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わかりやすい「フランスの黄色いベスト運動」とは(1)普通のデモの広がりからシャンゼリゼの暴動まで

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ナント大西洋空港の近くの掘っ立て小屋で昼食をとって談笑する人たち。12月11日(写真:ロイター/アフロ)

Q. デモの原因は何ですか。

もともとは今年2018年9月に、フィリップ首相が「来年1月1日から燃料税を上げる」と発表したのが始まりです。

では、燃料はどのくらい上がるのでしょうか。

50リッター入れて、軽油で350−450円くらい値上がりします。ガソリン車ですと半分弱、200円くらい値上がりします(欧州、特にフランスはディーゼル車が多いです。下火になってきてはいますが。だから軽油の値段は重要です)。

運動は、最初はネットで始まりました。11月中旬には、ネット上の署名活動で、86万人くらいの署名が集まったと言われています。

Q. あの黄色いベストは何ですか。なぜあれを着ているのでしょうか。

蛍光色の黄色いベストは、車の中に置いておくのが法律で義務付けられているのです。車が故障して外に出なければいけないとき、あれを着ます。そうすれば、目立つので、後方から来た車にはねられることがなくなります。

その他、道路工事の人など、ブルーワーカーの人が着ています。パリでは、ラッシュ時の主要ターミナル駅で、ホームで人を整理する人も着ています(「尻押し」みたいな感じ。パリではお尻は押しませんが)。

だから今回、労働者のシンボルとして着るようになったのでしょう。

Q. どのようにデモは始まったのでしょうか。

運動は、最初はネットで始まったんです。

11月中旬には、ネット上の廃止署名活動で、86万人くらいの署名が集まったと言われています。

1回目の大きなデモは、11月17日(土)です。それから、毎週土曜日に行われるようになりました。

このデモでは、28万3000人が参加したと言われています(参加者の数字は発表者によって様々に異なりますので、一つの目安として見てください)。エリゼ宮(大統領府)に向かって行進デモをした人も、数百人いたと言います。

地方では、女性が病気の子どもを車に乗せて病院に連れて行こうとしたら、黄色いベストにブロックされて阻まれたので、無理やり発車しようとしたら一人が倒れて、後に死亡したという事件が起きました。

1回デモが起こると、ネットだけではなくマスコミも報道します(これはいつもそうですけど)。そうやって拡大していきました。

この頃「ジャーナル・ドゥ・ディマンシュ」という左派系新聞が発表した世論調査では、マクロン政権に対して「とても満足 4%、おおむね満足 21%、おおむね不満 34%、とても不満 39%」という数字が出ています。

この運動の特徴は、地方から始まった運動ということです。地方は車がないと生活できないことが、最も大きな理由だと思います。

それから、欧州、特にフランスはディーゼル車が多いんですね。一昔前はクリーンに改良されたディーゼル車が環境にも良いということで、政府も購入を後押ししていました。ところが3年前、フォルクスワーゲンによるディーゼル車の排ガスを巡る不正が発覚しました。

今はディーゼル車離れが起きていますが、車を買い替える余力がない多くの人達は、今でもディーゼル車に乗り続けています。買い替えに補助金は出るのですが、それでも自己負担分が高い。「散々ディーゼル車を環境に良いと推奨しておいて、今度は環境に良いと電気自動車を推奨、いいかげんにしろ」という怒りもあるでしょう。

Q. どんな抗議活動をしているのですか。

抗議活動は、様々な種類があります。

1つ目。地方に多いのは、高速道路や幹線道路の入り口に、黄色いベストを着た人が立って、全部か一部塞いでいることです。

これ、すごく危ないんです。今12月26日の段階で死者は10人となっていますが、ほとんどここの交通事故から来ています。

それから、レーダーも壊されています。レーダーは「国が市民から税金を徴収しようとする、国家の監視のシンボル」ということです。半分が壊されたり、塞がれたりしていると言われています。

スピード制限を守らない人がいて危ないので、クリスマス前の移動の時期には、注意喚起も含めて新聞の一面に出している所もありました。

でも、黄色いベストの人がいた料金所は、機能が麻痺したために、混雑したかわりに料金がタダになって、「ラッキー」と思う人は多かった。政府がレーダーで探知して料金を回収するという噂が出回ったので、レーダーが機能しなくなったのは、人々には嫌がられてはいないでしょう。

2つ目。環状交差点の真ん中のロータリー。日本は十字路の信号が多いですが、欧州ではロータリーが大変多い。ここに陣取って、土曜日にデモで交通を塞ぐケースもありますが、いつもここにいてデモをしていた人たちもいます。

掘っ建て小屋をつくって、テーブルと椅子を持ち込み、焚き火をたいて、お湯をわかす。町の人が差し入れをもってきたり、車が一時停止して「がんばれ。ほら差し入れだ!」とプレゼントしたり(上記写真を参照)。

お茶を飲んでお菓子を食べで休憩しながらデモをするのですが、もしかして寄り合い所になってる? 町の方々の新しい触れ合いの場になってる? みたいな所もあります。クリスマスの日すらそこにいた人たちもいました(家族がいれば、もちろん家に帰ります。孤独な社会です)。

