Yahoo!ニュース

クリス・ロックは、さらに別の失言でも炎上。今年のアカデミー賞授賞式“笑えない”瞬間まとめ

斉藤博昭映画ジャーナリスト
長編ドキュメンタリー賞のプレゼンターとして登場したクリス・ロック(写真:REX/アフロ)

第94回アカデミー賞授賞式は、オスカーの長い歴史の中でも「平手打ち」事件があった年として記憶されることになってしまった。

ウィル・スミスとクリス・ロックの問題は、まだしばらく論議が続くことだろう。

例のジョークでウィルに平手打ちされたクリスは、その壇上で別の失言をしていたことでも、受賞者を怒らせている。クリス・ロックは今回、長編ドキュメンタリー賞のプレゼンターとして授賞式に登場した(平手打ちのニュースのみ拡散されているせいか「司会者のクリス・ロック」とコメントしてる人もいますが、彼はプレゼンターの一人)。

インド系プロデューサーが「白人」と一括りにされ激怒

この長編ドキュメンタリー賞は本命が『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』だった。1969年、NYハーレムでの黒人ミュージシャンを中心とした歴史的音楽イベントを現代に届けた作品で、受賞を見越して同じ黒人のクリス・ロックにプレゼンターが託された、というのが大方の見方。そして平手打ちされた直後、予想どおりの結果を彼がアナウンスする。

しかしクリス・ロックは『サマー・オブ・ソウル』の受賞者たち、中心にいるアミール・“クエストラヴ”・トンプソン以外を「Four White Guys(4人の白人男性)」と紹介した。これに怒ったのは、その一人で、インド系のジョセフ・パテルだった。

『サマー・オブ・ソウル』の受賞者たち。中央がクエストラヴ。左がジョセフ`・パテル。
『サマー・オブ・ソウル』の受賞者たち。中央がクエストラヴ。左がジョセフ`・パテル。写真:REX/アフロ

この日、短編実写映画賞をすでに受賞していたのが、パキスタン系のリズ・アーメッド(昨年は主演男優賞にノミネート)とアニール・カリアだった。ジョセフ・パテルは「南アジア人として3人がオスカーを獲得した記念すべき重要な夜に、クリス・ロックに白人扱いされた」と大怒り。ツイートでクリスに「f**king dick(クソ野郎)」という言葉を投げつけた(その後、ツイートは削除)。ジョセフ・パテルの怒りも無理はない。直前の平手打ち騒ぎで授賞式の放送が一時中断されるなど大混乱。クエストラヴらの喜びのスピーチは、心ここにあらずの世界の視聴者にほとんど届かなかったからである。

また、平手打ち事件の前に、ウィル・スミス&ジェイダ・ピンケット・スミス夫妻をイラッとさせる伏線もあった。

司会者の一人、レジーナ・ホールが、「授賞式のために行なったコロナの検査結果が一部紛失した」というジョークのネタで、検査が必要だというゲストを壇上に呼び込んだ。ティモシー・シャラメブラッドリー・クーパーら、主に独身の男性俳優が呼ばれるなか、レジーナはウィル・スミスに向かって「あなたは既婚者だけどリストに載ってる。ジェイダは認めるからステージに上がって」と呼びかけた。しかしウィルは、これを拒否。ウィルとジェイダは、それぞれが他の相手と不倫関係になってもかまわないという「オープンマリッジ」のカップルとして知られている。ジェイダ自身がトークショーでこの事実を認めたりしているが、さすがにそれをネタにされたウィルはムッとしたようだ(事前の台本どおり、とはいえ)。

セクハラと映るか、皮肉なギャグと感じるか

そして、このコロナ検査の一連のネタは、壇上の男性たちをレジーナ・ホールがその場で身体検査をするという、やや過剰な演出に発展する。もちろん服を脱がしたりはしないが、セクハラのように感じた視聴者も多かった。考えようによっては、今まで女性たちがされてきたことへのリベンジをギャグで表現したともとれるが、やりすぎで品がないという気もした。

「身体検査」としてジョシュ・ブローリンに抱きつくレジーナ・ホール。
「身体検査」としてジョシュ・ブローリンに抱きつくレジーナ・ホール。写真:ロイター/アフロ

また、授賞式のオープニングで、司会者の一人、エイミー・シューマーがこんなコメントを口にした。「悲しいことに、今年の追悼コーナーにこれが入ります。ゴールデングローブ」。会場は笑いに包まれた。

日本ではあまりピンとこないかもしれないが、今年のゴールデングローブ賞の授賞式は無観客で賞の発表だけが行われた。その理由は、対外的にはコロナの影響だが、実際のところ、ノミネートの面々が授賞式の出席を拒否する状況であったから。中継予定のNBCも放送を早々と見送っていた。ゴールデングローブ賞を主催するHFPA(ハリウッド外国人映画記者協会)は、会員の人種の偏りや映画会社の過剰な接待などの問題が指摘され、現在、多くのスタジオやパブリシスト、俳優たちから取材などをボイコットされている。なかなか内部の腐敗が改善されていないという声も聞かれる。エイミー・シューマーは、それをネタにしたわけで、現状を知っている出席者も笑いで応えた。ただ、HFPAでも真面目な会員たちにとって、“オワコン”扱いされるのは気分の良いものではなく、一部から批判の声も上がった。

全体として見れば、3人の女性による司会は面白く、気の利いたジョークも多かったと思う(「私たち3人の方が、男性1人よりギャラが安上がり」というジェンダーギャップ批判のギャグなど)。エイミー・シューマーはウィル・スミスの事件の後、事前の台本ではなく即興的に会場の雰囲気を和ませたりもした。しかし平手打ちの一件を軸にすると、“笑えない”演出があちこちで気になってしまったのも事実。

平手打ち事件は来年のネタになってしまうのか

長年、アカデミー賞授賞式を見続けていると、ここ数年、ジョークの洗練度が低下しているようにも感じる。たとえば5年前の第89回では、司会者のジミー.キンメルが、やたらとマット・デイモンをいじる演出があり、もちろん「ジミー・キンメル・ライブ」を知っているアメリカの視聴者は笑えただろうが、全体としてはしつこいし、観ていてあまり気分のいいものではなかった。国内の視聴率を気にするのもいいが、世界最大の映画のイベントという威厳を保ってほしいとも感じた。

かつてはビリー・クリスタルが作品賞ノミネートを一人で見事に演じたり、ミュージカルの才能を生かしたヒュー・ジャックマンニール・パトリック・ハリスの華麗なステージなど、司会者の魅力で引き込み、そこにスパイスのようなブラックジョークを入れるという、洗練された楽しさ、エンタテインメント最高峰の底力も示してきたアカデミー賞だが、ここ数年は、やや安易なウケ狙いの瞬間が目につく印象。その延長で、今年の平手打ち事件が起こってしまった気もする。

不覚にも例年以上に注目が集まってしまった、今年のアカデミー賞。おそらく来年の授賞式では、平手打ち事件が何らかのかたちでネタにされるのは間違いない。どうか悪趣味なギャグにならないことを祈るのみだ。映えあるステージで、映画を愛する人たちが目撃したいのはどんな瞬間なのか。そこをきっちり見据えて運営していかないと、アカデミー賞自体が“追悼”される運命になりかねない。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事