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中国調達のこれから~中国はコンビニとなり「コツ」を知るものだけが生き残る

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
中国調達は一時期よりも熱が冷めた気がするが……。(写真:アフロ)

初出:無料冊子「The調達2016」を短縮し掲載

中国は、フィリピンとの関係に端を発した国際問題が報じられた。ならびに、国内の不調和が聞こえてくる。そういった政治問題のいっぽうで、日本と中国企業群を取引先とする実情はどうなっているのか。アジアの巨人は産業の観点からどのような変化を遂げているのか。中国調達の第一人者であり、中国調達情報の発信者として有名な岩城真さんに、中国調達の実際を聞いた(聞き手・坂口孝則)。

――岩城さんは、これまでビジネスで中国にずっと携わってこられました。

2000年以降中国調達に携わってきた者として、中国調達で求められるもっとも重要な点を述べるとすれば「あたりまえのことが、あたりまえにできる」に尽きる。日本は、「お客様は神様」といった不思議な商慣習のお蔭で、あたりまえのことが、あたりまえにできなくとも、どうにかなってしまうバイヤーの楽園だ。ゆえに一人前のバイヤーでなければ、中国では通用しないし、中国で通用するバイヤーは、日本でも、他の海外諸国でも通用する。もっとも、中国とひとくくりにして語られるが、中国は国土が広大なだけでなく、経済や文化も多様であり、一国として考えるよりEC、ASEANといった地域と同じレベルで捉える方が間違いないかもしれない。

――中国は、製品の品質について、一般的にはまだ悪いイメージがあります。

「中国拠点を“コンビニ”だと思って使ってほしい」と中国現地法人の調達部長は話す。彼が何を言わんとしているのか、おわかりになるだろうか。実際に中国調達に携わっているバイヤーならば、「なるほどね」と相づちを打っていただけるはずだ。

――つまり?

“コンビニ”とは、何でもそろって便利、の意味と同時に、価格は安くない意味でもある。かつては、中国から調達できれば激安でモノを買えた。中国と関わりだした2000年当時、日本で一般化していたNC旋盤やマシニングセンターといった工作機械も、中国の中小零細加工業者には普及していなかったし、基本的な技術や管理も未熟だった。そのため調達できるものは加工難易度が低く、リードタイムをたっぷり確保でき、多少の不良が発生して納品数量が減っても困らないものに限定された。日本のバイヤー企業は、中国サプライヤに品質管理や生産技術のエンジニアを派遣する。これが中国調達の一般的なイメージとして、すっかり定着していた。

――中国が高い、とは逆説的ですね。

今の中国は10年ちょっとの間に大きく変貌を遂げている。かつて「日本にあって中国にないものなんてない、探せば必ずある。ただし、“のようなもの”だけどね」と話していた。しかし、今は“のようなもの”から“本物”はもちろん、今の日本では作れないものまである。くだんの調達部長いわく、「日本でサプライヤがみつからない時も、間違いなく中国ならみつかる。」

――日本のサプライヤよりも中国のサプライヤを探すべきでしょうか。

ご存じのように、日本の景気は回復しているものの、今の景気がこのまま続くなどとは誰も信じていない。サプライヤの経営者は、合理化投資はしても増産投資はしない。最近は、設備よりも従業員の問題が大きい。鍛造、鋳物の3K職場はもちろん、製缶・溶接、機械加工、表面処理でも将来の従業員を確保できるかどうかが、日本のサプライヤに重くのしかかる。人口構成のシュリンクに先行して、製造業従業員のシュリンクが始まっている。日本国内でも、新しいサプライヤと取引を始めるのは意外に難しい。日本で行き場を失った部品製造は、中国に流れている。

――でも中国企業もおなじく困難に直面していませんか?

もちろん中国も労働人口が減少に転じ、製造業の従業員確保は、難しくなっている。しかし、日本に比較すると、まだ余力がある。新聞やビジネス誌には、急速な円安人民元高をきっかけにした国内回帰が報じられているが、帰るところのない部品製造は帰ってこない。

中国調達市場は、くだんの調達部長が言うように“コンビニ”なので、激安ではない。今、中国のサプライヤの多くは設備過剰に苦しんでおり、為替変動分を価格に転嫁できていない。円建て取引の場合はもちろん、ドル建て、人民元建ての取引であっても、日本側の予算は円建てで設定されているので、何らかの影響はある。かつてのような激安見積りはない。中国の内陸部はともかく、日本とほとんど同じレベルの生活ができる上海などの沿海部では、円安の影響もあって、生活物価は日本と同等か、それ以上である。日系ブランドの牛丼単品は300円前後、マクドナルド、ケンタッキーといったグローバルブランドのハンバーガーセットは600円以上する。日本と同じものを求めれば、日本並み以上の価格になる。

