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英国のブレグジット延期は無し:EU要人の吹き出した本音と、延期実現の3つのケース

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
1月15日、EUとの合意案が下院で否決された後演説するメイ首相(提供:REUTERS TV/ロイター/アフロ)

ブレグジットの合意案が英国下院で、1月15日に大差で否決されてから13日が経った。

一応21日の定められた期限にメイ首相は代替案を提出したが、変更はほとんどなし。反対する議員らは、代替案に対する修正案を議会に提出する予定である。

どの修正案を投票にかけるかは、ジョン・バーコウ下院議長が判断する。来週1月29日には、新方針の審議と採決が行われる予定である。

筆者はずっと、欧州連合(EU)側の反応がどういうものか知りたかった。公式に発表されているものや、断片的に聞こえてくる要人の声は拾っていた。しかし、外交展開で打開策をさぐる段階は既に終わっており、メイ首相はダボス会議にすら出席できないほど、国内での意見調整に追われていたために、入ってくるニュースは限られていた。

先々週ブリュッセルで、加盟国のEU担当大臣の内密な会合が開かれた。EU官僚によると、ここ数日間、何のバックチャンネルの交渉も、加盟国政府首脳との会談も、英国政府側とは行われていないことを確認したという報道があった。

そして、やっと本音が出ていると思える情報が、英国のガーディアン紙に登場した。以下に紹介したいと思う。

参考記事:14個の修正案の内容(ロイター):アングル:英国のEU離脱代替案、29日議会採決までの流れ

態度が硬化するユンケル氏

同紙によると、ユンケル委員長は、メイ首相との私的な電話で話をしてこう言った。

「メイ首相自身が置いているレッドライン(譲れない線)を動かして、恒久的な関税同盟の支持にまわることは、アイルランドのバックストップ(防御策)を改定しているEUのために、首相が支払わなければいけない対価である。首相のポジションを大きく変更しないなら、現在の離脱合意の条件は、交渉不可能である」と言ったという。

なんだか態度がものすごく硬化している・・・。

メイ首相は昨年からずっと、「バックストップは一時的な措置であることを保証してほしい」とEU側に訴えて確約を求めてきた。

バックストップの期限は、合意文書に盛り込まれなかった。とはいえ、当時はできるだけメイ首相を援護射撃する雰囲気はEU側にあった。

12月13日から欧州理事会がブリュッセルで始まったが、「11月25日の合意に再交渉の余地はない」と改めて宣言しつつも、「バックストップを発動させないために、2020年末日までに、両者の後継協定の妥結を迅速に行う」「仮にバックストップが発動された場合でも、それは後継協定が発効するまでの暫定的な措置」である点も強調していた。

それが今、「バックストップは一時的なものではない。恒久的なものだと認めろ」とメイ首相に迫っている。英国下院の大差による否決で、怒っているのだろうか。メイ首相の苦しい立場もわかった上で、長い間話し合ってやっと達した合意の文書。これからも後継の協定を結ぶのに全力を尽くすつもりだったのに、下院で拒絶されて怒りが噴出。本音が吹き出した感じを受ける。交渉の段階は終わり、結局(やっぱり)決裂したとも言える。

副委員長の眼中にあるのは英国ではない

漏洩された電話の詳細には、ユンケル委員会の筆頭副委員長フランス・ティマーマンスも登場している。彼は次期委員長の候補でもある。

「ブリュッセルでは、アイルランドを支援するという決意に、なんの揺らぎもない」と言い、保守党の離脱派を「平和に対する『カヴァリエ』のアプローチだ」と言って非難した。

『カヴァリエ』とは、騎士道精神にのっとった紳士のことであるが、チャールズ1世を支持した王党派も指す。この王は、清教徒革命により処刑された。引用が大変上手なティマーマンス氏のことだ、大変意味深な発言である。

「はっきり言わせてください。私達がアイルランドを犠牲にするような状況に私が生きられるなんて、ありえない」

「欧州委員会に関する限り、バックストップは、アイルランドと他のヨーロッパ諸国に対して、私たちはここに共にあることを示すために不可欠な要素である」とも。

このように何度も、アイルランドは自分たちの仲間であると擁護している。

ユンケル委員長のびっくり演説について参考記事:(前編)英国、合意なき離脱へ。今後のシナリオフローチャート

合意なき離脱は避けられない

さらに彼は述べている。

「合意案からバックストップを抜き捨てるとか、期限を設けるなどという試みは、失敗する運命にある。ブレグジットを遅らせるというのは、合意なき離脱を避ける別の合意をみつけるための解決策にはならない」

