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世帯視聴率の記事がなくならない責任の一端はヤフトピにある

境治コピーライター/メディアコンサルタント
2019年6月10日のヤフートピックス画面のキャプチャー(筆者加筆)

松本発言でにわかに「世帯視聴率」が話題に

松本人志氏の視聴率記事批判が話題になっている。6月20日の「ワイドナショー」でもけっこうな時間を使ってそのことを話していた。それがまたネットでコタツ記事になっている。

松本人志、視聴率報道に問題提起「世帯視聴率を用いたネットニュースの番組、タレントの下げ記事は無視して」(スポーツ報知)

松本人志氏の一連の発言はインパクトが大きく、さすがに安易な視聴率記事は減るのではないだろうか。

私はこの世帯視聴率の問題についてかなり前から危機感を持って記事にしてきた。だがあまり見向きもされず歯がゆい思いだった。松本氏が今回発言したことで私も積年の思いが実った気持ちだ。

それにしてもなぜネット記事は視聴率を取り上げたがるのか。私はその原因の一つはヤフトピにあると思う。とっくに意味を失った世帯視聴率が重要だという誤解を振りまいたという意味では、ヤフトピには大いに責任があるとさえ考えていた。そのことを、この機に解説したい。

世帯視聴率はすでに最重要の指標ではない

世帯視聴率から個人視聴率への移行についてはきちんと説明するとえらく長くなるが、2017年12月に書いたこの記事がわかりやすいと思う。

世帯から個人へ、タイムシフトも反映。2018年、視聴率が変わる!

簡単にまとめると、2018年から2020年にかけてテレビ局は全国で段階的に指標を世帯視聴率から個人視聴率に移行させることになった、ということだ。これは私が秘密の情報を得たわけでもなんでもなく、テレビ局に取材できるメディアなら難なく得られる情報だ。

世帯視聴率は、高齢化が進んでお年寄り世帯の視聴に影響されがちなことが問題視されていた。これを個人視聴率に変えることで様々な人々の視聴データを出し、スポンサー企業の多様なニーズに応えようというものだ。だからただ基準が変わるだけでなく、多様な視点で番組を評価するようになるはずだと書いた。(その後、各局が49歳以下を「コア視聴率」「キー特性」などの呼称で重要指標に設定している。松本氏が言っていたのもこの指標。これも個人視聴率を計測することで出せる数値だ)

計測が変わるのだから、今後は世帯視聴率の記事がなくなるものと思っていた。番組の評価に世帯視聴率を使わなくなるのだから、それをもとに番組がいいの悪いのと記事にするのは意味がなくなるからだ。

ヤフトピ目当てに出続ける世帯視聴率の記事

ところが世帯視聴率だけの記事はなくならなかった。理由ははっきりしている。視聴率をネタにした「サゲ記事」はヤフトピに入りやすいからだ。

Yahoo!には今やほとんどのメディアが記事を転載していて、PV数に応じた広告収入の配分を受けている。記事がヤフトピに入ると莫大なPV数を獲得し、得られる収入も大きくなる。だから新聞も雑誌も個人もヤフトピに記事を出して欲しくて仕方ないだろう。

そして下手に取材をするよりも、視聴率ネタの「サゲ記事」はヤフトピ入りしやすいのだ。視聴者は視聴率=番組の良し悪しと捉えているので思わず読んでしまう。記事を書く側としては、視聴率さえ手に入れれば書けるのだから効率も良い。そりゃあ記事にしたくなるというものだ。

だが2018年以降は世帯視聴率には意味がなくなった。少なくとも個人視聴率の方で記事を書くべきだろう。それなのに、ちっともそうならなかった。

啓蒙してもサゲ記事がヤフトピ入りしかき消される

そこで私は視聴率についての知識を啓蒙する記事を書き始めた。

視聴率だけの記事はもう終わりにしよう〜「今日から俺は」「リーガルV」に見るドラマの価値〜(2018年12月28日)

世帯視聴率で騒ぐのはスポーツ紙だけになるかもしれない〜在京キー局第3四半期決算資料より〜(2019年2月13日)

世帯視聴率は平成とともに終わる〜「3年A組」が示したこれからのヒット番組〜(2019年3月20日)

「ポツンと一軒家」は「イッテQ」に本当に勝ったのか?〜テレビの視聴データは多面体へ〜(2019年3月27日)

たとえば最後の記事ではこんなことを書いた。「ポツンと一軒家」が「イッテQ」をついに抜いたとスポーツ紙が話題にするのだが、その中身をインテージ社のi-SSPデータというテレビ接触率の世代別グラフで見るとその内訳がわかる。

インテージ社 i-SSPデータよりグラフ作成(2019年3月10日放送分)
インテージ社 i-SSPデータよりグラフ作成(2019年3月10日放送分)

インテージ社 i-SSPデータよりグラフ作成(2019年3月10日放送分)
インテージ社 i-SSPデータよりグラフ作成(2019年3月10日放送分)

「ポツンと一軒家」はどう見てもお年寄りにしか見られていない。だが世帯数が圧倒的に多いので世帯視聴率では「イッテQ」をわずかに上回った。こういうところに世帯視聴率の問題点があるのだ。

