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東日本大震災から10年、企業のサプライチェーンはどう変わったか?

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

・東日本大震災以降、自社のサプライチェーン・調達網のリスク 対策(事前策)について

私たちの会社である未来調達研究所で調査を実施しました。東日本大震災が各企業のサプライチェーンにおよぼした甚大な被害により、BCP(事業継続計画)策定等、事前準備に力を注ぐ様子がうかがえます。大きな自然災害が発生した直後だけではなく、10年が経過した現在でも「改善した」と回答する実務者の姿に、サプライチェーン断絶防止を目指す調達・購買部門を固い決意が表れています。企業は地震だけではなく、大雨や台風、活火山の噴火や2020年には未知のウィルス流行といった事態にも対処を強いられています。次々に到来する、あるいは顕在化するリスクを前に、度合いの差はあっても事業継続に貢献するバイヤの姿を感じられる回答でした。

・東日本大震災以降、自社のサプライチェーン・調達網のリスク対策(事前策)についてのコメント

●サプライチェーン可視化(リスト、マップの整備)

おなじく、私たちの会社である未来調達研究所で調査を実施しました。御回答でもっとも多かった取り組みは、サプライヤの所在地を可視化するマッピングでした。これまでも所在地情報を入手していたものの支社や営業所のデータで、供給可能性確認の初動では確認対象の絞り込みに機能しなかった反省より、供給拠点である工場所在地情報の入手に努めるといった回答が目立ちました。

こういった事前準備段階で、ほしい情報を入手しやすい整備であるサプライヤ所在地をマッピングした結果、災害発生時の初動が速やかだったといった意見が多数寄せられました。

古くて新しいサプライヤリストやマップ整備、例えばサプライヤの生産拠点が不幸にも甚大な被害を受けた事態を想定すれば、必ずしも支社や営業所よりも工場の連絡先が役立つとは限りません。発生した災害の被災地域と生産拠点の掌握と、状況確認するコンタクト先は、まさに発生した事象によって臨機応変の対応が求められる場面です。今回のアンケートでは、東日本大震災発生直後、2016年よりも、リスク顕在時に役立つ取り組みが功を奏した報告が多数おこなわれました。

●シミュレーションの実施

前回アンケート(2016年3月実施)の回答と大きく異なった点が「シミュレーションの実施」です。具体的なリスクの顕在時に発生が予見される事象を想定して、サプライヤへ連絡をとってみたり、停電時を想定した電源確保のシミュレーションをおこなったりといったかなり具体的な取り組みが報告されました。当初BCPをまさに「計画」として立案し、東日本大震災から10年が経過し、さまざまな自然災害に直面した結果、BCPをより実効性のある計画へと進化させる取り組みです。実際に行ってみると、いろいろな問題点や不足点が明らかになってBCPを改善するといった好循環が行われているコメントが印象的でした。

●システム導入

これは投資を必要とするシステムから、Googleマップにサプライヤ所在地を入力して被災地とサプライヤ所在地のクロスチェックを行う取り組みまでさまざまな回答がありました。共通している点は、災害発生後の混乱の中で、しっかりと「初動」を機能させる事前準備の取り組みです。大規模な投資をおこなわなくとも、無料サービスを活用だけでも、災害発生時の初動には十分役立つことが示されました。

●BCP策定

現在進行形の取り組みとして「BCP策定」を挙げられている例もありました。これは、大手企業は東日本大震災の後BCP策定へ動きだした結果、中小企業へ広がりを見せつつある結果です。2020年6月の帝国データバンクによる「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査( https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/p200606.html )」の結果を参照すると、企業規模別にBCPを策定している割合は次の通りです。

大企業   30.8%

中小企業  13.6%

小規模企業 7.9%

 

サプライチェーン断絶に対する取り組みは、まだまだ普及途上といった段階です。サプライチェーン断絶リスクへの対応は、東日本大震災以降大企業では進んでいるものの、業種別に格差が生じている。中小企業規模以下では、まだまだ取り組んでいる企業数が全体の1割前後と、改善の余地が大きい結果です。

参考までに業主別でもっとも対応が進んでいるのは金融業の42.1%。東日本大震災発生後も被災地の地元金融機関は店舗を開け、金融機関の通帳や印鑑がなくても本人確認ができれば預金の引き出しに対応した事実がありました。日銀も現金需要に対応する処置をおこなっています。

被災者は、これまでの生活が一変する大きな衝撃の中で、不安に苛まれており、その解消手段としてみずからの財産を手元に置くといった防衛行動をとるのでしょう。また東日本大震災の直後には、米ドルと円の為替相場が、極端に円高に触れ戦後最高水準を記録しました。これは、インフラの整備された先進国の国土が揺れと津波で大きな被害を受けた結果、復興にともなう円貨需要の高まりを想定した結果でした。

