可能性もある。EUに提出する案を作成したジョンソン首相のチームには、法律メンバーも当然いて、あのコックス法務長官もメンバーだったという(ただし、各メンバーがどの程度関与したのかまではわからない)。

それなのに、こんな法的に曖昧な文書を提出するなんて、何だか変だなあと感じていた。これは後日誰かの「回想録」でも出版されればわかるだろう。

この法的にあいまいな点は、「北アイルランドは、主に物品は単一市場に事実上残る」(単一市場の一体性を守る)としたことで、明確になったと言える。

ちょっと詳しい説明をすると、北アイルランドが主に物品の単一市場に残るのだから、北アイルランド産のものだけは、EU加盟国に対して関税ゼロになる。ブリテン島産のものは異なり、EUの定める関税がかかることになる。

第三国から来たものは、どうだろう。例えばアメリカから何かを輸入する。イギリスの関税が30%なら、北アイルランドを含む英領では30%だ。しかし、もしこの物品が国境を超えてアイルランド(EU域内市場)に入るのなら、EUの関税率となる。EUが50%なら50%が適用され、さらに消費税(VAT)を払うことになる。

法的にあいまいなジョンソン首相の提案に対応し、かつEUの理念を崩さないでいるには、単一市場に事実上残す以外に方法がなかったのだなと理解した。

筆者も頭の中が「???」になっていたが、大変勉強になった。

3,厳しい国境管理を避ける問題と、イギリス全体が税金天国(租税回避地)になるという心配

この点は、よくわからない。

EU側は何度も「テクノロジーで国境管理をなくすのは無理だ」と言っていた。

「厳格な国境検査があってはいけない」という大原則は十分にわかっている。もう聞き飽きたくらいだ。具体的にどういう措置をとるのか。この点について、バルニエ交渉官の声明や、欧州委員会のプレスリリース等は、何も語っていない。

実際に、合意が結ばれた10月17日の夜、フランス2(NHKに相当)の夜のメインニュースのことである。トップニュースで合意を伝えた後、2番目に伝えた内容が「フランスは、イギリスが税金天国(租税回避地)になるのを心配している」だった。

今まで、「厳格な国境検査があってはいけない」という大原則を崩さずに、EUとイギリスでどういう合意が可能かが最大の問題だったはずだ。

確かに、北アイルランドが、主に物品の単一市場に残ったと明記されたのは、法的根拠が与えられて進歩ではある。この決まりを根拠に、ブリテン島からアイルランド島に渡る物品について、あるいは北アイルランドに着いた物品について、EUはイギリスに対して「行き先が北アイルランド(国内)なのか、アイルランド(EU域内市場)なのか、ちゃんと検査しろ」という要求ができそうだ。

関税の徴収の方法としては、北アイルランドに入る物品は、EUの関税をまずはイギリスに支払う。本当に自国内の北アイルランドに留まりEU市場には行かないのなら、差額を還付するというやり方だという。

でも「これは北アイルランド行きですよ。EU域内以上行きではありません」というフリをしておいて(嘘をついて)、実際に北アイルランドに到着したら、アイルランド+欧州大陸のEU域内市場に流すことは可能ではないのだろうか。あるいは、既に北アイルランドに置かれている物を、よくわからないために、そのままアイルランドに流してしまうことはあるかもしれない。

両者は合同委員会を設置して、この問題に取り組むというが、具体的にどういう方法で対処するかは後回しになって決まっていない様子である。

あれほど両者が言っていた「アイルランド島の中に2つの異なる関税地域ができたら、国境検査が必要になる」事態そのものは、変わっていないはずだ。実際、ノルウェーとイギリスの間には、さほど厳しくないながらも、国境検査がある。

参考記事とビデオ:ノルウェーとEUの国境管理、イギリスが学べることは?(BBC日本版)

しかも、比較的ゆるい国境検査すら、イギリスとEUは置く予定がないのだ。文書には「厳しい国境検査」と、たいてい「厳しい」が付いているので、国境から離れた所に外からわかりにくい「厳しくない」検査場は置くのかもしれないけれど。

国境検査が必要になってしまうと言うから、バックストップでは、北アイルランドがEUの関税同盟と、主に物品の単一市場に入るべきとなったのに。それによる分断を避けるために、メイ前首相はブリテン島も関税同盟に残すことにしたのに。このせいで、イギリスではあれほど揉めに揉めたのに。こういう結果になって、一体あの議論は何だったのか。

