シャンゼリゼの壊し屋は誰だったのか。フランス黄色いベスト運動と移民問題:初めて極右と極左が同舞台に

(写真:ロイター/アフロ)

人々の気持ちも冷静になってきた。

いま、シャンゼリゼ通りは悲しくなるほど閑散としているが、破壊の跡はとても少ない。何も知らない人が見たら、何も気づかないくらいだ。

「よく復活させたな。頑張った」と思うし、まるで通りの店が全部破壊されたような報道が与えた印象は、事実に反することだったんだと気づく。

しかしパリで、シャンゼリゼ通りで、暴徒の行動は、まるで戦争かのように超過激であり、治安部隊側(機動隊や警察など)との衝突もすさまじかったのは、事実である。

一体だれが、過激な「壊し屋」だったのだろうか。

うんざりする人々

今週は、ストラスブールでテロ事件が起きた。

今の問いは「次の土曜日(15日)もまたデモをやるんですか??!!」である。

大半の人々は、もううんざりしている。LCIというテレビ報道専門の局では、「先日ストラスブールでテロが起きて、治安を守ってくれた警察に感謝して、数日後には警察に敵対していくんですか?!」と政治家に質問していた。

平和なデモなら可能かもしれない。実際「黄色いベスト」運動は、ほとんどが平和的なデモや小競り合い程度である(時折更にエスカレートすることもあるけど)。そんなのは別に驚くほどのことではない。フランスでは珍しくもなく、1年に1回あるかないかくらい起こる。

でもパリでは、いまデモをしたらどう転がっていくかわからない危険がある。パリは特別なのだ。

2極の壊し屋

いったい壊し屋は、誰だったのか。

12月1日(土)のシャンゼリゼのデモについて語られた「シナリオ」は、以下のようなものだ。

ーー朝、デモに来た人の中には、過激な極右グループが混ざっていた。彼らは組織されている人々だった。午後には、過激な極左よりもっと左がやってきた。その後はぐちゃぐちゃ。21時頃まで続いたーーというものだ。

そして12月8日(土)のデモでは、過激な極右がシャンゼリゼ通りに、過激な極左はサン・ラザール駅近辺にと、二つに分かれる傾向があったという。

前の記事にも書いたように、声高には言われないが、この暴動の背景には移民問題が大きく影を落としている。

参考記事:フランス「黄色いベスト」運動:これで3度目か。暴徒がもつ「良識」と憎しみ、移民問題、そして財政健全化

治安部隊の警官の証言

フランスで最も有名な週刊誌と言える「パリ・マッチ」に、12月1日のシャンゼリゼのデモに昼から投入された警官の証言がある。

「壊し屋たちは、石を投げ、火をつけて、バリケードを築いた」

「私は力説したいが、これらは憎悪をもつグループによって、システマティックに行われていた。1日中、私達は、築かれた数々のバリケードを突破しようと試みていた。壊し屋は、みつけたものにはすべて火をつけていた。ゴミ箱、車、工事をしている所、時には建物も。消防車に場所を空け渡さないといけなかったが、彼らは消火活動を妨害しようとした」

「火を前にして、人々を助けようとした黄色いベストの人もいた。彼らは私達に対峙していた人々だ。そして『どうもありがとう』と私達に感謝しながら、また対峙していった」

「黄色いベストが投げた砲弾で傷ついた別の黄色いベストも複数いた」

「中には『警察は我々とともにある』と鼻歌をうたっている人もいた。彼らは言うかもしれない。『こんなはずじゃなかった。こんなのはデモじゃない。私は50メートル離れて遠くに行くことにするよ』と。勘弁してほしい。後で警官による被害が出たら、『スキャンダルだ!』と叫ぶんだろう」

この警官は、壊し屋たちは、計画的でシステマティックだったことを強調している。そして、ル・モンド紙に登場する識者と同じように、彼も「極右と極左の小政治グループ(「グループスキュル」)が共に行動するのは、これが初めてだ」と言う。そして彼は「両者がお互い認識していたかどうかすら、確かではない」と証言している。大混乱だったのだ。

「反白人」と移民問題

それでは、「計画的で、システマティックに暴動を行った憎悪をもつグループ」「極右と極左」とは何なのか。

まず、過激な極右のほうである。

最近「反白人」という言葉を聞くようになってきた。

これは白人のフランス人の側から「今の社会は、反白人になっている。私たちのアイデンティティ、私達の国を移民から取り戻せ」という主張である。

ここでいう「移民」とは、ほとんどがイスラム教徒の主にアラブ系を指す。黒人が入るのかどうかは微妙だが、黒人の立場がアラブ系とは違うのは確かである(宗教的にも、イスラム教徒もキリスト教徒もいるし、どちらにも属さない人もいる)。他にも旧共産圏からやってくる白人の移民、中国人や他の外国人を含むこともある。