現在の取り組みに関するアンケート回答で「BCP策定」とあるのは、さまざまな業界で、サプライチェーン断絶防止には、BCPの裾野を広げていく必要があり、その必要性を理解している企業が存在する事実をあらわしています。まだまだ改善する可能性を秘めた回答であったと言えます

またBCP策定に関連して、調達・購買部門が主導した社内他部門への教育の実践が行われているとの回答も、今回初めて複数の方よりよせられました。企業の調達活動は、調達・購買部門だけで行うわけではなく、社内関連部門と協力し歩調を合わせた社内のサプライチェーンの機能が必要です。こういった啓蒙活動によってもBCPに魂が宿り、行動の際に効果を生んでいく取り組みです。

●在庫対応

大地震の被害によりサプライチェーン断絶の危機が騒がれたのは、東日本大震災が初めてではありません。1995年の阪神淡路大震災では被災地がノートパソコンに使用するディスプレイの生産集中がありました。また関西圏の消費、生産、物流の一大拠点である阪神地域の被災による機能ストップにより「サプライチェーン断絶」といった言葉は使われなかったものの、工場操業への影響や、物流ルート見直しといった影響は発生し「震災余波」といった言葉で語られていました。特徴的なのは、地域的に限定した影響です。被災地周辺の中国、四国、北陸地方への影響を伝える報道が大勢でした。

また2004年に発生した新潟県中越地震では、自動車用エンジン部品メーカーの被災により、生産が危惧される事態が発生しました。「サプライチェーン断絶」は、東日本大震災で一般化して以降、何か災害が発生する度に問題視されます。しかし東日本大震災の前からサプライチェーン断絶は発生していたのです。経済のグローバル化によって、その影響が日本国内に留まらず世界に波及していったのが、2011年以降の姿です。

東日本大震災が発生し世界各国の工場稼働に影響を与える中、当時の日本経済新聞には、被害を受けた工場の操業再開状況を伝える一覧表がしばらくの間掲載されていました。その記事の掲載が終了したのは、震災発生約2ヶ月後、調達・購買の現場でも十分ではないにしろ供給の復活を実感し始めていた頃でした。被災後、復旧までに要する「2ヶ月」は、熊本地震でも同じ傾向が認められました。

そういった経験から震災発生後に生じる供給が途絶される期間を「想定断絶期間」と呼んで、セミナーやコンサルティングの現場で繰り返し訴えてきました。しかし在庫対応への反応は極めて冷ややかなものでした。しかし今回のアンケートでは、在庫の積み増しを行ってる回答が複数ありました。在庫は管理を適切に行えば即効性の高い取り組みです。調達・購買の現場で採用されはじめた現実により、東日本大震災発生から10年を実感します。

しかし在庫にはマイナスの側面があります。アンケートの御回答にもあった「在庫を持つのは、あくまで目先の対策であり、BCPを充実させながら、如何に在庫を極小化する事を実現できるか」こそ、本質的な取り組みなのです。

●サプライヤ支援

この回答も前回アンケートと比較した新たな取り組みです。これまでは調達・購買部門におけるBCPや関連する取り組みでも「自社でどうするか」の観点が中心でした。今回初めて調達・購買部門にとって重要なリソースであるサプライヤへ直接的な支援を行っているといった回答がありました。サプライヤへBCPの策定を促し、サプライヤ自身で自力復旧、代替え手段確保するための支援活動です。

BCPは、自社だけを完全にすれば機能するのではなく、調達・購買部門ではサプライヤとの連携によって機能する取り組みです。こういった回答は、BCPをより機能させるためにたゆみない改善がおこなわれている事例です。

・東日本大震災以降、自社のサプライチェーン・調達網のリスク 対策(事後策)について

事後対策については、事前策と異なり従来と変わらない回答が多数派を占めました。これは自然災害発生の影響は毎回異なります。大地震といっても大きな揺れによる被害なのか、後で発生する火災や津波によるものかによっても違います。直接的な被害の度合によっても異なるため、発生して影響度合いを見極めた上での対応が求められます。購買部門では、社内の求めに応じたQCDを満足する調達を実践して当たり前といった意識も強く、なかなか「改善した」実感がえづらい点も回答に反映されていると想定します。改善へのハードルの高さは、より直面した課題に真摯に取り組む姿勢なのです。

・事後策に関するコメント傾向

●事後策に関するコメント~体制整備

地震だけではなく、台風や大雨、昨年から企業のみならず日常生活にも大きな影響を与えるウイルスといったBCPの発動を検討する場面が毎年のように繰りかえされています。事態に直面する機会が増えた結果、迅速に初動するための体制整備が、事後対策のトップになりました。BCPをタダ作っただけの計画におわらせず、必要な事態に陥ったとき機能させるために、対応リソースを確保するためにも、役割分担を明確にして体制を整えてBCPを機能させる狙いがうかがえます。