言い換えれば、それだけ大きな妥協をEU側がしたのだと思う。おそらくアイルランドとフランスが妥協したのではないか。

物の単一市場の方は、内容が主にルール(規制・規則)だから、厳しい国境を避けるならアイルランド島で統一しないわけにはいかない、でも、関税(や税金)チェックのほうは、まだ最新テクノロジーや仕組みを工夫することで何とかなる・・・かもしれない・・・ーーということか。

一番の問題は、組織的な密輸品なのだ。

フランス『リベラシオン』によると、フランスやイタリアの港では、コンテナ船の到着数が非常に多く、とても税関で全部はコントロールできていない。大体50個に1個のコンテナしかコントロールできないということだ。

健康に関する国際的な決まりを守っていない偽造品が、犯罪組織の手によって世界から密輸されてくる。中国は何でも製造しているが、インドの医薬品、エジプトの食料、トルコの香水、バングラディシュの衣料品などが有名だという。

港のコントロールは、北欧が最もよく成されていて規則的だというが、規模がフランスやイタリアの港とは全然違うそうだ。

日々直撃でやってくる密輸品と戦っているフランス(やイタリア)から見たら、イギリス経由だから直接入ってくるわけではないという理由で、大幅な譲歩をするしかない、租税回避のノウハウが豊富そうなイギリスが相手ではあるがーーということなのだろうか。

不十分ながらもテクノロジーの進歩に頼る、そして、何よりもイギリスを(一応)信頼することにしたのではないかと思う。

とはいえ、英仏の関係は奥が深い。

「なぜイギリスとフランスって、なんだかいつも仲が悪いの」と聞くと、「それは昔、百年戦争というのがあってね、ジャンヌ・ダルクが云々」と解説しだすフランス人は結構いるのだ(「いつの話だよ」と思うのだが)。

14世紀から続く両者の不信の歴史に、また新たな1ページが付け加わるのだろう。

4,バックストップは完全になくなった。

これもEU側の大きな妥協と言えるだろう。ジョンソン首相の勝利である。

大元の原点の想定では「貿易協定を結んで離脱」のはずだったのだ。今では完全な夢物語であるが。

それが時間的に全く間に合わなくなり、メイ前首相とEUが「まずは離脱合意文書で離脱する、次に移行期間を設けて貿易協定の交渉をする。期限までにうまくいかなければバックストップ発動」と決めた。

メイ前首相は、両者の将来の関係の決定は、貿易協定とセットの話し合いにするつもりだったのだ。

あんなにバックストップに焦点が当たってしまったが、これも変な話といえば変なのだ。最長2022年末までに双方で貿易協定が結ばれれば、バックストップは必要ないのだから、決めればいいだけの話だったのに。あのバックストップの姿が、イギリス人には「メイ氏が了承した両者の将来の関係」に見えてしまったのだろうか。

今回のジョンソン首相とEUの合意は、方法論が異なる。最初から関税同盟と単一市場の領域を決めてしまった。セットで決めるやり方を放棄したのだ。

ただ、メイ前首相もジョンソン首相も「貿易協定さえ結ばれれば」という気持ちは同じように見える。

貿易協定と言えば、関税問題と共通のルール(規則・規制)づくりである。だから、さっさと貿易協定を結んで、今までどおり両者は同じルールを適用、あるいは異なっても調和する(相互承認)と決めればいい。そうすれば、ルールの点に関しては、北アイルランド国境問題のほとんどがなくなるのではないか。

そもそも、果たしてイギリス側は、ルールの問題で、それほど独自路線を行きたいのかどうか。

離脱すれば、もちろんEUとは異なる独自のルールをもつことは可能だ。しかし、イギリスが最も経済的に結びついているのは欧州である。EUと異なるルールをつくると、負担がかかるのはイギリス企業のほうであり、自国の経済の首を締めることになりかねない。

関税のほうは、もしイギリスとEUが、日本とEUのような貿易協定を結べばこちらも解決する。日EUの経済連携協定(EPA)では、日本側が約94%の関税を撤廃をし、EU側は約99%の関税を撤廃しているのだ(品目ベース。撤廃の時期は各品目によって異なる)。