筆者が初めてこの言葉「反白人」を聞いたのは、半年くらい前、Facebookでだった。投稿者は「そんな奇妙な概念あるわけない。反移民ならある。おかしいじゃないか」と主張していた。そして、少しずつこの言葉を聞く機会は増えていった。

もう一方の、過激な極左のほうである。

極左とは、もともとは移民系の人に大きな支持を得ていた。今でも彼らがコアの支持者である。

しかし、二大政党の一つ、中道左派の社会党がオランド大統領(社会党)の時代に暗礁に乗り上げてしまった。ここの支持者が、新党のマクロンの党支持と、もっと左のメランションが率いる「不服従のフランス」党支持に分かれて以来、この極左党は大きな政党になった。

参考記事:日本には存在しない欧州の新極左とは。(3) EUの本質や極右等、欧州の今はどうなっているか

週刊誌に載るような暴動者の写真では、はっきりと彼らの出身がわかるようなものが掲載されている。

「パリ・マッチ」に掲載された、燃え上がる自動車を前に自撮りしている男の写真は、半分顔を隠しているが、明らかに中東か北アフリカのアラブ系、まるでテロリストを思わせるような写真だった。

シャンゼリゼの暴動は、顔を隠している人が多かったとはいえ、フランス人はおそらく全員移民系の人がかなり混ざっているとわかっていると思う。ただ、口に出して言わない。言わないのは、様々な理由があると思う。

極右と極左が混ざっているこの複雑な状況を知っている、シャンゼリゼの混乱を理解している、マクロン政権への反感を共感している、社会のうっぷんを共有している、平等教育や人種差別教育が徹底している、ましてや今この状況でそれを口にしたら自分が極右になってしまう、そして「いつものことだ」と思いながら平静や無関心を装う、などではないか。これからじわじわ影響が出てくると思う。

移民系と聞くと、すぐに郊外に住んでいる人たちを想像する。事件や治安の悪さを含め、常に社会問題になっているからだ。今回のシャンゼリゼの暴動に、郊外の移民系の人々は参加したのかどうか(フランス国籍を持っている人と、持っていない人、正規滞在の人と違法滞在の人がいる)。サルコジ内務大臣の時代に起きた郊外の暴動のとき、非常事態宣言が発布されたが、事態は似ているのだろうか。

あのとき「郊外の移民系住民の反乱」では、一般の人々が成した集団だったが、今回は違うように感じる。

ル・モンド紙の報道によると、移民系の多い郊外で、差別に反対する活動のアソシエーションーー極左が多いーーは、むしろ暴動が自分たちのせいになることを恐れて、参加しないグループがあったという。

しかし、内務省長官のローラン・ニュエーズはル・フィガロ紙に対して、極右・極左のほかに、郊外の移民系の人たちを、第3の壊し屋たちに挙げている。組織だっているというより、不満をもって暴れにいった人々なのだろう。

ここで、シャンゼリゼの暴動の状況の理解に必要なのが「groupuscule」(グループスキュル)という言葉である。

極右と極左の小政治グループ

「グループスキュル」とは「多かれ少なかれ組織されている、小さな政治グループ」のことである。貧困援助や移民の同化援助、人権保護援助などの活動とは異なり、政治目的をもっている。

つまり、あの暴動に参加した「壊し屋」は、「組織された小さな政治グループ」に属する人だったということである。大きな政党ではないことが重要だ。

過激で危険な極右に使われることが多い言葉で、年齢層は幅広いが地方に多い。失業にあえぐ若者が目立つ印象だ。

極右政党の国民戦線(現・国民連合)の党首マリーヌ・ルペンは、このような危険な小政治グループには共感を示すが、自分たちとは関係ないと主張している。でも、両者のつながりを告発する言説はある。

内務長官が挙げたグループ名を紹介する。「バスチヨン」。リヨンで昨年設立され、最近名前が徐々に知られる存在となっている。その母体となった「グループ・ユニオン・デファンス」もしかりである。こちらは創設は古いので、知る人ぞ知るだったが、こちらも最近知られるようになってきた。「レ・バルジョル」。マクロン大統領攻撃計画をたくらんだと言われ、テロリストでネオナチとされる。昨年設立された。

