Yahoo!ニュース

テスラの異常な半導体の調達対策

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
電気自動車が次世代のトレンドに登りつつあるが……(提供:イメージマート)

私へのインタビューとして半導体調達とテスラの異常ともいえる対応策について説明する。

ーー余裕ができたとはいえ、このところずっと半導体不足が続いています。

はい。そこで、注目したいのが電気自動車・テスラの取り組みです。まったく信じられない発表をしています。もちろん、これは驚愕した意味であって、信頼できない意味ではありません。

テスラのIR資料(https://ir.tesla.com/)を確認していると、このような資料があります。「Shareholder Deck」です。現在、自動車にかぎらず、どのような産業でも半導体不足で困っています。しかしテスラはこう言います。

Our team has demonstrated an unparalleled ability to react quickly and mitigate disruptions to manufacturing caused by semiconductor shortages. Our electrical and firmware engineering teams remain hard at work designing, developing and validating 19 new variants of controllers in response to ongoing semiconductor shortages.

意訳になりますが、次の通りです。

我々の開発チームは、半導体不足から引き起こされる製造の問題について対応するために、これまでにない取り組みを開始している。我々のエレキとファームウェアのチームは、19もの新たな制御装置設計を用意し半導体不足に対応するために鋭意、設計や検証に取り組んでいる

これには驚きました。というのも、モジュールは一つ設計すればいいんです。それを19(!)も設計するんですよ。

ーー19という数字に意味はあるのですか?

この19の理由はわかりません。ただ、なぜ複数化する必要があるのか、ということですよ。それは半導体の入手状況によって使い分けるためです。

Aという半導体を使用するモジュールだけでは、その半導体Aが入手困難になってしまえば、生産できなくなります。実際に世界中の自動車工場は半導体不足で止まりました。しかし半導体Bならば入手できるかもしれません。その半導体Bを使うモジュールでも使用できればクルマの生産は止まりません。

それを19通りもてば、完全ではないにせよ、かなりのリスクマネジメントになります。なんというか、まあ、あまりに大胆不敵な方法ですね。

ーーそれほど調達が大問題になるのでしょうか?

月初に私は「The調達2023」という論文で調達こそが企業の最大課題だと警鐘を鳴らしました。昨年は、PCやゲームなどをはじめとする世界的な需要の急増がありました。コロナ禍における一部アジア工場での生産停止や、中国各地の工場での停電問題もありましたね。

いつ半導体のマーケットがタイトになるかもわかりません。これは、調達する側からすれば嘆きの日々が続くことにほかなりません。

各社とも半導体入手に頭を悩ましている状況です。実際に、調達力という点では最強だったはずの自動車各社も電機各社、ゲーム各社も全世界的な減産に追いやられましたが、これも半導体入手不足のせいでした。

ーーこれからテスラの方法以外には打開策はありませんか?

はい、サプライチェーンの世界にはマルチソースという言葉があります。これは複数社購買とも呼ばれます。簡単にいえば、1社からだけではなく、違う1社か2社からも調達できるようにしようね、というものですね。

ただしこれは言うのは易く、実行するのは難しいんです。いくつかの理由があります。まず、原材料のようなものであっても、完全に同じスペックのものが存在しないケースがあります。部材であれば、似たような部材は調達できても、あくまで「似たような」であって完全なマルチソースを実現するのは難しい。

また、完全に同じようなものがあっても(規格品や電子・電気部品等)、実際には各パーツが客先から認証されているため、たやすく代替できない現実があるんですよ。さらに、実際には複数部材の場合に、動作試験や品質保証試験などを実施するのが難しいケースが多々あります。

たとえば、「あるサプライヤからの部材Aが入手困難になる可能性がある。そこで、部材Bか部材Cでも代替できるように、あらかじめ検証してほしい」と開発部門に要求したらどうでしょう。私の経験ではほとんど検証されることはありません。なぜなら、開発も設計も品質テストもギリギリの状況で行われており、代替部材をも視野に入れた検証をする時間がないためです。

私が勤務した経験の企業や、あるいはコンサルティングを行った企業だけで日本のすべてを把握しているとはいえません。ただ、おそらくどこも似たりよったりだと私は思うんですね。だから、マルチソース、あるいは複数社購買といっても、緊急時の代替調達はほとんどできていない状況です。

ーーしかし、テスラがそれを実現しているわけですね

ええ、実務経験からテスラの試みをふたたび考えてみます。これは、投資対効果の計算設定にあると思うんです。

①複数のモジュール設計・開発をして、動作試験や品質保証試験をするコスト

②半導体等の調達品が入ってこないケースのロス

多くの企業は、①>②と考えています。つまり、何重にリスクをヘッジするはあまりにコストがかかりすぎて、調達品欠品のリスクを超過していると考えているんです。

その根底には、これまで調達・購買部門が頼み込んでなんとか調達していた経験もあるだろうし、なんとかサプライヤが頑張って納品してくれた記憶もあるんでしょうね。

それにたいして、テスラは①<②と考えたということです。特定の半導体が調達できないと完成車の生産が止まる。そうすると売上も利益も激減する。工場の稼働もままならない。さらに半導体以外のサプライヤへの発注額も減る。そうすると自社への訴求性も減じてしまうかもしれない。

19ものモジュールが必要なのかはわかりません。ただ、なんらかのリスク発生確率分布から19への分散を決定したんでしょう。私は大胆不敵と書いたが、実は彼らのほうが現実的で定量的なのかもしれません。

ーーサプライヤからしても奇策ですか?

まあ通常は、なんだかんだいっても自分たちから調達するしかないのだろう、とサプライヤが思えばサプライヤ側の交渉力が強くなるでしょうね。しかし、もしテスラは自社から調達する以外のカードを持っているかもしれない、と考えればサプライヤの交渉力は強くなりません。

さらにテスラであれば自社が納品している半導体すら開発・生産してしまうかもしれない。そうサプライヤが考えれば、むしろサプライヤの交渉力は弱くなっていきます。

ーー日本企業の教訓は何でしょうか?

私は、日本企業が19もの別モジュールを用意するのは難しいのではないかと述べました。。その理由は、きっと上司やマネジメント層がそれを決断するとは思えないからです。

テスラにおいてイーロンマスクがこの施策を決定したかはわからないものの、トップマネジメントが関与したのは間違いがありません。その意味でも私はテスラの決断力に驚きを隠せませんでした。

もちろテスラのように複数モジュールを開発してリスクヘッジを行うことだけが解決策ではありません。サプライヤとの関係強化や、在庫の積み増し、あるいはその他の施策も有効な可能性があります。

ただし、さほど打開策がないなか、日本企業はこのテスラのような決断ができるでしょうか。あるいはサプライチェーン部門や設計・開発部門はトップに複数モジュール化をトップに提案し、それが実現するでしょうか。

日本人はよく、他国の成功例を模倣するのが得意といわれますよね。ではこのテスラの例はどうでしょうか。やるにしてもやらないしにても、テスラのこの施策は、きわめて重要な教訓を伝えているように私は思うのです。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

坂口孝則の最近の記事