具体的な取り組みは、

・対策本部設置、経営層含めた緊急会議招集

・事務局設置や事後対応のタイムスケジュール設定

といった実効性のある具体的な取り組みに関するコメントがありました。体制整備の結果、上層部にも本質的な危機感が共有され、サプライヤ経営者ともリスク情報と対応状況の共有が進んだケースもありました。

リスク顕在化時の体制整備で考慮すべきは、BCPを実行する人的リソースも不足している可能性、そして会社が稼働していないタイミングでリスク顕在化が発生した場合の対処です。2月に最大震度6強を記録した福島県沖地震の発生は土曜日の夜11時すぎでした。2016年の熊本地震では、短時間に震度7の揺れが2回発生しましたが、2回とも夜間の発生でした。社員が会社以外にいるときの対応は、迅速な初動を進めるためにも一歩踏み込んだ対応策検討の必要性を感じました。

●事後策に関するコメント~複数社購買の実践

サプライヤ供給リスク対応の王道ともいえる複数供給源確保も、多くの調達・購買部門における取り組みが確認できました。1社独占よりも2社以上から供給を受ける方が、非常時だけではなく平常時にもメリットが大きく、リスクヘッジ以外の要因からもバイヤとして実現したい願望がうかがえます。

ポイントは、非常事態に2社購買から1社購買へとスムースな移行が実現するかどうかです。日常的に購入しているサプライヤからまったく同一製品の購入量を増やすだけでも、原材料や生産能力の拡充を伴う場合には準備期間が必要です。この取り組みにこそ実現すれば有効性が高い=期待が大きいだけ、事前シミュレーションをおこなってスムースな移行が実現するかを確認すべきです。

●事後策に関するコメント~在庫対策

自然災害発生リスクへの対処に「在庫」を活用する考え方は、当然ながら賛否があります。しかし災害が発生して平常時とは異なり十分なリソースが活用できない事態を想定すれば、対応策も1つではなく複数の選択肢をもつべきです。あらかじめ複数の選択肢を準備して、そのなかで今回の被害状況では何が活用できるのかを見極めてベストな対処こそ必要な取り組みです。

在庫対策では、対象品を在庫する取り組みよりも、在庫管理状態の改善も合わせ行うべきですね。在庫へのイメージの悪化は、その管理内容や、管理するためのインフラ投資も疎かになっています。せっかく資金負担をおこなって在庫を確保したのに、管理状態が悪くて実際に使い物にならなかったでは意味がありません。在庫はただ購入しておけば良いのではなく、品質保持の観点でも良品を維持する方法論こそ、全社的なコンセンサスが必要なテーマです。

●事後策に関するコメント~迅速な初動

初期対応を迅速化する取り組みに関する回答増加も今回のアンケートの特徴の1つです。「安易な調達先の拡大は行わず集約側で進め、パイプを太く、監視し易い状態をつくっている」といった前ページの複数社購買といった取り組みとは真逆の取り組みをおこなってサプライヤとのコミュニケーションの質を高め、発生事態に備えている例もありました。

2月の福島県沖地震では、発生が土曜日の夜でした。震度6強を記録した地震であり、福島を中心として近隣圏を含め所在しているサプライヤ工場の被害状況が気になった方も多いはずです。初動の迅速化とは、福島県沖地震後の対応を例にすれば、月曜日の朝に何をするかを検討してから動き始めたか。それとも月曜日を迎える段階ですべきことは決定しており、すぐに動き出したかの違いです。また月曜日朝の段階で、被災地のサプライヤから何らかの連絡があったかどうか。「私は無事です。工場の操業は月曜の朝から確認します」といった連絡だけでもあったサプライヤは、地震発生前のコミュニケーションが有効に機能していた証しです。

●事後策に関するコメント~深掘調査

調達・購買部門におけるリスク対応は、少なくとも対応策の半分はサプライヤがおこないます。実際はもっと多いでしょう。これまでに行っている確認内容に不安を覚え、改めてサプライヤからヒアリングするといった取り組みも、確実性の高い事後対応の基礎資料として取り組んでいる例が報告されました。

また深い内容の確認を行っても、時の経過と共に状況は変化します。スタートは災害対応やBCPといった新たなテーマにともなう話でも、確認内容の更新は、ぜひ日常業務の中への織り込みが欠かせません。私たちが災害に直面しているのは日常的なのです。ただ発生していないから意識していないだけなのです。サプライヤ訪問時や、サプライヤ評価といったタイミングを活用して、QCDに加えたリスク対応についてもサプライヤと情報交換の定着化を志向しましょう。

・BCPやサプライチェーン断絶防止の取り組みは

多くの企業で、不足を感じながらもBCPの設定やサプライチェーン断絶防止を行ってます。自然災害は、どんなタイミングで、どんな災害が発生するかわかりません。非常に恐ろしいリスクです。そういった脅威を目の前にすれば、なかなか十分に準備できているとは言いがたいのが実態ではないかと感じます。また不足していると認識しているからこそ、改善の原動力があると感じさせる回答です。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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