また、内務長官は名前を出していないが、最近若者の間で名前を聞くようになったのは、「ジェネラシオン・イドンティテール」(アイデンティティの世代)である。リール発祥のグループで、ここは若者ばかりのグループスキュルなのだ。

多くが、2015年移民危機の後に発足している。

参照記事:日本人がぶれやすい極右の定義とは何か。EUの本質、そして極左とは。(2) 極右について

一方で、極左もある。反ファシスト、無政府主義者、反資本主義者、毛沢東主義者・・・様々である。右翼よりも国際度が高い。

無政府主義者とされるグループで、黒装束で、武装に等しい装備を固めた人たちがいる。地下のメッセンジャーで連絡しあっているというが、彼らは「警察がいたるところにいて、正義はない」「アナーキー」を叫ぶ。

また、「反ファシスト」の概念はとても難しくなっている。今までなら、例えば「反ヒトラー」と言えば、自由を求めて人々の解放と平等を願う、むしろポシティブなイメージだった。しかし、最近は、まるで右翼みたいな反ファシストの極左がいるという。極右と極左は似てきたが、その一例として挙げられるだろう。ラテンアメリカの影響があるかもしれない。

普通のフランス人のわけがない

このような「壊し屋は、組織された小さな政治グループに属する人たち」という説明は、とても納得のいくものだ。

「SNSでばらばらの人が集まった」と言われるが、歴史学者シルヴァン・ブールークがル・モンド紙にシャンゼリゼの暴動について語ったところによると「確証はないが、彼らの装備を見ると、彼らはばらばらであることを望んでいたと思う」という。組織された人々は、警察につかまるような愚を侵さなかったし、極左も同様だったというのだ。

筆者は、フランスの公的機関で、移民関連の政策の一環に仕事として携わる機会がある。その経験から一つの確信をもっている。

人間というのは、自分が日頃からよく知っていること、あるいは身近にあることしか理解できないし、ましてや行うことなどできないーーという確信だ。

例えば、お菓子を食べたことがない人、身近にない人、見たことがない人が、お菓子を作ることは不可能である。さらに言えば、お菓子を食べたことや見たことがあっても、作れない人のほうが多数派である。作るには、お菓子作りに長けている人の指南が必要である。

暴力も同じである。暴力を行う人は、身近に暴力がある人、つまり暴力を見慣れていたり、受けることが普通だったりする人だ。でも、身近に暴力があっても、暴力がふるえない人のほうが多数派である。暴力をふるうには、暴力に長けている人の指南が必要である。

だから筆者には、どうしても普通の多数派のフランス人が、あのようなシャンゼリゼでの暴動を起こしたとは信じられなかった。

フランスは、先進国で民主主義国家で、社会保障が充実している国だ。違法滞在者にも、人権として医療は保障されている。

いくらトマ・ピケティが証明したように不平等が広がっているといっても、フランスの社会保障は日本人が信じられないほど充実しているのだ。貧しいエリアはあるにせよ、飢えて死ぬことなど決してない国だ。平和な国のはずだ。(ただ、既得権が減っていく苦痛や、フランス人が国家に頼り切っている人たちという国民性は考慮しなくてはならないが)。

ここでフランス革命を例に出す日本人がいるが、どうかと思う。確かにフランス人は、気楽にデモをして主張する人たちだ。しかし、ほとんどのデモは平和的であり、小競り合いが時々起こる程度である。確かに最近は暴力が増えていっているが、個人が騒ぎに乗じて散発的にやっているようなものが多い。

それなのに、シャンゼリゼで起こったことは、完全に暴力である。「あれはほとんど戦争だ」と言う人がいるが、気持ちはわかる。いくら反マクロンであり、社会にうっぷんがたまっていたとしても、普通のフランス人が、あのような暴力を行うわけがない。

壊されたマリアンヌの顔

大々的にフォーカスされて報道されたわけではないのに、フランス人は全員知っていると思わせる事件で、ほとんどのフランス人が嘆き、怒り、口にのぼる事件がある。凱旋門の中の展示にあったマリアンヌ像が壊されていたことだ。暴徒は中にはいって、破壊を行ったのだ。インパクトは最大級だったと感じる。

マリアンヌとは、フランスを象徴する女性で、役所には必ずバストアップの像がある。公的書類にはマリアンヌの図柄が入っているし、切手にも使われている。フランス国家は、国旗と同じ国のシンボルと制定しているのだ。