「問題は、英国下院は、離脱なき合意は嫌だと言っていることだが、もし彼らが何を望んでいるのか言わないのなら、3月29日に合意なき離脱となる」

「ヨーロッパに関しては、歴史を見れば、誰も望んでいなかったたくさんのことが起きてきたし、合意なき離脱に向けてよく準備する必要があると思う」

「バックストップとは、期限がないからバックストップなのであり、期限があるものは、もはやバックストップではない」。

EUの思惑について参考記事:(後編)英国、合意なき離脱だと何が起こる?EU要人の反応は?ウルトラCとは何か

ガーディアン紙の快挙

この記事の最後で、彼はこう語っている。

「私を最も悩ませるものの1つは、報復的で非友好的な欧州連合というイメージが生まれたことだ」

「こんなに一生懸命取り組んできたのに。メイ首相のレッドラインは、彼女のレッドラインだ・・・私は英国の人々がいつもこう言っているのを聞く。『ああ神様、彼らは私たちにとてもひどい扱いをしている』と。率直に言って、私は彼らがなぜそんなことを言うのかわからない」。

びっくりした。初めて英国の報道にこういう意見を見た。英国の報道は、「意地悪なEUが××してくれない」という感じか、そうでなければ断固離脱を支持して反EUか、どちらかの調子しかないと感じていた。

EU側から見れば、「自分から辞めたいといった社員が、辞めた後も社員の特権を維持したい」という無茶なことを要求しているのと同じ。だから「NO」と言っているだけなのに、なぜこうなる・・・と筆者は1年以上ずっとため息をつき続けてきた。

いまやっと、崖っぷちに来てやっと、同じ声が英国側の報道から聞こえた。英国の報道の全部を見たわけではないが、本当に初めて聞いた。そしてそれは、EU要人の発言を紹介するという形であった。今この期に及んでも「EU側は特に何も悪いことはしていない」と、記者が地の文で書くことはできないのだった。それほど国民投票で勝った側が「正義」となり、反論できなくなってしまったのだろうか。国民投票の危うさというか欠点かもしれない(一度も国民投票をしたことのない日本人から見ると、レベルが高い苦悩だなあと思うけど・・・)。

それでもガーディアン紙だから書けたのだと思う。この新聞は、わかりやすくいうなら、欧州で緑の党を支持するような層が読む新聞である。

がんばれ、ガーディアン。今英国に必要なのは、冷静になることだ(ますます無理そうになっているが・・・)。

ブレグジットの延期には3つの可能性か

メイ首相自身も「ブレグジットの延期は、解決策にならない」と同じことを主張している。

実際に、これは言葉どおりの真実だろう。もし意図を探るのなら「合意なき離脱を避けたいのなら、いまここで英国議員がまとまって、過半数の支持を得られる一つの具体案を出すしかないのだ」と、議員たちにプレッシャーをかける狙いはあるだろう。

エリザベス女王まで、婉曲的にではあるが、議会&国の分裂を心配する声明を出している。

参考記事(BBCニュース):エリザベス英女王、国民に「共通点」を見つけるよう求める ブレグジット懸念か

合意なき離脱は、筆者は100%だと思っているのだが、それでも3つだけ、もしかしたら合意なき離脱が延期されるケースがあるのではないかと考えている。

まず1つ目のケース。メイ首相と政府が、EU残留への支持を言わなくてもいいが、はっきりと態度で明確にすることである。具体的には、合意案を完全に呑んで、かつ「バックストップは一時的な措置」という姿勢を撤回することだ(当初EU側が提案してきたように、北アイルランドだけ単一市場(の一部)と関税同盟に残るという案を採択するのでも良いだろうが、これは残留派であっても反対だろう)。

ユンケル委員長は、前述の電話会談で「メイ首相のポジションを大きく変更しないなら、現在の離脱合意の条件は、交渉不可能である」と言っている。逆に言えば、大きく変更したら離脱合意の条件は交渉可能なのだ。バルニエ交渉官も、下院での否決後に「英国が今後レッドラインを変更することを選択するのであれば、EUは直ちに好意的に対応する用意がある」と述べている。

メイ首相と政府が、EUへの支持を口にせずとも態度で明確にしたら、当然英国内では「離脱は離脱だ」派が猛反発するだろうが、どうやら彼らに対抗できるような強力な援護射撃の策を、すでにEU側は用意しているようだ。おそらくメイ首相も内容を知っているのだろう。内容を知りたいものだ。

2つ目のケースは、奇策であるが、ハードブレグジットを決めることだ。つまり英国は、単一市場にも関税同盟にも残らない。残留派の完全な負けを認める。EUという存在から離れ、第三国として生きる腹をくくる。メイ首相も政府も、妥協的な解決策をあきらめる。

