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ダイアナ元妃の命日。衝撃の死から25年。連続公開される映画で、改めて日本の皇室との違いも考えさせる

斉藤博昭映画ジャーナリスト
1986年の来日で、日本の着物を羽織ったダイアナ元妃。(写真:Shutterstock/アフロ)

今からちょうど25年前。1997年8月31日。

日曜日、日本は昼過ぎの時間だった。

TBS系の番組「アッコにおまかせ!」の放映終了の直前、司会の和田アキ子が呆然とした表情でその一報を伝えた。

ダイアナさん、死んじゃった……

その数時間前からダイアナ元皇太子妃の乗った車が交通事故に巻き込まれたニュースが出ていたが、まさか死亡するとは多くの人が予想していなかった。この事故死に関しては、さまざまな陰謀説も流れ、今も謎が残っているとされる。

イギリスのダイアナ元皇太子妃は、1981年にチャールズ皇太子と結婚。ロイヤル・ウェディングは世界中に中継され、1986年にはチャールズ皇太子とともに日本を公式訪問。「ダイアナフィーバー」と呼ばれる社会現象が起こった。東京でのオープンカーでのパレード、沿道には9万もの人が詰めかけ、改めて当時のニュースを見てもその熱狂ぶりに驚くばかり。

その後、ダイアナは、ウィリアム、ヘンリーという2人の王子の母になるも、夫のチャールズ皇太子の不倫疑惑などで別居を決意。1996年に離婚。その翌年に、パリで交通事故死をとげる。パパラッチから逃れている途中だったとされ、同乗していた当時の恋人で、エジプト人の富豪、ドディ・アルファイド氏も死亡。

享年36歳。今も生きていれば、ダイアナは61歳だ。息子の子供たちにとって「おばあちゃん」ということになる。ダイアナは、あの世紀の結婚式から亡くなるまでの姿で永遠に人々に記憶されることになった。

没後25年という節目で、ダイアナの映画が2作公開される。そのアプローチは別々なので、多角的にダイアナの人生、素顔を感じ取ることができる。

プリンセス・ダイアナ』(9/30公開)はドキュメンタリー。ある意味で正統派。衝撃の死で始まるものの、そこに行き着くまでのダイアナの人生を丁寧に追っていく。ダイアナ元妃の記憶が残っている人には、振り返るうえで最適な作りであるし、あまり詳しくない世代にとっては、夢のようなシンデレラストーリーに感動しつつ、ひとりの人間としてダイアナの生き方に興味がそそられるはず。中でも、結局は死の原因となったパパラッチ、つまりマスコミ報道との関係で知られざる事実が盛り込まれたりして、今も続くこの問題を突きつけてくる。しかし何より印象に残るのは、王室と国民の関係性で、亡くなった後の人々の悲しみに、映画を観るわれわれも感情移入し、胸を打たれるのだ。

『プリンセス・ダイアナ』より。(c) Kent Gavin
『プリンセス・ダイアナ』より。(c) Kent Gavin

そしてもう一本は、フィクション。『スペンサー ダイアナの決意』(10/14公開)。すでにアメリカなど他国では昨年公開され、ダイアナ役のクリステン・スチュワートがアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたが、日本は没後25年に合わせての公開である。

「スペンサー」とはダイアナ元妃の実家の苗字。チャールズ皇太子とダイアナ妃、そして2人の息子たちが、クリスマスを祝うためにエリザベス女王の私邸で過ごす数日間が描かれる。チャールズの不倫疑惑で夫婦関係がぎくしゃくしている状態で、王室では異分子であるダイアナの孤独感、それゆえの拒食症や潔癖症、息子たちへの愛などが入り混じる構成。フィクションとリアルの境界が曖昧になることで、ダイアナのパブリックのイメージと本来の姿が結ばれる感覚だ。

ドキュメンタリーとフィクション、この2作で改めて実感するのは、ダイアナがひとつのカルチャーを作ったアイコンであったこと。髪型やファッション、その言動など、世界の人々に与えた影響の大きさが改めて伝わってくる。

そしてドキュメンタリーはもちろんだが、フィクションの『スペンサー』ではチャールズ皇太子やエリザベス女王の、人間としての生々しさも描かれる。「ここまで赤裸々にして」と心配になる瞬間もあるが、イギリス王室はこれまでも映画の題材として何度も描かれているし、イギリス国民と王室の関係から「タブー」という問題にはならないのだろう。

『スペンサー ダイアナの決意』より、チャールズ皇太子とダイアナ。Photo credit:Frederic Batier
『スペンサー ダイアナの決意』より、チャールズ皇太子とダイアナ。Photo credit:Frederic Batier

翻って日本の皇室は、このように映画の題材になることは難しく、ドキュメンタリー映画が公開されることもない。たとえばマスコミ報道では過剰なまでに追及された、秋篠宮眞子内親王、小室眞子さんのドラマが、フィクションの映画として作られることがあるのか。現実的には難しいのではないか。もちろんイギリス王室と日本の皇室を単純に比較できるものではない。しかし日本の皇室を「作品の題材」にすることが、タブーとされる空気は厳然として存在し、これまでも天皇が登場する映画は、その描き方など論議が起こることもあった。イッセー尾形が主人公の昭和天皇を演じた『太陽』も、監督がロシアのアレクサンドロ・ソクーロフであったので何とか日本でも劇場公開されたが、日本が作る映画の場合、戦争にまつわる作品に登場することはあっても、皇室の人たちの素顔や私生活をフィーチャーすることは躊躇されるのが現実だ。

2022年に発刊された、映画監督としても知られる森達也氏の小説「千代田区一番一号のラビリンス」では、現在の上皇と上皇后がメインの人物として登場し、主人公に「明仁さん」「美智子さん」と呼んでもらっている。この中で明仁さんは「自分たちの本当の姿を映像で残してほしい。すぐに公開されることは難しいだろうが」という思いを切々と吐露したりもする。あくまでフィクションの小説であり、皇室の“素顔”に想像力をはたらかせるが、小説だからギリ可能で、映画にはできそうもない……。

ダイアナ元妃を描いた映画がこのように相次ぐと、改めて日本の皇室が題材になることについて考えさせられる。やはり今後もタブーのままなのか。あるいは、この風潮はいつか変わっていくのか。

ジョン・トラヴォルタと踊るダイアナ元妃。こんな描写も『プリンセス・ダイアナ』に登場する。
ジョン・トラヴォルタと踊るダイアナ元妃。こんな描写も『プリンセス・ダイアナ』に登場する。写真:ロイター/アフロ

『プリンセス・ダイアナ』

9月30日(金)、TOHO シネマズ シャンテ、Bunkamura ル・シネマほか全国ロードショー

配給:STAR CHANNEL MOVIES

『スペンサー ダイアナの決意』

10月14日(金)、TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

配給:STAR CHANNEL MOVIES

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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