有名なセミナー講師になりたければ、俺んとこに来い、というすごい仕事

独立して始めてしまえば、不安など感じている余裕はない(ペイレスイメージズ/アフロ)

初出:「会社を辞めたぼくたちは幸せになったのだろうか」の一部を大幅に加筆して掲載

このところ、第二次、第三次の起業ブームが起きています。個人がサラリーパーソンから独立し、士業やコンサルタント、また個人事業主として食っていくとき、どのような困難が待ち受けているのか。私は一人の独立した人間として、他の先人たちに興味を持ちました。彼らはどのように独立して、食えるにいたったのか。それはきっと起業予備軍にも役立つに違いありません。さきほど、「第三次の起業ブーム」と入力しようとしたら、「大惨事」と変換されました。まさに大惨事にならない起業の秘訣とは。セミナー講師をプロデュースする原佳弘さんにお話を聞きました。

――もともと会社員の時代から独立する予定だったそうですが、そのきっかけは何だったのでしょうか。

ある居酒屋でのお話しですが「原さん、やるのやらないの!」と言われました。居酒屋をはしごして十分にお酒がまわった3軒目です。同席しているメンバーは、あるメーカーの商品開発担当者2名と私の3人です。当時サラリーマンであった私は、クライアントの中で、大変お世話になっていて特に懇意にさせて頂いている方には「独立する予定である」ことを随分前から伝えていました。その方とはもう4年程のお付き合いになる頃でした。そして、居酒屋が3件目に入った頃に、そのクライアントの担当者がおもむろに「独立をするのか、しないのか」尋ねてきたのです。

「原さんさ~無理に辞めないで、社畜を続けていくのも別にいいのだよ。それともやるの?」その商品開発担当者は、回答に困っている私にこう続けてきました。「はっきりしないとオオカミ少年だよ!」と言ったのです。私は、「リーマンショックから、さらに震災もあったので先延ばしにしてきている」と、か細い声で答えるのが精一杯でした。担当者さんからの質問の意図を理解できていない事は明白でした。その方が言いたかったのは、「私に対する信頼がこの先なくなるよ」ということでした。

今ちょうど、私も独立して2年目が終ったところです。まだ独立起業について人に語れるような身では一切ありません。しかし、一つだけ感じることがあります。それは「独立を検討しています!」という方にお会いすると、昔の自分が思い出され「私と同じように中途半端なままでいないでね」と感じるのです。彼らの背景・心境はよく分かります。自分も十分、躊躇してきた身だからです。自分が、長年躊躇しながらも最後は独立していった末に感じたことは、シンプルなことでした。「独立は検討するものではなく、やるかやらないか」ということでした。

――独立を目指した背景からお聞かせいただけますか?

私は、新卒の時に入社を泣く泣く断念した会社がありました。現在、エン・ジャパン(株)の元の親会社、(株)日本ブレーンセンターです。就職活動の際に、当時の社長、越智通勝さんに惚れて、当時大阪にあった本社まで会いに行き、是非入社したい!とまでお話をさせていただいていました。越智社長も気に入って下さり、大阪の高級な飲食店でご馳走して頂きながら、お互いに夢を追いかけよう!なんて話をしていました。

しかし、親、親族、周囲の声に負けてしまい、入社しなかったのです。私の親戚たちは、公務員家系でした。「新卒で会社のことをわかっていないのに、人事コンサルなんてできっこない!」「大学までの専門と畑違いなのに無理だ!」と言われました。今思えば、それらのアドバイスが意味をなさないことは分かります。しかし、当時はオトナの声に最終的には納得し、自身で違う道を選んだのでした。

そこで、次こそ自分で仕事を選びたい!と考え、中小企業診断士の資格に挑戦し、28歳の時(2000年)に資格取得しました。いつかは独立を!と考え始めたのはこの頃です。副業として講演講師、中小企業のコンサルなどを、若輩者ながら診断士活動を努めさせて頂きました。しかし、そのまま独立をするまでの気持ちにはなれませんでした。もっと大きな仕事をしたい、著名なコンサルタントと一緒に仕事をしながら学びたい、と素直に思ったのです。より、鍛えられる環境に行きたかったのです。

