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人は動物を殺し解体して食べる。「かわいそうと思うべきか?」東出昌大を通し、監督は何を伝えるのか

斉藤博昭映画ジャーナリスト
映画『WILL』より

2/16に公開が始まった『WILL』は、東出昌大の「今」が丸裸にされるドキュメンタリーとして話題を呼んでいるが、そこから一歩進んで、ひとつの大きなテーマで考えさせる作品にもなっている。それは「命」。だからこそ、さまざまな報道も含めて俳優・東出に興味を持っていない人にも勧めたい一作だ。むしろ彼に関心がない人こそ、この映画が提示しようとするメッセージに心を動かされるのではないか。

『WILL』は、東出昌大の山での生活に1年以上、密着した作品である。彼は北関東のある場所に居を構え、地元の猟友会に加入。猟期の間、俳優の仕事がない日は東出は猟銃を手に山を歩く。そのスタイルは「単独忍び猟」。自分一人だけで行動し、鹿のような獲物を見つけると、離れた場所から静かに銃口を向け、仕留めるのだ。撮影初日の夜のことだったそうだが、車を運転中の東出は、ある動物が車道脇で死んでいるのを見つけると、それを持ち帰り、食べた。そんな瞬間が収められているように、『WILL』は全編を通して、人が動物の肉を食べること、その根源を追求していく。

俳優のドキュメンタリーだと思って観たら、まったく別の次元に連れて行かれる可能性も秘める……という作品。純粋な瞳でこちらを見つめる動物が、次の瞬間、東出の放った銃弾に倒れ、死を迎える。その動物を、東出は自ら解体し、食べるための「肉」にする。そして心ゆくまで味わう。そうした一連の流れが映像に収められているので、その生々しさに面食らう人もいるかもしれない。

「予告編を観て、生理的に無理な人もいらっしゃるでしょう。そういう人たちに『1回でもいいから観てほしい』とは、なかなか言えないです」

そう語るのは、本作のエリザベス宮地監督。もともとこの『WILL』は、東出昌大を撮ろうと思ってスタートしたわけではなく、宮地監督が「狩猟」への興味を抱いたのが発端である。

写真家の石川竜一氏が雪山で撮った鹿の内臓の写真に魅せられた宮地監督は、自作の題材として狩猟への興味を高め、サバイバル登山家の服部文祥氏から、東出昌大が狩猟をしていることを聞かされる。その流れで、本作が実現したのだ。

東出昌大は一人で山を歩き、獲物を探す。
東出昌大は一人で山を歩き、獲物を探す。

映画『WILL』の中で、最も印象に残るシーンのひとつが、東出と地元の子供たちの交流だろう。東出が鹿を解体する様子に最初は恐れや嫌悪もあらわにする子供たちが、いざ料理になった鹿肉を食べると、その美味しさに感動の声を上げる。そこから見えてくるものとは? 「生理的に無理な人がいるかも」ともらしつつ、宮地監督は作品に込めた思いを強調する。

日頃お肉を食べる方たちに、とくに観てほしいです。いま皆さんがスーパーなどで買う肉は、ほとんどが家畜の肉。その意味で、映画の中に収められた解体は特別な作業ですが、命を捕獲して食品に変える過程をモザイクをかけずに提示したかったのです。そこを知っていれば、(どうやって肉が人間の食料になるか)想像できることも増える。僕はそれを知りたかったし、興味があったのでこうして作品にしましたけど、映画を観る人にそこまで求めるべきかどうかは、今も答えが出ていません」

その答えを、宮地監督は東出昌大の中から探ろうとしたのかもしれない。

鹿を仕留めながらも、東出は自身の行為、その意味を見出そうとしつつ、時には「かわいそうだと思うべきか、悩む」と戸惑いも隠さない。そんな彼の姿を通して宮地監督は、「命を奪って、食べること」という、生き物としての事実を、多くの人に自分事として実感してほしかったのだろう。

「東出くんは、何事にも“無自覚で生きられない”人だと思うんです。狩猟という行為を、俳優である彼がわざわざやるのは、そこに意志があるから。生きるうえでご飯を食べる。だから、お肉に対しても無自覚でいたくない。そんな彼の気持ちが、本作から少しでも伝わればうれしい」と、宮地監督。

生き物が、生きるために他の生き物を食べる。そこに自覚的になった東出昌大は、目の前で息が途絶えた動物に対して、こんな言葉を発していた。

いつか死ぬことを、自分の行為で受け入れる

狩猟によって、人間は自分の生と死、その意味に向き合うのか……。

「東出くんや、石川さん、服部さんなど、強い言葉を持ってる人が、その言葉を映画『WILL』の中で発してくれていますが、僕自身は何かそういうメッセージを語る域に達しているかと言われれば、そうではない。ちゃんと生きることが、どういうことなのか。まだそれはわからず、自戒の念に苛まれますが、そんな思いにかられたくて、この映画を作ったのもまた事実なのです」

このエリザベス宮地監督の思いは、おそらく映画『WILL』を観た多くの人が共有するはず。ドキュメンタリー映画の目的のひとつが、生きる指針、そのヒントを示すものであるのなら、本作にその可能性を見出すことは容易だろう。

※エリザベス宮地監督が『WILL』での東出昌大との関係を深く語ったインタビューは、こちらで。

エリザベス宮地監督
エリザベス宮地監督

『WILL』

渋谷シネクイント、テアトル新宿ほかにて公開中

(c) 2024 SPACE SHOWER FILMS

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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