フランスがすごいカオスになってきた。クリスマス休暇中の、火を噴く黄色いベスト運動への論争

クリスマスを飾る南仏発祥のサントン人形。「M、辞任」を掲げ黄色いベストを着ている(写真:ロイター/アフロ)

黄色いベスト運動について、次は(3)を書こうと思っていた。

そこでは、フランス人論とフランス社会を書こうと思っていたのだ。

でも、それどころじゃなくなってきた。フランスはいま、カオスの真っ只中にある。

12月の末あたりから、筆者のFacebookがすごいことになってきた。フランス人が各自一斉に、わわーーっと声を出して、ツバを飛ばしながらのごとく、大論争を始めたのである。シャンゼリゼ暴動のあと、水を打ったようにシーンとなっていたのに。

これが始まったのは、25日のクリスマスの休暇(日本では元旦にあたる)が終わった数日後、つまり「あーあ、クリスマスでよく食べたー。食べ過ぎたー。よく寝たなー。疲れはとれたぞ。久々に会った家族とも、いっぱい話した。もうネタもなくなってきたなー。なんだか退屈になってきたぞ」というあたりから始まったのである。・・・わかりやすい人たちだ。よく食べてよく寝て、まだ休暇中だったせいか、議論に力がみなぎっていた。

参照記事:わかりやすい「フランスの黄色いベスト運動」とは(1)普通のデモの広がりからシャンゼリゼの暴動まで

わかりやすい「フランスの黄色いベスト運動」とは(2)マクロン大統領は本当にお金持ち優遇か

すべてはシャンゼリゼから始まった

順を追って話をしよう。

まず、今起きていることを理解するには、「シャンゼリゼの暴動」を正しく理解しないと難しい。以前の記事を読んでくださった方には繰り返しになるが、簡単に説明したい。

凱旋門前のシャンゼリゼの暴動は、特別な人達が起こしたものだ。極右と極左の政治目的のある小グループ(特に極右)である。そういう政治小グループを「グループスキュル」という。そこに、組織だってはいなかったようだが、郊外の移民系の人たちや、一応は普通の人も混ざっていた。ただあそこまで戦争のように激しいドンパチは、組織だっていて、国家を揺るがそうと目的のある人たちじゃなければ出来なかっただろう。

参照記事:シャンゼリゼの壊し屋は誰だったのか。フランス黄色いベスト運動と移民問題:初めて極右と極左が同舞台に

でも特別だろうと、極右だろうと極左だろうと、彼らはフランス人である(外国人や在住移民が混ざっていた可能性はあるだろうが)。自分の国であのような暴動が、フランスを象徴するような場所で起こったのは、フランス人に大きなショックを与えた。

「黄色いベスト運動」は、階級闘争的な叫びと、極右の叫び(+郊外の移民系の人たちの叫び)が混ざっている。だから複雑なのだ。

まずここを押さえて頂きたい。

ル・モンドの表紙をめぐって炎上

クリスマスの後、まっさきに目を引いたのは、「ル・モンド」の事件である。

「ル・モンド」紙は、紙の新聞には週末に雑誌がついてくる。問題になったのは12月29日号の表紙である。

画像

これに、国民議会(衆議院に相当)の議長がツイッターで「このグラフィックは何を参照にしているのか、ぜひ知りたい」と、ナチス・ヒトラーのグラフィックを並べて投稿したのだ(ちなみに彼はマクロン支持である)。

すぐに編集長が謝罪して、これはナチスじゃなくて「(ロシア革命初期、20世紀初頭に起こったポスター芸術である)ロシア構成主義を参考にしている」と説明した。そして「特に(この芸術の影響を受けたカナダ人芸術家)Lincoln Agnewは、過去にル・モンドにデザインを提供してきた」といって、4つの例を掲載した。

ル・モンドのサイトより
ル・モンドのサイトより

おそらくこれは、本当だと思う。

実は筆者はこの表紙を見て、編集長のいうとおり、すぐにロシア革命のポスターを思い出したからだ。ナチスとは全く思わなかった(以前にロシア語を勉強していたことがあり、ロシアの歴史や文化には割と詳しいほうである。ヤーヤポンスカヤ)。

でも、言われてみると、確かにナチスにも似ている。年代順から考えれば、ナチスのほうがロシア構成主義の影響を受けたといえるのかもしれない。最近は、以前よりもいっそう極右と極左が似て見えるのだが、両者は芸術でも似てくるようだ(赤が好きだし)。