2019年は、こんな感じの記事を何度も何度も書いた。なぜ書いたかというと、NHKの大河ドラマ「いだてん」の世帯視聴率が低いことをネタに、サゲ記事が毎週のように出るからだ。そしてそれがことごとくヤフトピ入りする。

2019年5月7日ヤフートピックス画面より(筆者加筆)
2019年5月7日ヤフートピックス画面より(筆者加筆)

2019年6月10日ヤフートピックス画面より(筆者加筆)
2019年6月10日ヤフートピックス画面より(筆者加筆)

2019年6月24日ヤフートピックス(エンタメ)画面より(筆者加筆)
2019年6月24日ヤフートピックス(エンタメ)画面より(筆者加筆)

私が、もう世帯視聴率には意味がないと書いても書いても、毎週のように「いだてん」の視聴率最低記録更新のサゲ記事が出て必ずと言っていいほどヤフトピ入りし、私の苦労をかき消し塗りつぶしてしまうのだ。

極め付けは、年末に出たこのヤフトピだ。

2019年12月16日ヤフートピックス画面のキャプチャー
2019年12月16日ヤフートピックス画面のキャプチャー

そりゃあ世帯視聴率の記事はなくならないよ。だって書けばヤフトピに入って莫大なPV数を獲得しお金がはいる。視聴率さえ手に入れればいいのだから記事を書くのも15分でいっちょあがりだ。だがその弊害は大きいと私は思う。

何よりよくないのは、こうした知識を知らずにサゲ記事を読むと、せっかく番組が好きで見てくれている視聴者が意気消沈することだ。世帯視聴率が有効だった時代ならともかく、もう最重要指標ではないのに、いまにも番組が打ち切りになるような空気が醸し出される。サゲ記事がいかにテレビを盛り下げてきたか、考えてもらいたい。

ちなみにNHKにとっても世帯視聴率はひとつの数値に過ぎず、それよりも何年も前から若い世代の視聴が獲得できていないことの方が内部で問題になっていた。一時期、NHKでは60歳以下に絞った視聴率ランキングを局内で共有し、100位までに2つしかランクインしていないことに毎週驚愕していたそうだ。その2つとは7時のニュースと「おかあさんといっしょ」で、朝ドラも大河も入らない。宮藤官九郎脚本で近代史に挑んだ「いだてん」の意義が世帯視聴率獲得にはないことは、そんなことを知っていれば明らかだろう。

「いだてん」が大河最低視聴率を更新したと鬼の首を取ったように書くことは、視聴者や出演者をがっかりさせる一方、それがダメなことだという誤ったイメージをまき散らしてしまう。メディアとして間違った行為だと私は思う。

そんな思いで書いても書いてもサゲ記事のヤフトピにかき消され続け、刀折れ矢尽きた心境だった。ひとりで吠えていても、相変わらずスポーツ紙の視聴率サゲ記事は出続ける、ヤフトピ入りし続ける。もう諦めるしかないか。

世帯視聴率の記事をなくすのはテレビ文化のため

そんな風に、いじけた時期も通り越して悟りの境地に達しかけていた時に、「世帯視聴率の記事は無視して」と大きな声で言ってくれた。ありがとう松本人志!私はもう力尽きたが、いまようやく夜明けが来た!そんな気分。

ただ、しばらくはまだ続くだろう。スポーツ紙がサゲ記事を書くのは止まらない。だってヤフトピに入るかもしれないから。

だからここでいまこそ、Yahoo!が決断する時だ。視聴率のサゲ記事はもう金輪際ヤフトピに入れませんと、宣言するべきだ。少なくとも、スポーツ紙と議論くらいはするべきだと思う。何より、世帯視聴率が重要だとの誤った情報を世間に振り撒くことになる。

Yahoo!ニュースは今や、公共的な存在と言っていい。中でもヤフトピが持つ責任はNHKニュース並みに大きいと言っていいだろう。だからこそ誤った情報をヤフトピに入れてはならない。責任の大きさを自ら認識し、どの分野でどんな情報をヤフトピに入れるか、どんな記事は入れるべきでないか、日常的に議論すべきではないだろうか。

テレビ局もスポーツ紙にはっきり伝えていい時だ。世帯視聴率はもう指標ではないし、重視しているのは別なので、世帯視聴率は記事にしないでください。そう伝えるべきではないか。

スポーツ紙の側も内部で議論すべきだ。テレビという一つの文化と、一蓮托生でやってきたはず。世帯視聴率を記事にするのは不勉強すぎだし、視聴者に誤った印象を植え付けることになっている。テレビ関係者のためにも、視聴者のためにも、何もならない記事であることを認識してもらいたい。そんなことより、番組を多角的な視点で見つめて盛り上げるべきではないか。

意味がない指標で取り巻きがいいの悪いのと言い、視聴者や出演者が気に病むのは、本当におかしな話だ。この機に業界全体でぜひ考え直して欲しいと思う。そのほうが、テレビ文化にとっていいはずだから。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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