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「生身の人間が被害に遭っている。それを証明すべくここに立つ」映画業界の性加害問題、壁にぶつかる苦渋

斉藤博昭映画ジャーナリスト
会見を開いた(左から)早坂伸、睡蓮みどり、加賀賢三(撮影/筆者)

2023年の新語・流行語大賞の候補にも入った「性加害」という言葉。これに対し、睡蓮みどりは毅然とした表情でこう語る。

「流行語大賞にも取り上げられ、ブームとなっているのはどうかと思う。ただ、この問題は報道されないと世の中に認識されないジレンマもあります。とにかく今年のブームで終わらせないでほしい」

俳優・文筆家の睡蓮は2022年3月、映画監督の榊英雄から性加害を受けたことを実名で告発した。同様の被害の声が上がり、映画界では他の性加害問題も噴出するなか、いまだに被害当事者の救済には程遠い状況である。日本の映画業界におけるこの問題の停滞、さらにマスメディアがあまり報じない現状をふまえ、「映画業界の性加害・性暴力をなくす会」(以下「なくす会」)のメンバーが、12/7、日本外国特派員協会で記者会見を行なった。

「生身の人間が被害に遭っている。それを証明したくて本日ここにいます」と話す睡蓮。2023年は旧ジャニーズ事務所の性加害や、宝塚のハラスメントなどをメディアも大々的に報じたが、メディアが加害者、あるいは被害者の知名度を重視して報道することに、忸怩たる思いが募っているという。「(性加害・性暴力が)個人の恋愛やスキャンダルとされ、そもそもこの問題が発生する構造が論じられることがあまりない。有名人でないからといって被害による苦しさ、痛みは変わらないのですから」(睡蓮)とのことで、こうして会見の場に立つ決意に至ったのだ。

(撮影/筆者)
(撮影/筆者)

会見に同席した「なくす会」のメンバー、加賀賢三は、2006年、松江哲明監督の『童貞。をプロデュース』の撮影中に、松江から性的行為を強要されたことを訴え続けている。

「これらの事例は、明らかに“事件”であるにもかかわらず“スキャンダル”として消費されている。かつて“戦争”を“事変”と言い換えたように、伝え方としてシリアスさが足りない」とメディア側の姿勢を問いただす。

「孤立は人を殺します。こうした事例を訴えても素通りされ、理解されず、さらに言えば『もっと大人になれ』と諭されることもあります。一人でも声を聞いてくれれば救われる可能性があります。メディアの方には『ペンは人を救う』という言葉を思い出してほしい」と、「伝えること」の重要性を加賀は強調する。

そしてもう一人の出席者、早坂伸はカメラマンで、睡蓮や加賀のような被害当事者ではないが、榊監督の現場で一緒に仕事をしていながら、その裏で起こっていたとされる性被害に対して何もできなかった後悔から、「なくす会」のメンバーとなった。複数の被害者から相談を受け、その主張を広めることで、早坂は名誉毀損で刑事告発された。スラップ訴訟(いやがらせ訴訟)と呼ばれる事案だ。このようなスラップ訴訟は、俳優の松崎悠希に対し、園子温監督も起こしている。

その早坂が強く訴えるのは、国など公的機関による実効性の高い、第三者委員会の必要性だ。

「われわれは映画業界の問題をこのように追及しているが、昨年、演劇界でもっとひどい事案が起こったにもかかわらず、ほとんど報道されなかった。榊のケースも7〜8件が表に出ているが、情報の数としては、その5倍以上。被害者の立場もあるし、物証もないことから、それらをすべて表沙汰にするわけにもいかない。われわれは話を聞くことしかできないので、本来なら委員会のような機関があれば適切な対応がなされるのだが……。」と「なくす会」の苦渋の現実を早坂は語る。「日本の映画業界は、約8割がフリーランスで、組合のような組織は存在しない」ので、なおさら公的機関の必要性は高いだろう。

「そうした機関がないことで、訴える側がSNSなどで中傷される二次加害も多発し、それが命を奪う重大な行為となるのです」と、実際に二次加害のターゲットにもなった加賀は、切実な思いを吐露する。

本来なら日本の映画業界がこの問題に積極的に関与し、問題が改善されるべきなのだが、その動きがほとんど見られないことで、「なくす会」も自分たちの無力さを突きつけられる……という悪循環に陥っている。

「日本は、自分の意見を主張することが良しとされない文化が根付き、特に若い女性の場合はなおさらです。声が上がらないことで連帯も生まれない。業界内の上の世代の人たちは、以前からのやり方を貫きたいようであり、私たちの活動が疎まれていることも実感します」と睡蓮。

上の世代の話で、こうした問題で使われる「枕営業」という表現に対して、早坂は「その言葉は絶対に使わないでほしい。加害者側の表現であり、助長させるリスクもある」と怒りを露わにする。

「被害当事者で声を上げた多くは、すでに芸能界を去ったり、“なき者”にされたり人たち。私の後ろには、そういう人たちがいっぱいいる。その人たちのためにも、聞こえない声に耳を傾けてほしい」と、睡蓮みどりは会見の最後を締めくくった。

加害者とされる側の現場への復帰、またキャンセルカルチャーなども含め、問題は山積みではあるが、被害者が置き去りにされている状況は一刻も早く変えていかなければならない。旧ジャニーズだけでなく、この問題に関して日本が“ガラパゴス状態”を脱するのは、いつになるのだろうか。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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