この動画は無料新聞「20minutes」がYoutubeにアップしたもので、約40万回視聴されている。

こんなことを、いくら興奮しても周りに流されても、普通の一般的なフランス人がするわけがないのだ。フランス国旗を燃やすのと同じ行為なのだから。

(ちなみに専門家に言わせると、これはマリアンヌではなくて「勝利の女神」だという)。

暴力のグローバル化

前述の警官は「購買力の問題と車を燃やすのと、何の関係があるんだ」と訴えていたが、まったく正しい。だから、写真がメインの週刊誌のページに、この警官のインタビューが大きく載るのだ。

これこそが「サイレント・マジョリティ」(物言わぬ多数派)の声だと思う。

民主主義がない国の出身の人に、「普通の平和なデモでも、政治家は考慮する」「選挙で意志を表明できて、政治を変えられる」ということは理解できない。税金を払う意味すら理解できない人たちがいる。「税金を払えば、社会保障で自分に返ってくるのだ」「街を整備するのにも、学校を運営するのにも、消防隊を維持するのにも、税金が必要だ」と口酸っぱく教えなければならない。社会保障とは何かを教え、なぜ社会保障というものが存在するのかを、彼らにわかるように説明しなくてはならない。「警官にわいろを払う必要はない」と教える必要すらあるかもしれない。フランスや日本という先進国の常識は、世界の常識ではないのだ。

シャンゼリゼの暴動は、組織だったグループスキュルにせよ、他のグループや個人の参加にせよ、彼らの影には必ず、民主主義の概念がない国出身の人や組織の影響があると思う。陰謀説とは違う。「暴力のグローバル化」を言っているのだ。

一体どこから入ってきたのか・・・ネットで簡単につながることができる現代において、分析は困難を極めるだろうが、拘束された1000人以上の人の調査を徹底的にやれば、見えてくるものがあるだろう。これから少しずつ解明されていくだろう。結果はどんな影響を人々の心に与えるのか。

「黄色いベスト運動」、2つの難しさ

このように「黄色いベスト運動」の難しさは、2つある。

一つは、普通のデモや小競り合い程度と、シャンゼリゼに代表される暴動が混ざっていること。

前述の警官も「72%の人々が黄色いベスト運動を支持していると言われているが、この暴動を含まないことを願っている」と言っていた。まったく同感である。事実、世論調査に疑問を呈する声が、出始めている。

しかも、そのシャンゼリゼでさえも、様々な人がいたのである。孤立してしまったある一人の警官を、まるで殺しそうなほどに追い詰めていた黄色いベストの人たちがいて、別の二人の黄色いベストが助けていた映像は、有名である。(シャンゼリゼ以外でも、ある黄色いベストが倒したものを、別の黄色いベストが直す、などの行動が見られた)。

状況が、あまりにも混沌としているのだ。

もう一つは、階級闘争的な叫びと、極右の国粋主義者の叫びが混ざっていることだ。

経済の悪さ、グローバル化、不平等や格差の広がりーーもちろん、そういった社会問題が、黄色いベスト運動の発端である。極右が伸長した原因も、不平等や格差問題にある。

しかし、移民問題がなかったら、ここまで極右は伸びなかったし、過激化することはなかっただろう。極左も同様である。

3つ目として個人的に感じた難しさを付け加えるなら、ここまで情報が錯綜して、「サイレント・マジョリティ」(物言わぬ多数派)の気持ちを推し量るのが難しいと感じたのは、初めてであった。メディアはガンガン報道していたのに反して、筆者のFACEBOOKは、普通のデモや論争や主張だったらたくさん情報が入ってくるのに、まるで水をうったようにシーンとなってしまっていた。今から思うと、無理もないことだったとわかる。極左と極右が共に同じ場で破壊行為を行うのは、あのような憎悪に満ちた暴力は、現代史上初めてだったのだから。

パリ、労働者の権利の街

フランス人の友人でフランス史専門家と話をした。私が「暴力は暴力として断固許さない姿勢で望み、でも人々の不平等を訴える声や平和なデモには耳を傾ける、そういうことはできないのか」と言ったら、「ユートピアだな」と言われた。「どこから暴力が入ってきたかだって? 世界中、暴力で満ち溢れているではないか」と言われた。