――奇妙な話のようにも聞こえます。

中国調達市場は、“コンビニ”になったといっても、リアルなコンビニと異なる点がひとつある。それは、市場全体として、何でも供給できるのであって、1社で何もかもを生産できるのではない。かつては、力のあるサプライヤ1社に、何を注文しても、再外注、再々外注によって、“のようなもの”は、供給された。中間マージンが、しっかり乗っても激安だった。今はそうは行かない、しかるべきサプライヤを選び、発注しなくては、品質、価格、デリバリーの満足できるものは供給されない。これは、あたりまえなのだが、“バイヤーの楽園”日本に甘え、身につけるべきスキルを身につけていないバイヤーにはつらい。日本のサプライヤと違って、中国のサプライヤは、依然として玉石混交である。しっかりとした選別眼を持ったバイヤーでないと務まらない。中国サプライヤに足しげく通うのは、かつての品質管理や生産技術のエンジニアではなく、多くのサプライヤ候補から、適切に選び出す目を持つバイヤーでなくてはならなくなった。

――しかし中国から購入するといまだにリードタイムの問題があります。

耳を疑うひともいるかもしれないが、最近では、日本のサプライヤよりも中国のサプライヤの方が、輸出入通関や海上輸送期間を含めてもリードタイムは短い。「そんな短納期対応は日本じゃできないが、中国なら大丈夫だ。」が、しばしばある。不景気でサプライヤが口を開けて待っている、といった理由もあるが、概して工場の規模が大きく、底力があるのだ。

――中国のリスクはありませんか。

一般的にチャイナリスクとは、不透明な執政や知的財産権の軽視、外交問題、為替、人件費の上昇があげられる。外交問題を除くと、これらは中国に限らず、新興国がその経済成長によってはらむ一般的なリスクである。これらの問題は、バイヤー個人はもちろん、民間企業の力で解決できる問題ではない。対処法は自然災害のリスク回避と併せて、一国集中の回避が、有効かつ唯一のリスクヘッジである。

私が考える最大のチャイナリスクは、中国企業には交渉で勝てない日系企業文化だと思う。我々バイヤーの仕事は、交渉そのものではない。交渉しなくとも成立する取引が理想だろう。しかし、リアルな調達の現場、特に中国調達の現場は、交渉に次ぐ交渉を強いられる。その交渉で、我々日系企業は、ほぼ間違いなく譲歩を強いられる。我々日本人の交渉力は、中国人と比較して弱いのだろうか? それは単純に交渉力の問題ではない、既述のように日系企業の企業文化の問題だ。

それは、交渉における最悪の結果が、日本と中国の組織では異なるからである。日本にとっての最悪の結果は、「破談」である。想定を大幅に超える大幅譲歩であっても、「破談よりはマシ」なのである。一方、中国にとっての最悪の結果は、「想定以上の譲歩」であって、「破談」ではない。日本は譲歩してでも成立を目指す交渉をし、中国は譲歩するぐらいなら破談も辞さない交渉をするのだから、その先には、「日本の大幅譲歩で交渉成立」の結果しかない。

――面白いのですが、なぜそんなに強気なんでしょうか。

バイヤーとサプライヤの交渉の不成立は、サプライヤにとっては失注であり、工場が休止してしまうかもしれない。そのような状況は、日本のサプライヤも中国のサプライヤも差はない。差が生じるのは、不成立の責任を誰が負うと考えるかである。中国の組織では、交渉が成立に至らなかったのは、交渉の相手方が法外な条件ばかりを提示してきたからで、自社の交渉担当者に非はないと考える。むしろ、大幅な譲歩をすれば、責任問題になってしまう。「何か、もらったのか?」の嫌疑を掛けられかねない。実際はそうでないとしても、交渉担当者は、そのように考えるので、譲歩より破談を選び“強気の交渉”ができる。

それでは、日本も「譲歩より破談を選べ」と方針転換すれば良いと、そんなに単純な話ではない。日本人は、何かアクションを起こすと無理してでも成果を残そうとする。交渉において破談となれば、成果ゼロ。中国企業と交渉する際は、何が何でも(大幅に譲歩しても)話をまとめる考えは、あらためなくてはならない。もちろん、一切譲歩せずに破談を連発させれば、大きな機会損失を作る。バイヤーのサプライヤ選定や価格改定の交渉であれば、競合環境を構築し、「1社と破談したら後がない」といった状況を回避できる。しかし、競合環境を構築しても、構築した競合環境を生かしきれない事例が多々ある。バイヤー自らが本命の1社に絞ってしまい、二番手より僅かに良い条件のところまでズルズルと譲歩してしまうのである。