――その後、転職活動をなさったそうですが……。

はい、人材育成のビジネスに携わりたいと考え、前職のマーケティング専門の研修・コンサルティング会社に転職しました。そこでは、講師登壇もしていたんですが、主には、企業への研修やコンサルティングの企画提案営業がメインの仕事でした。

この会社には結局、10年間在籍したんですが、入社当初から「いつかは独立!」と決めていました。遅くとも10年以内、できれば5~7年で、という曖昧な目標でした。要領の悪い私は、入社して3年までは芽が出ずにいたんですが、5年目ぐらいから大きな仕事が獲得できるようになりました。大企業の新商品開発コンサルや組織開発など、ビッグな仕事に携われるようになり、とてもやりがいを感じていました。

そんな勢いよくやっていた頃に、リーマンショックが発生しました。仕事の2/3がストップし、来年はどうなるのだ!?と社内だけでなく、業界全体が疑心暗鬼になっていました。独立していた講師コンサルタント複数人から「今は独立しない方がいい!」と警告を促されたのをよく覚えています。

その頃、研修業界は景気に左右される、とこの事件で強く感じ、他の事業を模索しようかとも考えました。そんな事をあれこれ思案しているうちに、今度は東日本大震災が発生しました。とても、独立なんて言っている場合ではなくなってしまいました。ただし、この頃は、自然と社外での活動が増えていった頃でもありました。震災復興を支援するため「100本セミナー」をやって義援金を送ろうという団体で、自身の持つセミナー企画実施ノウハウを提供していたのです。その活動は、期せずして社外の新しい組織や仲間、会社の枠にハマらない面白い方々など自然とネットワークが拡がっていきました。

――独立していくには、環境の影響が大きい、とつくづく感じるそうですが。

はい、それは、「周囲にいる人がどんな人か」「どんな会話に揉まれているか」という環境が非常に大きいんです。決して、独立している人が多いことが重要なのではなく、ビジネスを生み出せるという空気感、クリエイティブな発想を持った方が周りにいることによる、影響が大きいのでしょう。

その意味では、私は震災後の活動によって、そのような方々といる時間が自然と増えていったのです。その後は、この考え方をさらに加速させました。会社や上司の愚痴が中心となってしまうメンバーとの呑み会は全て欠席しました。社外でのセミナーにも、厳選した上でドンドン参加するようにしていきました。環境を変える、ことを実践していったのです。

――一番、ブレーキが外れるキッカケとなったことはなんでしょうか。

今思うと、「独立すること」が目的となってしまっていたことです。「起業して何をするか」よりも「独立する」ことが先決となってしまっていたことです。本来は、市場に提供できる価値・商品があって、それを提供する方法として「独立起業」が最善の手段だ、だから起業するという考え方がベターなのだと思います。しかし、私は違いました。何かで独立したい!起業しなくては人生終わりだ!こんな思考が頭を占めてしまっていたのだと思います。

そんな事を模索している時に、冒頭の言葉をクライアントから有り難く浴びせて頂きました。「起業しないで、社畜でもいいんだよ」「もう悩んでいる暇はないよ、やるなら応援するけど、やらないなら、それでもいい。それも人生じゃないか」そう仰って頂いたのです。

「そうか!起業しなくてもいいのか」と。これが私にとって大きな救いとなりました。頭が解放されたのです。ずっと「起業しないといけない!起業しないとダメなんだ」そう思っていたようなフシがありました。就職活動で自分の意思を貫けなかった、人に負けている、そういった焦り・不安があったのでしょう。しかし、独立しなくてもいい、と感じたからこそ、素直になれました。「やっぱり、それでもやりたい!」そう素直に、しかも強く感じたのです。

――利己での起業はダメなのでしょうか?

