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「シン・ゴジラ」血液凝固剤の短期間入手は可能か製薬会社の調達関係者に訊いた

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
映画「シン・ゴジラ」は傑作だったので細部の検証は不要かもしれないが……。(写真:ロイター/アフロ)

映画「シン・ゴジラ」と血液凝固剤

映画「シン・ゴジラ」は傑作でした。現実に寄り添いすぎた映画なので、冷静な論評は待たねばならないかもしれません。ただ多くの人々が、この映画に魅せられ、多くを語っています。

ところで、私はサプライチェーン・調達・購買といった領域に従業しています。この映画「シン・ゴジラ」では、血液凝固剤が重要な役割を果たします。ご覧になっていない方もこの文章を読んでいるでしょうから、曖昧になっているのはご容赦ください。

ゴジラが上陸、そして、再上陸するのですが、この血液凝固剤をきわめて短い期間で増産せねばなりません。その量は672キロ。官僚、ならびに政治家が全力を尽くし、この血液凝固剤確保に奔走します。数週間しか猶予がありません。

映画がどうなるかは見てください。ここで、製薬会社のサプライチェーン、調達関係者にヒアリングを行い、新薬をたった数週間で生産・納品できるかを訊いてみました。

(以下、私は真面目に訊いていますが、みなさんはさほど真面目ではなく、気楽にお読みください)

大手製薬メーカー調達部門Aさん

「まずありえないと思います。医薬品製造業は、厚生労働省の承認がなければ、量産設備をそもそも稼働させません。特別チームの指示だからといって……。難しいのではないでしょうか」とAさんは語ります。しかし、映画で書かれていないだけで、たとえば大臣からの特別命令があった場合などはどうでしょうか。

「医薬品医療機器等法、というのがあります。それを逸脱して、緊急で作ってくれ、というケースでしょうか。その場合、トップの判断になるでしょうが、口頭で依頼されただけでは困るかもしれません。また、たとえば、新薬といっても、現物だけ渡されて、これをコピーしろ、といわれても難しいので不可能ではないでしょうか」。しかし、もう時間がないなかでの案件です。この成分と、この成分を混ぜろ、という指示が出ている場合はどうでしょうか。つまり、もう指示されたまま作れ、という場合です。

「その成分、というのは、たとえば原料のことですよね。その場合も、けっきょくのところ、工場や設備によって完成品質が違うんです。そうなると、量産前に、テストサンプルを作って、それがゴジラに効果があるかどうか、つまり量産指示書どおりの効用があるかを調べないと量産に移れないと思います」。しかし、実際、ゴジラに効くか検証する時間は残されていない状況です。それでも、もう時間がないから、とにかく作れといわれたらどうでしょうか。

「たしかに、そうなると、もう製薬というよりも、工場外注に近いかもしれません。ただ、微細な配合差異で結果が変わりますから、やはりトップしだいということかもしれません」「また、原料について、海外輸入物の場合があります。そのときは、輸出許可を取らねばなりませんが……」とAさんは語る。どうも生産実態、というよりも、心理的、さらに慣習的な壁のほうが高そうだ。

中堅製薬メーカーサプライチェーン部門Bさん

「無理ではありません」とBさんは語ります。しかし、難しいとはいえるようです。「その法律的な話とか、承認の話は置いておきます。なぜなら新薬を真面目に承認とろうと思ったら、10年はかかりますから。ただ、これは映画の話ですから、それを抜きに、がんばって作ることができるか、という観点から話します」

Bさんがいうには、新薬の場合、たとえば攪拌(かくはん)が問題になるといいます。攪拌とは聞き慣れない言葉で、私も知りませんでした。これは、製薬製造(製剤)の際に、原料をかき混ぜることだそうです。「少ない量であれば、確実に混ぜることができるのですが、量が多くなればムラがでます。新薬で、いきなり量産し、攪拌しつつ同一品質のものを生産するのは、きわめて難しいと思います」

しかし疑問があります。攪拌は一例だとしても、そうだとすると、これまで短期間で生産された例はどうなってしまうのでしょうか。新型インフル流行ったときは、新型ワクチン何千万人を短期間で製造しました。ただ、それについてBさんは「作り方が確立しているかどうかが問題」といいます。つまり、類似、あるいはリピート生産品であればノウハウが工場にもたまるものの、新薬を一発量産は難しいのだと。

「まあ、工程ラインが確保されて、そして天才的な生産管理、工程設計者、品質管理者がおり、さらに全国の製薬メーカーでそれらを共有するのであれば……。ありえるかもしれません」。

ただ、それでも単に工程を空けてそこに原料を投入するだけの単純なものではなさそうです。

その他、幾人かに訊いてみたところ

他にも訊いてみましたが、(細かな違いはあれ)おおむね上記のような回答でした。つまり「制度・慣習的に難しい」と「生産工程での品質確保が難しい」の二側面です。

前者は、話を聞けば聞くほど、深くその慣習が根付いているのだな、と感じました。映画だから、と前置きをしても、なかなかそのリアルな事情からは逃れられないようです。

また、ゴジラ向けの血液凝固剤がどういったものか詳細不明のため、このゴジラ向け血液凝固剤としてではなく、あくまで一例として語ってもらった、攪拌等の製剤についての工程やその他条件も、予想のなかインタビューしていることはご容赦ください。

まあ、人体に影響があってはいけない、どころか、むしろゴジラに悪い影響を与えるものですから、ざくっと作ればいいのかも……しれませんが、日本の技術者はその曖昧さを許さないのかもしれません。

現場からは以上です。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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