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『純愛ディソナンス』の中島裕翔は“大人になったジェームズ・ディーン”を思わせる

斉藤貴志芸能ライター/編集者
(C)フジテレビ

夏ドラマが相次ぎクライマックスに入っていく。中島裕翔が主演するのが『純愛ディソナンス』。教師と生徒の禁断の恋から、5年を経て再会したときには妻がある身。大人の苦悩が滲む姿は、悩めるティーンを体現した伝説の俳優の未来形を思わせる。

表向きは好青年で内心は打算的な新境地の役

 『純愛ディソナンス』で中島裕翔は初の教師役を務め、生徒と禁断の恋を……と謳われてスタート。演じる新田正樹は学校法人を経営する家庭に生まれ、優秀だった亡き兄と比較され続けたことで、強いコンプレックスを抱えていた。

 務めていたピアノ教室が倒産し、兄の恋人だった小坂由希乃(筧美和子)の後任で、高校の音楽教師に赴任する。

 表向きは好青年だが、内心は打算的。周囲によく思われるために言葉を繕う。心の奥が冷えたような虚無感を中島は漂わせていた。生徒の和泉冴(吉川愛)と、失踪した由希乃のことを調べるうちに、穏やかな表情を見せるようになるものの、想いを募らせていく冴に対し、一線を引く態度は変わらなかった。

大切に思う人ができても根深い闇を繊細に

 だが、親の後継者となることが発表される予定の兄の七回忌の会場に、冴が現れる。正樹が親を継ぐのを望んでないと察していた冴が「先生、逃げよう。全部捨てちゃおう」と言うと、心の中で「浅はかで感情的なだけの子どもから得る者はない」と思いながらも、差し伸べられた手を取って共に走り去った。初めて理性より感情で動く自分に戸惑うような表情で。

 由紀乃の死を知り、悩みを聞いてあげなかったことを後悔する正樹の肩を、冴が抱く。冷えた心が少しずつ温かくなる正樹だったが、その2人の写真が流出。冴に自身の価値観を押し付ける母親が学校に怒鳴り込んでくると、正樹は逆に「さっさと娘を解放してやれ!」と怒り混じりに訴えた。初めて見せた感情の高ぶり……。

 そんな序盤、中島は繊細な演技で、冴を大切に思う気持ちをうかがわせつつ、自分を解き放てない心の闇の根深さも感じさせた。結局、正樹は学校を去ることになり、音楽室の黒板に「応援してる」と冴へのメッセージを残し、2人は決別した。

想いが高まるほど深まる苦悩が伝わって

 学校編は3話の途中までで、物語は第2部に。5年を経て、2人は偶然再会するが、正樹の鬱屈と虚無はさらに深まっていた。すべてを失い、傍にいてくれた元同僚教師の碓井愛菜美(比嘉愛未)と結婚。

 実は冴との写真を撮ったのは彼女で、すべて計略だったが、正樹は愛菜美の父親が社長の不動産会社で、債権の取り立てなど汚れ仕事を請け負っていたのだ。冷たい目で、非情な追い込みをかけていて。

 再び冴と話すようになるうち、素っ気なくしつつも、教師の頃の顔に戻っていき、彼女への想いもまた高まる。だが、今は妻帯者。大人の振る舞いを崩すまいとするほど、苦悩はより深まった。

 ケガをして入院したとき、「先生のことが心配で頭が真っ白になって」と病院に駆け付けた冴を、帰り際に後ろから抱きしめて「ごめん」と離す。仕事で関わった冴に「放っておけるわけないだろう!」と言いながら、「先生の気持ちを教えてください」と聞かれると、「俺には何も言えない」としか答えられない。

 そんなときの正樹は、情けないほど悲しげに見えて。想いを胸に秘める苦悩が中島の演技からジワッと伝わった。

 そして、7話。冴は海辺で「好きだったよ、先生」と過去形で伝えて、現実の壁を受け入れて終わりにしようとする。だが、正樹のほうが「その壁を乗り越えようと言ったら、一緒に来る? すべてを失うし、絶対誰かを傷つける。でも、もうウソはつかなくていい」と言った。

 打算で生きてきた彼を、そこまで言うほどにした純愛。冴の頬に手を当てて、少しためらいながらのキスは、美しいシーンとなった。

ティーンの苛立ちを銀幕に焼き付けたレジェンド

 Hey!Say!JUMPでも活躍している中島だが、俳優としてはいい意味でジャニーズっぽくない資質を持つ。遡れば、若い女性層をターゲットにせず、結果的に空前の大ヒットとなった『半沢直樹』(2013年版)に半沢の部下役で出演。クセの強い役者たちと自然に渡り合っていた。

 プライム帯で初主演した『HOPE~期待ゼロの新入社員』や織田裕二のバディを務めた『SUITS』など、恋愛メインでない作品でも好演し、誠実な佇まいは男性視聴者からも好感を持たれている。

 『純愛ディソナンス』では闇を抱えた役に挑み、純愛との狭間で苦しむ姿を見せた。ふと思ったのが、「ジェームズ・ディーンがもっと生きていたら、こんな演技をしていたのではないか」と。

 言うまでもなく、ジェームズ・ディーンは1950年代半ばに『エデンの東』、『理由なき反抗』、『ジャイアンツ』の3作を残し、24歳で他界した伝説の俳優。

 『エデンの東』では、粗暴だが、父親が兄だけをかわいがり自分には冷たいことに悩む役。父親への誕生日プレゼントを受け取ってもらえず、泣きながら掴みかかるシーンが印象的だった。

 『理由なき反抗』では、両親への不満とやり場のない苛立ちを抱えながら、「チキン(弱虫)」と呼ばれることを極度に嫌い、不良グループとやり合う。警察に連れてこられて知り合った少女と、空き家で抱き合うシーンは、束の間の安らぎが逆に切なく見えた。

 悩めるティーンとして銀幕に鮮烈に焼きついたジェームズ・ディーンの演技は、今も色褪せない。

衝動を抑えても溢れ出たものを見せる

 現在29歳の中島が演じている正樹は、部分的にジェームズ・ディーン作品と似た要素もありながら、大人だけに元教え子への想いをあからさまにしなかった。若者のように衝動に走らない分、苦悩は深く沈み、抑えきれない気持ちが時として溢れ出た。

 ジェームズ・ディーンは大人を演じることはなかったが、中島の見せた悩める大人ぶりは、時を越えて系譜を継いだようにも見える。

 周囲の人間たちのドロドロした思惑が交錯する中で、冴の正樹への想いだけは揺るがなかった。正樹も悩みの果てに純愛を貫くことを決めたが、2人にはさらなる苦難が降りかかってくるようだ。どんな結末を迎えるのか。

 いずれにしても、『純愛ディソナンス』で俳優・中島裕翔が新たな扉を開いたのは間違いない。

吉川愛『純愛ディソナンス』インタビュー

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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