とある起業塾に参加してみたときのことですが、その起業塾では、特に難しいことは言っていませんでした。自分の棚卸し、ビジネスプランの描き方。どこかのセミナーで聞いたり、本で読んだりしたことがある内容でした。しかし、大きな盲点があったことに、気付きました。「知ってはいたが、徹底的にやりきっていない」ということでした。これは私の仕事上の盲点でした。マーケティングや経営、自分の強み発見など「やることは知ってはいる」状態で、「やり尽くしていない」状態だったのです。知っているが故、舐めていた、あるいは他にいい方法はないか、と逃げていたのです。

この独立起業塾は、何かを学ぶというより徹底的にアウトプットを朝から晩までする場でした。自分の過去~現在~将来までをいくつかの角度で徹底的に掘り下げるのです。茂木健一郎さんの「脳をヤル気にさせるたった一つの習慣」という本がベースとなっていました。この場では、また一つ新たな発見がありました。「自分の願望に素直になること」。当たり前のことですが、私はどうも「かっこ良く」「きれいに」魅せたがる傾向があるようでした。

というのも、社会に貢献して起業する、とか、世の中の◯◯を変える!という「利他」の精神でしか、起業できないのではないか、そんな思考に縛られていたのです。自分を思いっきり掘り下げていったら、素直な気持ちで「利己」が残ったのです。そしてそれは、決して悪いことではない、とこの塾の中で知ったのです。世の中の会社を見回してみて、利己だけで起業している会社はゴマンとあります。利己で起業して後付けで利他主義を宣言している会社なんてザラにあります。事実、そういった会社を具体的に列挙していって、気づいたのです。

ここからはもう肚が座った。カッコつける必要も他人を気にする必要もありません。「やれるか」ではなく「どうやるか」の選択だけでした。この腹落ちをしてからは、起業へのスピードは早かったです。期限を決めて、何をするか、を列挙し優先順位を決めるだけだからです。この辺りは、私は得意でした。

――起業準備について教えてください。

まず行ったことは、退職日を決めること、でした。世の中には、ボーナスをしっかり貰って退職、という意見もあるんですが、私は今のクライアントに迷惑がかかりにくい時期にしたいと考えました。ある企業でのプロジェクトが終わる時期がちょうど3月末。ちょうど区切りもいい、とスッパリこの時を期限としました。

そして、これも独立を決めた後の一つの大きな意思決定があります。それは、現在の会社での業務をキッチリやり遂げて、クライアントの引き継ぎも丁寧なぐらいに徹底して行う!ということです。どちらかというと、手を抜きがち、あるいは起業後へ力を注ぐため疎かになりがちな現業です。

この業界は狭いし、この情報社会で、どこから悪い話へ広がってしまうか分かりません。そんな意味とお世話になった会社に少しでも最後の恩返しを、と思いました。これには、周囲から賛否両論ありました。やりたいことがあるならば、もう独立後のことに集中すべきだよ、というご意見もありました。これは、どちらが正解というものではないでしょう。私にはこの方法が性に合った、また落ち着いてやれた、そういうことなのだと思います。

――起業前にやっておいて良かったことはありますか?

独立までに出来ることとして、ブログを綴ってみたのです。「独立までの100日カウントダウン」というタイトルで、退職のちょうど100日前からほぼ毎日を綴っていきました。このブログ、最初は自身に対する「独立までの逆算スケジュール」を組む、そして「自身のお尻を叩く」という目的でスタートしたのです。

しかし、いざ開始して続けてみると、読者の反響が以外にも多かったのです。今までサラリーマンの時には、アメブロ、ライブドアブログなんて……と馬鹿にしていたところもあったんですが、意外と多く読んでくださる方がいて、それは冷やかしではない、と感じたのです。同じように独立を決めて取り組んでいる読者からのメッセージなども応援となりました。そして、この反響は独立に向けて、密かな楽しみとなっていきました。

――その他に、準備で重要な点はありますか。

オフィスの住所・雰囲気は、想像以上に重要です。住所によるブランド力、信用力の問題があるからです。例えば、都内なのか郊外なのか、また、都内でもどの地区・番地なのか。自分の業界としてふさわしいエリアなのか。名刺交換をした際に、提案に訪問した際に、必ず、会社の所在地は話題に上るものです。大手企業、著名企業であれば住所などは、それこそあまり関係ないのかもしれないんですが、起業したての際には「住所が会社の信用を上げてくれる、関心を持ってくれる要素」として非常に重要なのです。

