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不祥事が続くなか「ちゃんとした」取引先を選ぶ方法

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
自社だけではなく不祥事を起こさない取引選定が急務となっている(写真:アフロ)

企業のさまざまな不祥事が明るみになるなか、取引先の選定手法について問題となっている。いわゆる「ちゃんとした企業」を取引先として選定する方法だ。私たち未来調達研究所株式会社も「The調達2016」という冊子を無料公開し、好評をいただいている。

近年、コンプライアンス経営が叫ばれ、ISOやJ-Soxといったさまざまな仕組みが導入されているにもかかわらず、一流とされた企業にも不祥事がおこっている。これまでは単一企業として「ちゃんと」していればよかったところ、現在では、付き合う企業(取引先)の社会的責任も把握しておかねばならない。

某機械メーカーでマネージャーとして勤務し、未来研でサプライチェーン講師も務める牧野直哉さんに、企業不祥事と、それを防ぐ方法について聞いた(聞き手・坂口孝則)。

――相次ぐ企業不祥事についてどう見ていますか。

これまで明らかになった企業不祥事のポイントは、社内で管理されているはずの、日常業務プロセスで発生している点だ。2015年に明らかになった検査記録の偽装や、不適切会計は、不祥事につながる社員の行為が、チェックできない企業の実態を明らかにしてしまった。

――その理由は。

まず「これくらいなら大丈夫」という思い。さまざまな管理手法が企業に導入され、あらゆる場面で点検や確認の機会が増えた。マンション杭の検査記録偽装問題は、かつて大きな問題となった耐震計算偽装問題の再発防止を目的に、建築許可にともなう行政への申請・確認業務の負荷が膨大となった。しかし、そういった業務負荷が増大しても、新たな人員は投入されない。それどころか、さらに人員は削減され、建設業界では、人手不足に悩まされている。

新たな管理手法を導入するのは、より良くする目的がある。しかし、管理する基準が問題だ。簡単にクリアできる基準では、手法を導入しても効果がない。一方、過剰な基準も、必要以上に現場に大きな負担を強いる結果となる。「簡単」な基準と「過剰」な基準の間で、適切さ、妥当性の確保が重要だ。

しかし、そういった見極めには、複数の要素が複合的に関係してくる。現場寄りの基準を設定し、万が一何らかの問題が発生した場合、あらたな責任問題が問われる。したがって、あらたな管理手法の基準は、厳しくなりがちだ。厳しい基準の下で、正しく検査され、適合した結果が得られれば、問題にはならない。多くの企業が目指している姿だ。

厳しい検査には、相応の負荷を現場に強いる。加えて新たな管理手法の導入は、従来のやり方で対処してきた社員からすれば、悩ましいジレンマとなる。従来のやり方でも問題なかった場合、過去の経験と新たな手法の板挟みで悩む。新たな方法では、物理的に対応できない。いわゆるガンバリズムでも対処できない事態に「これくらいなら大丈夫だろう」と、感覚的な経験論で対処してしまう。そんななかで不祥事の芽が生まれる。

――なるほど。どうすればよいのでしょうか。

今年起こった不祥事に、日本電産の永守社長兼会長がこんなコメントをした。「100の力がある社員に130やらせないと会社は伸びない。200やらせると危ない」。持てる能力の3割増しを引き出すのが経営者の力量だという経験則だ。最近起こっている不祥事の裏には、社員が持つ能力をはるかに超えた業務量があったのではないだろうか。人手不足の問題は、日本企業に今後より大きな問題となっていく。人を雇いたくでも雇えない事態には「、現有戦力でより効率化を進めて対処するしかない。調達・購買部門のような間接部門であれば、まだ効率化できる部分は多いはずだ。問題は、取り組みをスタートさせるかどうかの問題である。

――その他の問題はありますか。

次に「過去と同じ」という思い。

一度、不祥事につながる行為に手を染め、何もおとがめがないと、同じ行為が日常的におこなわれる。そしていつしか「過去と同じ」として、あたかも正しい対処にように扱ってしまう。厳しい基準への対処から、楽な対処を覚えてしまったら、人はなかなか元には戻れない。次第に「過去と同じ、何ら問題が起こっていないのだから、これで良し」となってしまうのだ。

「過去と同じ」で判断する怖さは、基準やルールとの逸脱が全く認識されない状態だ。「2007年問題」で、日本企業は団塊の世代の大量定年を迎え、技能やノウハウの継承が大きなテーマとなった。もし「過去と同じ」として、その真意を知らずに不祥事につながる行為がおこなわれていたとしたら、現在の担当者にも罪悪感は生まれない。これが、もっとも憂慮すべき状態だ。

2015年に問題となった不祥事に限らず、こんな発表が聞かれる。「検査記録の偽装はおこなわれていました。しかし製品の品質には問題ありません。」

検査基準には一定の余裕度をみており、その範囲には収まっている。あるいは、過去の経験則から判断して問題ないとの意味であろう。しかし、こういった発表を聞くたびに「なぜ、検査記録を偽装したのか」の疑問は除去されない。問題の本質は、なぜ偽装したのかである。もし、経験則による判断を主張するのであれば、不祥事が起こった後の記者会見ではなく、基準を設定する場でおこなわなければならない。具体的な根拠のない経験則に、根拠を見出していないから、このような事態になるのだ。