3つ目は、街中のデモ行進です。土曜日にデモが行われています。大体は普通のデモです。歩いているだけです。ただ、一部で過激化する傾向はあります。

一部が過激化する傾向は、ここ数年増えている感じがしますが、今回は一層増えた印象です。フランスのデモって、普段はちょっとユーモラスな衣装や看板の人がいたり、アート的に美しく表現したりする人がいたり、絵になることが多いのです。でも、今回はそういうのが比較的少なくて、全体的に何だか暗い感じがします。

そのように展開していった黄色いベスト運動なのですが、第2回目の11月24日(土)のデモでは、シャンゼリゼ通りにはバリケードが築かれました(すぐに解体されましたが)。フランス全土で、催涙ガスが使われたり、放水されたりしました。参加者は10万6000人。治安部隊が3000人出動しました。

ところが、3日後の11月27日にはマクロン大統領が、デモに一定の理解を示しながらも「暴徒には屈しない」「政策に変更はない」と発言(その前の11月19日、フィリップ首相も政策の変更はないと表明しています)。このころから運動は、「マクロン大統領への抗議デモ」に、性質が変化しました。

そして起こったのが、シャンゼリゼの暴動です。

Q.世界が驚いた12月1日 のシャンゼリゼの暴動。どれくらい激しかった?

あの衝撃的な映像をみて、世界的にフランスの黄色いベストのデモが有名になったと思います。でも、あれは例外的です、特別です。日本を含む外国のメディアは誤解しています。シャンゼリゼで起こったことは、一般の黄色いベスト運動とは離れているものと思ってください。

あれを見て、「グローバリズムに怒った人々が、大反乱を起こしている!」というタイトルを、外国のメディアや外国人は付けたがりました。でも、違います。あれは極右と極左の小さい政治グループが組織的に行った行動です。

すごかったです。「ほとんど戦争状態」と言われることがありますが、わかります。デモ側はバリケードを築いて、警察側は突破しようとする、の繰り返しです。商店の一部の窓ガラスや、バス停のガラスを壊し、自動車に火をつけたり、本当に一部ですけど、建物の中を放火したものもあります。夜の9時位までこんなことをやっていました。この映像のせいで、世界的にフランスのデモが有名になったんだと思います。

政治目的をもった小さいグループ、極右と極左の過激な人たちが集まるグループは、「グループスキュル」と言います。これらのグループスキュルは、まだフランスでも一般に名前が知られていない団体が多いです。特に極右が多いです。今後名前が知られていくことになるでしょう。

シャンゼリゼの暴動には、他にも都市の郊外に住む移民系の貧しい人たちや、暴れたかったような一般の人も混ざっていたみたいですが、彼らは組織だった人たちではなかったようです。あそこまでひどい暴動は、組織だったグループが計画して行ったからこそ可能だったのです。

大混乱で、ある黄色い人たちが孤立した警官を、まるで殺しそうなほど追い詰める、そこを他の黄色い人が助ける、とか、ある黄色い人たちが放火した所の消防活動を、他の黄色い人たちは消火活動を妨害しようとし、別の黄色い人たちは助けようとした、などですね。

シャンゼリゼの暴動で何が起こったかは、フランス人ならば、普段政治に関心がない人でも知っています。

それまでも、過激な行動は一部にありました。料金所の窓ガラスを壊す、商店の窓ガラスやバス停のガラスを壊す、車に火をつける、料金所の一部に火をつけるなどです(ただし中は無人)。でもそれは、散発的なものの集合、という感じでした。シャンゼリゼの事件は、まったく性質が異なるものです。

でも、外国のマスコミはそこがわかっていないケースが多く、あれを見て「反グローバリズムに怒った市民の反乱」などと報道していますが、それは正確じゃないです。あの人達は特殊な人達です。国家転覆というと大げさかもしれませんが、そういうのを狙う人たちです。マクロン大統領は演説で「彼らの唯一の計画は、国家を揺さぶって、無秩序と無政府状態を求めることだった」「彼らは(普通の黄色いベストの人たちの)まじめな怒りを利用した」と表現しました。

極右と極左が一つの場所で行動するのは現代史上初めてと言われて、このことはフランス人に少なからぬショックを与えています。このころ、私のFacebookは、普通のデモとか論争ならたくさん情報が入ってくるのですが、水をうったようにシーンとなってしまっていました。

参照記事:シャンゼリゼの壊し屋は誰だったのか。フランス黄色いベスト運動と移民問題:初めて極右と極左が同舞台に

この3回目のデモは、全国では13万6000人がデモに参加という数字が出ています。

ただ、過激グループによるこのシャンゼリゼの暴動があったから、世界的に「黄色いベスト」は有名になった。たとえ勘違いであったとしても。もしこの暴力がなかったら、たとえフランス全土に平和的デモ(一部暴力あり)が広がったとしても、世界のメディアは今の10分の1も注目しなかったでしょう。

「歴史ってこういう風につくられるのかも」と、ありがちな歴史観をつぶやきたくなります。それにしても、ラジオしかなかった時代ならいざしらず、ネットやSNSが普及した21世紀の現代にこんなことを思うとは・・・。

(2)の「わかりやすい「フランスの黄色いベスト運動」とは(2)マクロン大統領は本当にお金持ち優遇か」に続く。

◎2つの参照記事:

日本人がぶれやすい極右の定義とは何か。EUの本質、そして極左とは。(2) 極右について

日本には存在しない欧州の新極左とは。(3) EUの本質や極右等、欧州の今はどうなっているか

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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