また、来客が多い業態の場合、そのオフィスの雰囲気・施設も大事です。騒がしい中での打合せが逆に賑やかで良いのか、クリエイティブなファシリティの施設だと自分の魅力もアップするのか、そんな点も検討材料です。

そして、クライアント等との移動距離(コスト)も重要です。事実、毎週往復する、突然訪問することがある、となると時間も電車代もバカになりません。よくよく情報収集しておく、比較検討することが大事でしょう。

――独立後の営業について教えてください。

まず行ったことは、過去にお世話になった方に、退職~そして独立起業したことをお伝えすることです。特に、既存のクライアントは全て前職の後輩に引き継いできたので、それ以外の方に、退職後3日間で、500通ほどメールを出し続けました。

もちろん「仕事下さい」なんて書きません!もしかしたら、そんな想いが行間からにじみ出ていたのかもしれませんが、ただ単純に退職した事実と今後の展望について綴ってみました。

そして、まずは仕事になる・ならないではなく多くの方に会いに行きました。何が仕事になるか、今までのサラリーマンのように絞って活動していては先行きがない、そんな考えからです。また、異業種交流会にも少し参加してみました。しかし、この活動は正直に言うと、無駄だったかな、と感じることが多かったです。

ただし、一つ思うことは、自分の顧客につながる人脈や営業先は、どこに行けば会えるのか、ということを冷静に分析して考えるキッカケになったことです。私の場合は、知人の紹介も含めて交流会には5回ほど参加して、「これは違う!」と気づくことになりました。もちろん、起業した全ての方に異業種交流会が無駄だ、とは言わないし、言えません。業種やその方のキャラクターによっては、友好な場でもあるのでしょう。私の場合、ここには今は見込み客につながることはない、と感じただけです。

多くの方に会いに行く、会社のwebを作りこむ、商品案内を作りこむ、そんなことを起業後3ヶ月ぐらいはずっとやっていたんですが、とにかく楽しかったのを覚えています。何事も、自分の意思、コンセプトで物ごとが決断でき、かつすぐに形にしていけるからです。サラリーマンの時は、会社の会議や全体の調整で時間がかかりました。商品コンセプトを尖らせようとしても合議の上で丸くなってしまいました。しかし、今は自分の信じることを表現する、形にしていくことが、スピーディーに出来ることが嬉しかったのです。まるで、カゴから解放された鳥のように自由に積極的に飛び回っていました。

――初めての受注について、お話しいただけますでしょうか。

初の受注は、私の場合は起業前からご相談頂いていた方がいたおかげで、初月に売上が有り難いことに立ちました。翌月も別のお客様からのご依頼で見事に2件目の売上が立ちました。3ヶ月目には3件目、4件目が続き、順調な立ち上がりだと感じていました。しかし、今思えばこの時期は勘違いしていたのだと、後々気づくのです。

なぜならば、必要な月次売上、年間売上などの計画目標はほぼ立てておらず、単に受注して仕事がある、それだけに満足していたのです。事実、それぞれの受注金額は高くなく、件数も多くありませんでした。なぜか「起業してすぐは仕事が取れないだろう」という想いに反して、起業当初から少ないながらも獲得できていました。それが「お!意外と順調にイケル!」との勘違いを産んでしまいました。それが、起業後半年ぐらいたった頃に、このままでは年商は……やばい!……経費さえ賄えない、と心配が増大していったのです。

また、この頃、私はもう一つの過ちを犯していました。お客様から、「御社は何をしている会社ですか?」と質問を頂くほど、「自社が何屋か」が不明確だったことです。この時、いや起業前に、徹底的にやっておかねばならかったのが「自分の強みは何か」「誰に何を価値提供しているのか」「商品は何か」を徹底的に、磨き上げる、固めることでした。これを起業直後に怠っていたため、その後もずっと悩むこととなりました。起業前に「独立すること」を優先していて「何をしていくか」が後付だった事が、ここにきて痛烈に響いてきたのです。

――その後はどうなったのでしょうか。

自分が提供している価値、さらには商品などを顧客の声にもとづいて徐々に明確にしていきました。また、しっかり月次の各目標を定めました。顧客の訪問件数、案件獲得数、受注件数…などを目標化していきました。すると甘えの気持ちや不必要な行動が、自然と減っていきました。これらの修正活動は、神様か誰かが見ているものでしょうか。次の仕事、より大きな仕事へとつながっていきました。仕事が仕事を呼ぶ、仕事が自分の活動を修正する。これの繰り返しが重要だったのだ、と今になって感じています。

――独立前の想像と、起業後の現実のギャップはありますか?