ただ、EUがイギリスのそんな「良いとこ取り」を許すのかという問題は出てくるが、それはまた次の段階のこと。

筆者の見解だが「一刻もはやく貿易協定を結べばいい」というイギリス側の願いは十分考慮され、叶えられる措置になったと言えると思う。

参考記事:ジョンソン首相の新提案は、何を意図しているのか。英EUの貿易協定問題

5,北アイルランドでは、この合意文書が発効してから4年後に、議会で是非が採択できる。

ジョンソン首相案では、「合意協定の発効時、そしてその後は4年ごとに、北アイルランド議会はこの措置を続けていいかどうか決められる」とあった。

バルニエ交渉官の発表によると、議定書が発効してから4年後、選挙で選ばれた北アイルランドの代表者(議員)は、北アイルランドにおいて関連するEUの規則を適用することを継続するか否かを、単純多数決で決定できるーーということだ。

これ以上の情報に関しては、スコットランドの「ザ・ヘラルド」によると、投票が採択された場合、合意はさらに4年間延長される。また、イギリス統一派とアイルランド民族派の双方の過半数が、最終的に賛成を投じることになった場合は、延長期間は8年間になる。逆に、もし反対票が過半数を超えて、この合意から抜け出すことを採択した場合は、2年間のクーリングオフ期間(申し出撤回期間)が設けられるーーという。

採決の仕方は「議会の単純過半数」という、もっとも普通のやり方に落ち着いた。

実はこの採決の仕方の決定は、重要なのだ。

ちょっと細かい話になってしまうが、イギリス内では、北アイルランド議会で「どうやって異議申し立てをするか」、つまり「懸念の請求(A petition of concern)という複雑なメカニズムについて議論があったという。つまり、イギリス強硬統一派であるDUP党のみに、実質的に拒否権が与えられる問題についての議論である。

ただその論争は、EUという大きな機構から見れば、そのような明白に民主的とはいい難い複雑なローカル・ルールは、大した問題ではなかったと思う。罠にはまらないように気をつけたり、配慮は見せたりしても、要は民主主義の原則論にのっとって決めればいいだけの話である。

EUは今までも大抵はそのような姿勢で運営されてきたと思うし、実際この件も「単純多数決」という最も一般的な方法で落ち着いた。

筆者は、イギリスの戦略の勝利だと思う。

以前の原稿で筆者は、「国民投票で離脱が多数派だったから、離脱するのだ。主権在民だ、市民の意志だ。だから、バックストップ問題も、北アイルランドの市民に決めさせるのだ。不満なら総選挙をして、市民に問おうではないかーーなんという見事な戦略だろう」と書いた。

EU離脱を問う国民投票は、行ったキャメロン元首相が猛烈に批判されている。筆者も批判したい。でも、イギリスは「独立したい」というスコットランドにも、独立するか否かの住民投票の機会を与えた国である。議会制民主主義の発祥の地である歴史と重みを感じる。

英『ガーディアン』によると、この戦略を描いたのは、ドミニク・カミングスだったという。彼こそはジョンソン首相の参謀であり、首相の戦略を描く人物であり、国民投票の際「Vote Leave」運動のディレクターだった人物だ。

ジョンソン首相がEUに文書を提案する際、「この内容だと、北アイルランドのDUP党(イギリス強硬派)が納得しないだろう」という理由で、この拒否権の仕組みを考えたのだという。ジョンソン・チームの中には「首相は、選挙で選ばれていない人に頼りすぎだ」と批判する人もいた。彼が北アイルランド議会特有の複雑なメカニズムを利用して、DUP党に有利なようにしようとしたのか、それとも純粋に北アイルランド議会に権限を与えることで妥協を図るつもりだったのかは、今のところわからない。それに、前述したようにジョンソン首相案はチームでつくっているのだ。

とにかく、イギリス側は、北アイルランドの市民に決めさせることは、欧州の人にとっては民主的な方法で反論しにくいことがわかっていたのだろう。ユンケル委員長は市民権(特に社会の権利)に敏感な人であり、彼の右腕である筆頭副委員長のティマーマンス氏は、完全に民主主義と人権の味方である法律の専門家であることも、知っていたのに違いない。

