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日本でもリアルな「政治家世襲」も批判するフィリピン巨匠。尚玄を主演にボクサー映画も【東京国際映画祭】

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『復讐』(c) Cignal TV, Inc.

第34回目を迎え、メインの会場を日比谷・有楽町・銀座地区に移した東京国際映画祭。今年は作品ラインナップにもさまざまな苦心がみられるが、中でも映画祭として最も重要なカテゴリーながら、ここ数年、地味な印象が拭えなかったコンペティションに変化を感じさせる。基本的に映画ファンにもあまり知られていない監督の作品が多かった東京のコンペティションに、今年は世界的なビッグネームも連なることになった。

その代表格が、フィリピンのブリランテ・メンドーサ監督。カンヌ国際映画祭では2年連続でコンペティションに出品して、監督賞を受賞。ベルリン国際映画祭にもコンペに選ばれるなど、文字どおり世界的巨匠である。そんな彼の新作『復讐』が、ワールドプレミアとして東京のコンペティションに選ばれたのだ。

3年前の2018年に審査委員長を務めたこともあって、東京国際映画祭とは縁も深いメンドーサ監督は、新作のお披露目の場に東京を選んだ理由を、次のように語る。

「審査委員長をした時に『アジアの映画祭なのに、なぜプレミアで出品するアジアの監督が少ないのか?』と質問されたのです。ですから私は、自作のアジアでのプレミアを意識するようにしました。その結果、今回『復讐』を東京で、そしてもうひとつの新作『GENSAN PUNCH 義足のボクサー(仮題)』を釜山で、とアジアの映画祭でお披露目することにしたのです」

その『復讐』は、かなり衝撃度の高い作品である。実際に起こった事件などから、社会の暗部にも切り込むのが、メンドーサ監督の作風のひとつだが、その路線を踏みながら、壮絶アクションも盛り込み、ノンストップの勢いで突っ走る作品。

父の借金を返すために、ある組織の下でバイク泥棒の犯罪に手を染める主人公。その組織のリーダー格は、表(おもて)の顔が地域の選挙に出馬する若き政治家。政治家一族の息子であり、世襲として仕事を受け継いでいるのだが、その選挙戦でも信じがたい裏工作が進んでいたりする。

「フィリピンでは、政治組織の一部として若者の政治家を選ぶ国政選挙がありました。その選挙が本作のベースです。『ありました』というのは、選挙戦の腐敗が明るみに出て、現在はなくなったわけです。そうした腐敗した選挙戦で勝った者が、将来、政治家になるという現実。そして、フィリピンでは『政治的なダイナスティー(王朝、一族)』という言葉があるように、世襲的な色はとても濃いのです。それも含め、政治のやり方への批判を作品に込めました」

世襲の候補者として選挙に出馬した青年。その裏の顔にフィリピン社会の暗部が浮き彫りになる。(c) Cignal TV, Inc.
世襲の候補者として選挙に出馬した青年。その裏の顔にフィリピン社会の暗部が浮き彫りになる。(c) Cignal TV, Inc.

このインタビューが行われたのが、日本の衆議院議員選挙の投開票日で、メンドーサ監督に「日本でも世襲議員が多い」と伝えると、複雑な表情を浮かべた。

メンドーサ監督は、ロケ先で見つけた人々を、その場でエキストラとして協力してもらう撮影手法をとることが多い。今回もそのスタイルで、選挙戦など多くの人々が必要なシーンを撮り上げた。

「撮影がちょうどコロナのパンデミックの直前だったので、今はこのような映像が撮れません。ラッキーでした。現在、マニラの郊外で新作を撮影していますが、やはりローカル(地域)の人々に協力してもらっています。その際にコロナの検査を行い、陰性であることを確認するという安全な手段をとっています」

そしてもう一本、釜山でお披露目した『GENSAN PUNCH 義足のボクサー』も、今回の東京国際映画祭で上映された。タイトルどおり、義足となったボクサーという実在の人物を主人公にしているが、これが日本人のボクサーである。日本でプロの道を閉ざされ、フィリピンに渡って栄光に挑む物語で、主人公をモデル・俳優として活躍する尚玄が演じ、南果歩らも共演している。

異国のコーチの下で試練に挑む日本人ボクサーの物語は、スポ根テイストも満点のヒューマンドラマ。(c) 2021 GENSAN PUNCH Production Committee
異国のコーチの下で試練に挑む日本人ボクサーの物語は、スポ根テイストも満点のヒューマンドラマ。(c) 2021 GENSAN PUNCH Production Committee

「この『GENSAN PUNCH』は、これまでの私の映画とまったく違う印象かもしれません。なぜならプロデューサーに持ちかけられた企画だからです。私はふだん、現場で突発的なアイデアで即興で撮るタイプなのですが、今回、日本の俳優やスタッフと仕事をして、彼らが細かい部分まで注意を払って撮影に臨む姿に感動しました。これまで見逃していた部分に気づかされたりしたのです。尚玄さんは、フィリピンに行った日本人ボクサーの話をよく知っていたので、一緒に物語を広げていくことができました」

今回、東京国際映画祭のコンペティションで審査委員長を務める、フランスの名優、イザベル・ユペールは、じつはブリランテ・メンドーサ監督の作品に出演したことがある(2012年の『囚われ人 パラワン島観光客21人誘拐事件』)。そんな縁について聞いてみると、「彼女とは友人ですけれど、私との親しい関係に左右されず、本気ですばらしい作品をグランプリに選ぶことでしょう」と、メンドーサ監督は笑う。

イザベル・ユペールは、どのように冷静な判断を下すのか? 『復讐』がグランプリを受賞すれば、フィリピン映画としては初となる。東京国際映画祭の受賞結果は、11/8(月)に発表となる。

『復讐』の公式上映はすでに終了したが、『GENSAN PUNCH 義足のボクサー』は、11/5(金)と11/7(日)に、あと2回の上映が残っている。また、ブリランテ・メンドーサ監督と永瀬正敏のトークイベントが、11/5(金)に行われ、オンラインで視聴することができる。

オンラインでインタビューに答える、ブリランテ・メンドーサ監督 (c) TIFF 2021
オンラインでインタビューに答える、ブリランテ・メンドーサ監督 (c) TIFF 2021

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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