しかし、ナチスに見えたりソ連に見えたり、「ル・モンド」も大変である。実際、「黄色いベスト」運動では、世界的に名高いこの「ル・モンド」の報道が色あせて見えるのも事実だ。なんだかずれて感じるのだ。この混沌とした時勢に対処できていないのかもしれない。

問題がこのように芸術方面に起こるというのは、とてもフランスらしいと思った。

クリスマスを機に変わりゆく運動

12月22日や29日は、クリスマス休暇の時期ではあったが「黄色いベスト」の運動は一部続いていた。

相変わらず平和な寄り合い所みたいなものもあったし、街の中のデモも大半は平和に歩いているだけなのだが、一部が暴徒化することが目立ってきた。参加人数はクリスマスを機に激減し、どんどん荒んでいっている感じがした。

先程、<「黄色いベスト運動」は、階級闘争的な叫びと、極右の叫び(+郊外に多い移民系の人の叫び)が混ざっている>と書いたが、クリスマスが終わって、この傾向がますます先鋭化してきた印象がある。

クリスマスが一段落したころ、フランス人が一斉に議論をFacebookで始めた、というより「おっぱじめた」のは前述したとおりだ。

このころ、やたらシェアされて回っていたメッセージは、筆者のFacebookでは主に2つあった。

一つは「マクロン大統領を支持するデモを行う」というもの。1月20日だったり27日だったり、様々である。しかも最近になって「マクロン支持」の署名集めまで始まった。

それからもう一つは、12月31日に「不服従のフランス」党の党首、ジャン=リュック・メランションがFacebookに投稿したメッセージをめぐる言い争いであった。

(Facebookで重要になるポジションだが、筆者はフランス人の過半数を占める「まんなか右左あたりをうろうろする浮動票層」に属し、かつ「パリ圏」に属する。そして、どちらかというと左である。ちなみに日本でも同じである)。

極右と極左が一層似てきた

エリック・ドゥルエという、名前が知られるようになった「黄色いベスト」運動のリーダーの一人がいる。33歳のトラック運転手である。彼はエリゼ宮に突撃して侵入しようとしたことで、勾留された。しかもご丁寧に、YouTubeに「世論にショックを与える」と発言しているビデオをアップしていたのだ。そんな彼を、メランションは「魅了されている」として全面的に擁護したのである。

しかも、彼をフランス革命時の有名人物、名字が同じのジャン=バプティスト・ドゥルエになぞらえたのだ。この人物は、ルイ16世がマリー・アントワネットと子どもたちとともに、王妃の故郷であるオーストリアに逃亡しようとしたヴァレンヌ逃亡事件において、国王一家の逮捕に功績のあった人である。

しかし、ブノワ・アモンという、前回社会党の大統領候補として出馬し、現在 Generation.sという新党を立ち上げている人物は「ドゥルエは前回の大統領選で、極右ルペンに投票した」と告発している。そしてメランションを「彼はもはや左派の重要人物ではない」と言ってこきおろしている(実はこのセリフは、以前彼がメランションに言われたのと同じセリフだ。根に持っていたのね)。

このドゥルエをめぐる、人々の言い争いがすごいことになっていた。ああ、本当に極右と極左は似てきたなあ、とまたもや思った。筆者が「まったく元旦を前にした大晦日に、人騒がせな爆弾を投下して・・・」と深い深い溜め息をついたのは、大晦日といえば除夜の鐘で煩悩をはらいたい(?)日本人だからだろうか(欧米人は日本人と逆で、クリスマスこそが大事で、元旦は友達と遊ぶものである)。

その他にも、「黄色いベスト運動が暴力的になってきたから、やめることにした」というある地方のリーダーの宣言があったり、逆に地方では黄色いベスト運動を議会化するような所が出てきたり、政党をつくろうとする人が現れたりするようになった。

そうかと思うと、黄色いベストの人たちから、「ホモセクシュアルの結婚を禁止しろ」という要求が出てきた。フランスではオランド前大統領の時代に合法化されている(「すべての人のための結婚」というスローガンだった)。おそらく黄色いベストの極右方面の人から出てきた声だろうが、これにはマクロン支持層からも、左派の人々からも、両方から非難の声があがった(でも両者には共闘の姿勢はないのだった)。

またまたそうかと思うと、それほど参加者は多くなかったが、各地で「女性だけの(女性が呼びかけた)平和な黄色いベストデモ」というのも行われた。暴力の先鋭化=男性化・マッチョ化が目立ってきたことへの、反対の姿勢だったのだろう。