――他にもありますか。

そして、「(社内/業界では)あたりまえ」という思い。

マンションの杭打ち問題の経緯をふり返ってみる。問題となったマンションの施工業者は、すべての施工件数だけでなく、当初問題となったマンションの担当者がおこなった物件数を合わせて公開した。明らかに担当者に問題があると、事態の波及の歯止めを意図した発表だ。しかし検査記録の偽装は、別の担当者の案件でもおこなわれていた。そして別の業者でも同じような事例が報告されている。これは、担当者固有の問題ではなく、社内/業界の悪しき慣習と考えるべきである。

日本では、あらゆる業界で「横並び意識」が強い。特に、建設業界では、ゼネコンを頂点とした発注構造によって、案件ごとにさまざまな企業と協力関係を構築する。より安易な対処は、これまでに述べた思いこみによって、根拠なく「問題なし」と判断されれば、異なる法人間での横展開もおこなわれるだろう。まさに「赤信号みんなで渡れば怖くない」事態である。

ここまで、2015年におこった不祥事から、発生原因を推測した。調達・購買部門は、サプライヤが意図しない、思いこみによって発生させてしまった問題を、事前に見つけ出し、自社への流入、市場への流出を防止する堤防の役割が期待されている。

――私たちは、その期待にどう答えるべきでしょうか。

いくつかあげてみる。まず「過剰な基準設定の防止」だ。

まず、発注者として、購入品の仕様や品質基準を設定する際に、できるだけ多くの要素に妥当性を持たせなければならない。考慮すべき要素に「実効性」と「実行性」を持たせなければならない。

実効性は、実際に製品の性能なり、安全を担保する、検証可能な基準の設定だ。実行性は、その基準の確認が確実に実行されるかどうかの継続的な確認となる。闇雲に厳格な基準を設定しても、実行されなければ、性能や品質の担保にはつながらない。

性能や品質の担保する基準を厳しくすれば、それだけコストが発生する。加えて、人手不足の顕在化によって、物理的にできない事態が想定される。ビジネスは実体であり、状況に見合った実現性の継続的な確認が必要だ。そのためには、より基準の設定に時間を費やして、ギリギリを見極める。そして、厳しくするだけでなく、根拠を持った基準の緩和が必要だ。厳格な基準を設定し、根拠を伴わずに「大丈夫」と勝手に簡素化されるよりも、バイヤー企業とサプライヤの双方で、簡素化した基準の妥当性を検証する姿勢を打ちだし、共同で対処するのである。

――なるほど。

そして「抜き打ち検査の実施」だ。

次に、発注者として、サプライヤが正しいプロセスを実行しているかどうかを継続的に「確認する手段」を確保しなければならない。既にサプライヤの監査をおこなっている場合でも、今後はサプライヤに事前連絡をしない、抜き打ち検査の導入が必要だ。既に、食品業界やアパレル業界、航空宇宙業界のサプライヤ監査では、導入され実行されている。

抜き打ち検査の実施手順はこうだ。まず、取引基本契約なり、品質保証協定なりで「抜き打ち検査をおこなう」旨の合意をサプライヤから得る。この合意が、一つの抑止力となる。その上で、実際に問題を起こしたサプライヤには抜き打ち検査を実施する。

抜き打ちだから、サプライヤ側の受け入れ体制が整っていない状況も想定される。サプライヤと合意する内容に、サプライヤ側監査対応の具体的な担当者も明記する。異なるセクションで、5名(5ポジション)をあらかじめ任命しておくのだ。アポイントをとったサプライヤ訪問時に、任命者とは名刺交換をおこなって、面識を持っておき、円滑な抜き打ち検査の実行を準備する。5名任命しておけば、同時に全員が不在している事態は回避できるだろう。

また、こういった準備をおこなっても、抜き打ち検査実施には、抵抗と阻害要因がある。担当者の時間がとれないとか、現場の操業が高いといった理由だ。抜き打ち検査実施の際は、そういった抵抗や阻害要因に、ひるまず毅然(きぜん)とした対応が必要だ。1~2時間なら待ったり、チェックするポイントは限定したりといったサプライヤの負荷を極力少なくする対処も必要となる。

経営品質の問題とは、企業経営ではあたり前に尊重されるべき、品質や機能が、何らかの理由で尊重されず、自社の都合が優先されてしまう状態だ。こういった状態に陥る可能性は、どんな企業にもある。自社都合を優先する徴候は、どんな企業にも感じられる。不祥事の発生は、企業ブランドをそこなうだけでなく、企業の存亡が問われる事態へと至る。2016年にあなたの企業のトップが謝る姿を見たくなければ、すぐにでも行動に移すべきなのである。

――ありがとうございました。

未来調達研究所株式会社では牧野さん参加の「The調達2016」を配布しています。ぜひご覧ください。よろしくお願いします。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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