独立前と起業後のギャップは、今思えばそれほどありませんでした。しいてあげれば、先ほどお話ししたような、初月から売上が立ったという勘違いだけです。

一番、良い意味でギャップであったことは、「独立して始めてしまえば、不安など感じている余裕はない」ということです。独立前に、あれだけ起業に対して不安でたまらなかったのが、始めてしまえば……ということです。

起業後半年ぐらいは、週に2日は解消しようがない不安にさいなまれました。「ああ、起業して失敗だったのでは?」「俺は大丈夫だろうか?」と思い悩むこと、後悔することが多々ありました。しかし、半年も過ぎて来た頃には、「悩んでいても1円も売上が立たない」「悩むより動かないと始まらない」と、自然と行動することにフォーカスしていきました。もちろん、今でも、時々不安は顔を出すことはあります。

しかし、起業後1年も経てば「やること」「やりたいこと」が山積みであり、悩んでいる暇があるはずがない、というのが実情です。起業前の不安は「当然生まれるものだが、何も生まない」。それが、今振り返ると、一番ギャップとして挙げたいことです。

――今後の目標、夢について、お聞かせください。

まずは、一つの目標として「起業して10年は存続していくこと」これが最低限の目標です。独立起業が夢だったんですが、単純に打ち上げ花火では全く意味がありません。起業後の生存率が1年で40%、5年で15%という数字はよく聞く話です。私などまだ1年目、2年目のゲートを死に物狂いで通っただけです。やはり続けられている、つまりお客様にお役に立て続けている、事が大事だ、常にそう思います。

また、違う目標としては、講師コンサルタントとして独立しなかった私ですが、プロデューサーという立場で価値提供していく世界が拡がっていくこと、これも一つの目標です。

さらには、そのプロデューサーとしてある分野でトップに立つこと、ささやかながらある分野を今必死に構築しようと、必死にもがいています。

起業することは簡単です。会社をやめて、開業届を出せばいい。しかし、現実は非常に冷酷かもしれません。不安も尽きないでしょう。周囲も「失敗するよ」と囁いてくることもあるでしょう。誰も友達なんていないじゃないか、そんなことさえ思うこともあるでしょう。

それでも、起業した者同士にしか分からない事が沢山ある。敢えて辛い道を選んだ同士の絆・通じる想い、辛いことを乗り越えたからこそ味わえる束の間の達成感、こうした事の連続による自己成長。これらは、サラリーマンをしていたら絶対に感じ取れないことです。

人生は1回限り。引き止められてもやりたいならば、すぐやるべきだ、そう思います。

<プロフィール>

原佳弘(はら・よしひろ)

Brew株式会社 代表取締役

中小企業診断士、セミナー/研修プロデューサー

1973年生まれ、横浜市立大学卒業。2000年、中小企業診断士取得。その後、セミナー・研修会社に転職。その中で、100人以上の講師・コンサルタントと会い、100本以上の法人セミナーを実施、100社以上の企業へ営業活動を行う。自らも研修講師、コンサルタントとして活動するも、セミナーや研修の企画設計の奥深さと面白さに気付き、裏方のプロデューサーとなることを決意。以来、セミナーや研修プログラムの企画開発と販促マーケティングを専門とする。

2014年5月、Brew株式会社を創業。社名の由来は「人が育つ環境を醸成する=土壌を創る」、「各人各様の旨みを引き出す」という思いをこめて命名。主に、企業向けの研修サービスを行う他、野球場のビールの売り子さん等、販売員の分析に関する記事執筆を行っている。

著書に「研修・セミナー講師が企業・研修会社から“選ばれる力”」同文館出版2015年9月

初出:「会社を辞めたぼくたちは幸せになったのだろうか」の一部を大幅に加筆して掲載