経済界への飛び火

さらに、経済界に飛び火するようになってきた。フランスの経団連「MEDEF」の代表者と、黄色いベスト運動のリーダーの一人で、32歳という若き弁護士フランソワ・ブーロがテレビで討論した。

この「平等」という正義感にあふれる弁護士が仏経団連代表を論破した映像は、よく出回った。彼は前述のドゥルエ氏とは異なり、ますます歓迎される新たな論客になってきている。

二人はまったく話が噛み合っていなかった。人物も、生きている世界も、価値観も違う。Facebookをめぐる断絶もある。

(今回の運動でいかにFacebookが大きな役割を果たしているかは、Buzz Feed News日本版の「Facebookはこうやってフランスを引き裂いた」の記事が大変おもしろい。筆者のこのメディアに対する評価が定まっていないのでリンクは貼らないが、検索するとすぐに出てくる)。

フランスの日経新聞「Les Echos」は、「黄色いベスト」にかなり批判的になってきた感じがする(たまにヒステリックに見える記事すらある)。それと並行するように、「お金持ち」と批判される側の人々からも、「自分たちがいかに重い税金を払ってフランスを支えているのか、わかっているのか」という発言が出てくるようになってきた。

変化球で、今の状況への抗議デモ

そんななか、気候政策を支持する人のデモが、今後何度か行われそうである。少なくとも筆者が知る範囲では、2つがパリで予定されているが、一つはブリュッセルで行われた同じデモの流れを組むものだ。筆者の親しい友人レベルでは、興味を持っている人が大変多い。

なるほどな、と思った。つまりこれは、今の荒み始めた「黄色いベスト」運動への間接的な抗議なのだろう。黄色いベスト運動は、階級闘争的な側面から見ると「気候変動問題より、自分たちの生活が先だ!」「気候問題を口実に、専制君主とエリートが好き勝手にやりやがって」という反感があった。

今となっては、大多数の人は、黄色いベスト運動に全面的に賛成でも全面的に反対でもないと筆者は思う。確かに、社会や政治に不満はあるし、燃料税が上がるのは嫌だ。でも、まだ黄色いベスト運動をやっている人の中では、ひどい暴力が目立つようになってきた。そんな人々には明らかに嫌悪感をもっている。そして、社会の変化、つまりマクロンの改革は、全部には賛成しないが、ある程度は必要なことはわかっている。とはいえ、平和的に主張している黄色い人たちもいる。その中には「対話が足りない」と主張している人達がおり、マクロン大統領は積極的にそういう黄色い人たちとの対話の機会をつくろうとしている。そんな中にあって、「黄色いベスト」そのものに反対するのも難しい。だから、気候政策を支持するデモなのだ。

ある意味、この何でもかんでも不満なことはマクロン大統領のせいになっているような機運に対しての反対デモとも言えるかもしれない。

政治と芸術(苦笑)

ある日、筆者は去年の4月にオープンした、まったく新しいコンセプトの美術館のビデオをYouTubeでバックミュージックとして聞いていた。

デジタル画像を音楽とともに、壁一面に見せるものだ。今までも一時的な展示会は世界中にあったが、倉庫ほどの大きな規模で、かつ専門の美術館というのは、このパリのものが世界初かもしれない(追記:フランスの地方に一つあったそうだ)。初テーマは「クリムト」だった。

この展示の美しいクラシック音楽の調べを自動再生で聴いていたら、突然「まーくろん、私達は彼を大統領に選んだがー 彼は私達をバカとして扱ったー」という歌が流れてきた。

「なんだ、なんだ」とびっくりして画面を見たら、地方の道路を背景に、おじさんがギターをもって歌っていた・・・再生回数120万回以上。

YouTubeの自動再生の関連付けがどうなっているのか知らないが、フランス人は、新しいコンセプトの芸術を堪能しながら、ギターを片手にしたおっさんの反マクロンソングを聞くのだろうか・・・(そういえば、駅でギターを片手に「まーくろん、専制くんしゅー」と(楽しそうに)歌っていた人もいたっけ)。

「フランス人の数だけ違う意見がある、この国を治めるのは大変である」というセリフがある。本当にそうだと思う。でも、だからこそこの国は面白い。

欧米では1月2日から平日だが、まだ休みをとっている人も多かった。日本と似ていて、徐々に平常に戻り始め、7日(月)からは完全に平常に戻った。「黄色いベスト」に対しても、お休みが終わって仕事が始まって、また感じが変わってきた。

次のレポートは、まだ書いていない(3)を書きたいと思っている。