思えばパリは、もともとそういう街だった。グローバル化する前から、国際的な街だったのだ。

世界史上初めて市民革命を起こした街には、19世紀からたくさんの亡命者がやってきたし、受け入れてきたのだ。

日本では、パリへの亡命者というと芸術家や学者が有名だ。ショパンやマリー・キュリー(ポーランド人)、ピカソ(スペイン人)、ロバート・キャパ(ハンガリー人)、ニジンスキー(ロシア人)など。でも、政治運動家や独立運動家も同様にパリにやってきたのだった。政治運動家や独立運動家は、みんなガンジーみたいに非暴力主義者だったのか。

いま現在、筆者がパリで平和的デモをこの目で見かけたことがあるだけでも、パレスチナ、クルド、チベット、トルコのアルメニア人、ウクライナ、コロンビア、シリアなど、枚挙にいとまがない。

世界で始めて市民革命が起きた街は、市民の権利=労働者の権利を訴える街でもあった。当時、世界中のほとんどの国には、労働者には選挙権がなかったのだ。

1945年、反ファシストの勝利の感激のなか、現在につながる世界の労働組合の結成がなされたのも、パリだった。欧州だけではなく、アメリカ(の一部)やソ連、独立前の植民地の国々からも活動家が参加して、人間の、市民の、労働者の権利を主張していたのだ。

いま、欧州連合(EU)の加盟国を中心に結成されている、欧州労働組合連合(ETUC)は、2015年にパリで採択されたマニフェストを運用している。マニフェスト採択の集まりには、ジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長も、マルティン・シュルツ欧州議会議長(当時)も、オランド仏大統領(当時)も、パリの市長アンヌ・イダルゴ氏も参加していた。

フランス大統領の使命

「過激な壊し屋」は、多数派のフランス人には嫌われる存在だろう。でも、それでもフランス人なのだ。

いや、あの暴動の中には、フランス国籍を持っていない人や、違法滞在者もいたかもしれない。でも、そんなことは関係ないのだろう。首都パリを戴くフランスの大統領は、国に住むすべての人々の声を聞かなければならないのだ。聞く姿勢を見せなければならないのだ。それが、フランス「共和国」の長の使命なのだろう。

でも、聞いてどうする? 経済問題は解決が探れるかもしれない。でも移民問題はどうする? もう既に国内にいるのに、ナチスのように追い出すのか。解決方法なんてあるのか。

マクロンがテレビ声明を出す前の7日、サルコジ元大統領がエリゼ大統領府にやってきた。マクロンの要請だという。両者はお互い尊敬をもって話し合ったというが・・・。サルコジは、秩序を守らない移民系の人々に対しては「社会のクズ」と呼んで、断固とした姿勢で臨んでいた。この会合は、左派の人々を不安にさせているという。

極右と極左が同舞台の後で

筆者は、市民と労働者と革命の「世界の首都」に住んでいるという事実を、まだ十分にわかっていなかったのだと思う。

でも、もし筆者が「暴力は絶対に嫌だ、パリを壊すな」「パリを壊す人たちが許せない」と主張したら、たとえ私がフランス国籍をもっていなくても、この街の人、この国の人は、私を一人の人間として、一人の市民として扱い、耳を傾けてくれると確信している。つまり、大事なのは自分の考えであり主張であり、主張をする強い意志ということになる。

それにしても、美しい街がこのような暴力にさらされるのを見なければいけないとは・・・「市民と労働者の権利が生まれた、世界の首都」に住むには、大きな苦痛を引き受けなければならない。

でも、人々は本当にタフだなと思う。前述の歴史家の友人も「まあ、そんなに深刻に考えるな。エディット・ピアフが歌っていただろう。人生は黄色、じゃなかった、バラ色だよ!」と冗談をとばしたし、別の友人も「きれいに片付けて元に戻っているから、大丈夫だ。強く気をもて。日本人は、サッカー場みたいに片付けるのは得意じゃないか」と励ましてくれた。ラテンだ。

フランス人もヨーロッパ人も、本当に強くてタフだ。大陸の人たちだ。紀元前から民族が移動している大陸なのだ。やっぱり島国の日本人には免疫がないのだろうか・・・。

極右と極左が初めて共に行った破壊行動ーーこれがどのようにパリを、フランスを、欧州を変えていくのか。少しずつ表面に出てくる「物言わぬ多数派」の動向を、注意深く、でも決して見逃さずに観察していきたい。

日本も他人事ではない。移民が増えたとき、日本に無政府主義者グループが生まれるとは考えにくいが、極右団体は限りなく欧州に近いものが生まれるかもしれない。