中国サプライヤの加工単価は、物価、人件費、為替を理由に、ほぼ右肩上がりで上昇している。それでも、競合する日本のサプライヤよりは安いからと、サプライヤに企業努力を求めず、“正当な値上げ”として容認してきた一面があった。しかし、日本より安ければ良いのではない。中国のサプライヤも生産の効率化努力をしてもらわなければ困る。「日本の競合サプライヤより安いだけで妥協しない。目標単価未達であれば、破談、転注も辞さない。」そんな強気な姿勢で交渉に臨んでみて欲しい。もちろん、破談、転注ともなれば、バイヤー企業の損失も小さくない。しかし、中国サプライヤと新しい関係を築く、と言っても、やっと対等に交渉できるポジションに立つにすぎない。それでも、押されっぱなしの交渉の流れを変えられる、そんな経験を私は、何度もしてきた。

――なるほど、最後に中国調達にいまからチャレンジするひとたちにアドバイスを。

中国サプライヤの納期問題にしても、品質問題にしても、様々な指南があるが、“最後は、人対人の信頼関係”といった類の文言で締めくくりが多い。

それでは「その信頼関係って、どうやって構築するの?」といった疑問が浮かぶのが自然だろう。信頼構築の方法として、白酒と称されるアルコール度の高い中国の国民酒を浴びるほど飲み、本音で語り合いが必要と語る人もいれば、誠実な行動を日々ひとつひとつ積み重ね以外にないと説く人もいる。

私はそのいずれも間違っていないと思うが、ほんとうにそれしかないのだろうか。酒が飲めない人は、中国で信頼されないのだろうか。長い年月を掛け、交流を重ねなくてはダメなのだろうか。そんな自問していると、「いや違う、ある!」と自分の経験から思い浮かぶ。

それは決断を先延ばしにしたり、決裁を上位者に委ねたりしない、つまり自らの“即断即決”だ。

中国の組織は、日本と比較して担当者の裁量権が大きい。それは「上司は部下の仕事を管理するのではなく、部下そのものと、結果を管理している」からである。蛇足になるが、顕著なのは中国の政府機関である。同じ機関でも担当官によって言う内容が違うが、「以前の担当官は××と言った」などと指摘しようものなら、目の前の担当官は、自らの裁量権を否定されたと誤解して、まとまる話もまとまらなくなる。

閑話休題、中国サプライヤの経営者はもちろん担当者でもたいていは、その場で決める。我々が対峙する経営者、担当者と対等な関係になりたければ、つまり信頼関係を構築したいのであれば、我々日本のバイヤーも即断即決しなくてはならない。そうしないと、彼らは口に出さなくとも、「決裁権のある人を寄こしてくれ!」と腹の内で憤っているはずだ。

そうは言っても、我々バイヤーは組織の中にいるサラリーマンである。それぞれが与えられた決裁権の範囲がある。ゆえに周到な事前準備が必要なのだ。少なくとも想定できる内容は、決裁権の委譲を受けて、サプライヤとは対峙しなくてはならない。中国で成功している日本企業の多くが、決裁権のある経営者自らが、中国に出向く中小企業と符合する。少なくとも、決裁権があってもそれをなかなか行使しないサラリーマン総経理を抱える企業が成功しているといった話は聞いた試しがない。実際に中国サプライヤと打合せの中で決断に躊躇していると、「岩城先生、あなたは経理(マネージャー)ですよね、この程度の決裁権が無い訳がないでしょ。さぁ、決めてください」と決断を促される。

もちろん、このような決裁を積み重ねて、信頼は構築できる。しかし、我々バイヤーは、もっと速く、強い信頼関係の構築を求められ、そして自らもそれを望んでいるはずだ。ビジネスでは想定内ばかりではない、むしろ中国ビジネスでは想定外が多い。決断の先延ばしが、大きなデメリットやリスクを生む。そんな時に自らが決断し、「私の責任で(私の)会社から了解を取ります」と言いきれれば、強い信頼関係を構築できる。なぜなら、その言葉を吐いた時点で、バイヤーはサプライヤと同じ側に立った証になるからだ。

調達とは、川に橋を架ける仕事だと思う。バイヤー企業とサプライヤが、両岸から橋を造り出し川の中央で橋が繋がるのが理想だろうが、理想的に事が進むとは限らない。時にはバイヤーが泳いで川を渡り、サプライヤとともにサプライヤ側から橋を建設も必要で、要は川に橋を架け、両者が利を得られるか否かなのである。橋を架ける過程で、バイヤーがサプライヤとともに汗を流し、強い信頼関係が生れるのである。

私は、決裁権の行使は、権利ではなく、義務であると考えている。そうでなくては、中国では“勝てない”のである。

――ありがとうございました。

初出:無料冊子「The調達2016」を短縮し掲載

岩城真(いわき・まこと)プロフィール

大学卒業後、重工業メーカーへ就職。本社管理部門に4年半在籍の後、産業機械部門の工場バイヤーとなる。中国調達は、2000年から始め、現在もプレーイングマネージャーとして中国ほか新興国はもちろん日本国内の調達の最前線で活躍する現役バイヤー。

無料メルマガ「中国調達とものづくりの現場から」を毎週発行、サーチナ社経済コラム「誰も知らない中国調達の現実」を毎月寄稿。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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