一方EU側も、民主主義の原則論で対応したことで、ローカルでがちがちに固まって身動きがとれなくなっている状況に、澱の溜まった池に普通の水を流すような効果を与えられるかもしれない(長い目で見れば、だけど)。

香港問題を抱える中国に、爪の垢を煎じてプレゼントしたいものだ。

全体を見ると

一言で言うのなら「EU側の大幅譲歩」だと思う。

「アイルランド島全体の経済を維持すること」という点だけは譲らなかった。これは、北アイルランドが主に物品のみの単一市場に残ったことである。これだけはメイ前首相との合意と同じであり、ジョンソン首相はここだけは妥協した。

でもそれ以外はほとんど、EU側が譲歩している。

筆者はジョンソン案が出た時に「おそらくEU側は、法的な位置づけを明確にすることを条件に、大筋では受け入れるのではないかと思う」と書いた。それほどは外れていなかったのではないかと思う。

ただ「法的な位置づけを明確にすること」が、北アイルランドが主に物品の単一市場に残ることだとは思い至らなかった。まだまだ勉強不足だと感じた。

今後のこと

これからは、イギリスの議会で通過するかどうかが問題になる。

おそらくEU残留派の政党は、前回と同じで「EUを離脱するための合意には反対である」という理由で、反対にまわるのではないか。地域政党や自由民主党、労働党から独立した小さい政党などである。

彼らは前回のメイ前首相合意案の3度に渡る投票でも、ほとんど全く動きがなかった。

もしかしたら、EU側は「離脱延期」がイギリスから申し込まれても、拒否するかもしれない。欧州大陸側のイライラは、最高潮に達していたと思う。特にフランスなどは「もういい加減にしてほしい」ムードが濃厚だった。これで本当におしまいにするには、イギリス議会で可決できる内容にしなくてはならない。そのためにEU側は、これ以上何を妥協するのだというくらい、今回妥協したと思う。イギリスとの友情と深い関係を重んじて。本当に「これが最後だ」と思って譲歩したのだろう。今後延期したところで、どうなるというのだろうか。

それを見越して、労働党は「この合意案を国民投票にかけろ」という戦術に変えるのではと聞こえてきている。もしかしたら、過去にユンケル委員長が言ったように、永遠に離脱しないままというのはあるかもしれない。

ユンケル委員長は10月31日に退任し、11月1日から新しいデア・ライエン委員長のもと、新しい委員会が発足する。

個人的には筆者は、もし英下院を通過して10月31日にイギリスがEUを離脱したとして、そんなにイギリスに都合のよい貿易協定が結ばれるのだろうか、という点が気になる。単一市場にだけ残るという「とても良いとこ取り」の可能性は消え去ったものの、「かなり良いとこ取り」に近くなることはできるのか、否か。11月1日から新しい委員会の船出だから、政治は変えられるし、変わらざるを得ないだろう。

ブレグジット問題は、まだまだ目が離せない。

【余談】

ここは余談なので、読み飛ばして頂いて構わない。

筆者はずっと「両者は合意に至るのではと感じている」と書いてきた。

その理由は、ジョンソン首相案が出たときの両者の反応である。

ユンケル委員長は「技術的な問題が多い」と言ったし、その後の発信も控えめだった。

何より、当時、両者が「あなたにボールはありますよ」と言って口論をしていたのが大変気になった。これがエスカレートしていって、ユンケル氏もトゥスクEU大統領も「非難の言い合いをやめろ」という発言になったのだが。

このような「ボールは相手にある=いま、決めるのはあなたの側にありますよ。あなたが提案していいのですよ」という、一見紳士淑女のような言い分を盾にしながら、実際は「あなたがどうぞ」「いえ、あなたですよ」と、口角に泡を飛ばして激しく言い合うというのは、日本では滅多にないのではないか。日本では「私に責任はない」「そちらが悪い」といってケンカするのはあると思うが。

筆者はこのような奇妙なケンカを、欧州に来て初めて体験した。激しく言う心の内には「こんなやっかいな提案をして」という気持ちがあった。つまり簡単に「ノー」と言えない困ったものがあるということだ。「ノー」と言えるなら簡単なのだ。だから両者は合意に至るのではないかと感じていた。でもまさか、ここまでEUが妥協するとは想像していなかった。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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