アイルランド国境問題は、平和的解決の意志だけ表明して、白紙にする。とても大きなリスクを抱えるが、そもそも合意なき離脱なら、この問題は白紙になるのだ。だから開き直る。そして、その後のEUとの経済協定を模索するために、離脱延期をEU側に申し出て交渉するという方法だ。こう考えると、下院での否決の後にぼんやりと浮かんでいた違和感に答えが出る印象だ。

1のケースも2のケースも、英国の状況だけを見ていると、ありえないものに見えるかもしれない。しかし、もうどちらかに態度を決めるしかないのだ。

残留派は、単一市場に残りたかった。当初は、よくノルウェー型が語られた。ノルウェー型とは、ソフトブレグジットと言ってもいいだろう(これも断固離脱派=ハードブレグジット派は承服しなかった)。

しかし、EU27加盟国は、離脱を決めた国が単一市場に残るなどとは、決して許さなかった。英国の残留派が望んでも、最初っから無理だったのだ。でもEU側は「関税同盟なら」と最後に妥協した。

参考記事:(後編)単一市場、関税同盟ーー英国政府とEUは何をなぜ合意して、何が拒絶されたのか

メイ首相と政府にとっては、関税同盟は次善の策だったのだろう。EU側の妥協を引き出したし、最大の問題であった人の移動の自由は除外できて強硬派に顔が立ち、関税同盟に残ることで残留派を少し安心させ、かつ国の分断(北アイルランド問題)を避けられる措置となった。

しかし、17ヶ月も交渉してやっと至った両者の合意を、下院は大差で否決してしまった。

もう、どちらかに決めるしかないのだ。両方に良い顔することは無理である。EUとの駆け引きなんて、もはやすべて無駄である。首相と政府の決断が迫られる。しかし議院内閣制は、こういう場合に弱い。フランスやアメリカなら、大統領が決めてしまうだろうに。

3番目のケース

最後のケースは、決めるのではなく状況の変化である。起きてほしくはないが、離脱なき合意の前に、アイルランドの国境で血なまぐさい騒ぎが起こり、死傷者が出る事態になることだ。治安部隊や軍の派遣を考えなくてはならなくなり、英国ではなくアイルランドがEU側に、ブレグジット延期を求めることである。

実際、既に不穏な事件が起こり始めている。1月19日には北アイルランドで、新IRA(アイルランドを統一しようとする反英武装組織)の男4人による車の爆破事件が起きた。死傷者はいなかった。

英国側には、もはやEUと交渉して何かを動かす力はない。あるのはアイルランドだ。2018−19年度の一般教書演説で、ユンケル委員長ははっきりと「私達26カ国は、アイルランドの側に立つ」と明言しているのだ。

参照記事:(5)ブレグジット問題:欧州連合(EU)「一般教書(施政方針)2018」ユンケル委員長演説の全文翻訳

ポーランドの外相ヤツェク・チャプトヴィチは、同国の新聞Rzeczpospolitaで「バックストップに5年の期限を設けたらどうか」「英国とEUはチキンゲームを行っている」と述べたと、1月21日に報道された。「27カ国全員一致のラインが初めて崩れた!」と、英国ではわずかな希望となっているという。

実現するとは全く思わないが、万が一血なまぐさい事態が起きたら、このポーランド外相の言葉が生きてくるかもしれない。

アイルランド、力の逆転

アイルランドの要人たちは、繰り返し英国に対し「1998年、21年前に2カ国が結んだ『聖金曜日の合意(ベルファスト合意)』を守って、国境に平和を維持してほしい」と要請している。

ブレグジット延期を実現する最も有効なやり方は、英国がアイルランドに「EUとの橋渡しをしてほしい」とお願いすることかもしれない。

しかし1月26日、英国Radio 4の番組で、司会者がアイルランドのEU担当大臣ヘレン・マッケンティーに、アイルランドがEUを離脱して英国と組む可能性を質問している。彼女は「92%の国民がEUにいることを支持しているので、妥当ではない」と答えた。

嫌な言い方だが、イギリス人は自分たちがアイルランドに「お願いをする立場」になっていることがわかっていないようだ。

アイルランドが独立したのは、1937年のことだ(1922年とも)。まだ1世紀も経っていない。このような英国 VS アイルランド+欧州26カ国の時代が来るとは、だれが予想しただろうか。

それでも筆者は、民主主義の実験劇場として、英国の行く末をある種の尊敬をもってみつめている。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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