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アカデミー賞、今年最も受賞「確実」なのは、日本に熱烈ファン多数、マッツ・ミケルセンの酔っぱらい映画?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
国際長編映画賞ノミネートの『アナザーラウンド』 courtesy of TIFF

4月25日(日本時間26日)に迫ってきた、映画界最大のイベント、米アカデミー賞授賞式。「予想好き」な映画ファンや映画関係者は、いま最もテンションが上がっているはずだが、今年も「安泰」といわれる部門がいくつか存在する。あちこちの予想記事や、ブックメーカーのオッズを参照すると、作品賞(『ノマドランド』)、監督賞クロエ・ジャオ)、主演男優賞チャドウィック・ボーズマン)あたりがかなりの高確率で「盤石」という勢い。そしてもうひとつ、国際長編映画賞(旧・外国語映画賞)で、今年は最強の一作が存在する。昨年でいえば『パラサイト 半地下の家族』のような作品があるのだ。

それは、デンマーク映画の『アナザーラウンド』。マッツ・ミケルセンの主演作である。

日本にも熱いファンが多く、一部では「マッツン」などの愛称で親しまれる、マッツ・ミケルセン。アカデミー賞に王手をかけている作品は彼にとっても初めてのことで、ファンのテンションも上がる。しかも『007』や『ドクター・ストレンジ』、このほど出演が決まった『インディ・ジョーンズ』新作、また超当たり役となったドラマ「ハンニバル」というハリウッド作品ではなく、出身国、デンマークの映画で受賞目前というのも感慨深い。世界的スターの地位を手に入れながら、ハリウッドのメジャー作品とともに、こうして自国の作品にも積極的に参加するマッツの姿は、俳優の理想像ではないか。

現在55歳のマッツ・ミケルセンは、来日の際にも、日本の配給会社のスタッフや、取材するジャーナリストからの評判がめちゃくちゃ高いことで有名。根っからの、いい人なのである。ヒュー・ジャックマンやキアヌ・リーブスに近い印象だが、サービス精神が過剰なヒューや、自然体すぎるキアヌに比べて、礼儀をわきまえた優しい人柄というのが、マッツの特徴という気がする。とりあえず会った人は、誰でも好きになる。

昨年の『パラサイト』と同じパターン

今年、『アナザーラウンド』の国際長編映画賞受賞が確実なのは、監督賞にもノミネートされているから。トマス・ヴィンダーベアの監督賞ノミネートは、はっきり言って大きなサプライズだったが、昨年も国際長編映画賞ノミネート5本のうち、『パラサイト』だけが、監督賞にもノミネートされていた。結果的に国際長編映画賞を順当に受賞。その前年の『ROMA/ローマ』も同じパターン。ここ数年、国際長編映画賞のトップを走る作品は、監督賞の枠にも入るという傾向がある。

その他にも多くの前哨戦で『アナザーラウンド』は受賞を果たしてきたが、唯一、ノミネートのみで受賞に至らなかったのが、ゴールデングローブ賞。ここで受賞したのは『ミナリ』だった。この『ミナリ』、ゴールデングローブではセリフのほとんどが韓国語だったので、外国語映画賞の枠に入ったのだが、純然たる「アメリカ映画」。そのため、ゴールデングローブではノミネート発表の段階から、物議を醸していた。強力ライバルの『ミナリ』は、アカデミー賞では「アメリカ以外の国が代表をエントリーする」国際長編映画賞に当然ながら入らず、『アナザーラウンド』の圧勝は揺るがないのである。

この『アナザーラウンド』は、2020年のカンヌ国政映画祭のスペシャルセレクションに入り、それ以後、多くの映画祭で上映されてきた。(筆者もトロント国際映画祭のオンライン上映で鑑賞)

昨年の『パラサイト』のように強烈なインパクトを届ける作品ではないが、『パラサイト』と似ているのは、ジャンルを超えた、他の映画とは一味も二味も違う、未体験の面白さを備えたところだろう。

『アナザーラウンド』ではマッツ・ミケルセンが飲んで、飲んで、飲みまくる! courtesy of TIFF
『アナザーラウンド』ではマッツ・ミケルセンが飲んで、飲んで、飲みまくる! courtesy of TIFF

マッツ・ミケルセンが演じるマーティンは、高校の歴史の先生なのだが、退屈な授業しかできず、生徒には不評。職場でもさえない毎日を送る。しかも家に帰れば妻とはすれ違いばかり、2人の息子にもまったく相手にされない。そんな彼が、ある心理学者の提唱する「人間には血中アルコール濃度0.05%が適切」という論理を、仲間の教師たちと実践することに……。過去にもチャーチルヘミングウェイチャイコフスキーといった偉人たちが、この論理を証明するように天才ぶりを発揮したという。要するに、「酔っぱらえば人生、ハッピー」という、お酒好きには最高のストーリーが展開していくのである。タイトルの「Another Round」とは、「さらに一杯」とバーや居酒屋で自分や仲間の飲み物を注文するときのフレーズ。

血中アルコール濃度0.05%キープで幸せになれる?

もちろんこの設定だけだったら、アカデミー賞でここまで評価されるわけはない。『パラサイト』と同じく、痛快さとシビアさが鮮やかにブレンドされ、共感と、心ざわめく瞬間の両方がもたらされることで、観た人のハートをがっつり掴む作風になっている。

そして何より、この『アナザーラウンド』はマッツ・ミケルセンの魅力が信じがたいレベルで発揮された一作なのである。酔っぱらってる状態の演技が愛らしいのはもちろんだが、彼のダンサーとしてのキャリアが完璧に生かされたシーンがある。器械体操、本格的なダンサーという経験から、これまでもアクションを見事にこなしてきたが、ダンサーのマッツを拝めるのは『アナザーラウンド』の大きな喜びになるはず。

ではアカデミー賞の授賞式でマッツ・ミケルセンの登壇はあるのか? それはあまり期待できそうにない。作品賞ならともかく、国際長編映画賞の場合は、監督やプロデューサーがオスカーを受け取ってスピーチするのが近年の通例。2009年に『おくりびと』が受賞した際(当時は外国語映画賞)は、滝田洋二郎監督とともに主演の本木雅弘もステージに上がっていたが、今年はコロナの影響もあって、授賞式への出席は人数が限定され、しかもデンマークのトマス・ヴィンターベア監督が、ロサンゼルス、あるいはどこかの別会場(ロンドンやパリに設けられる)に行けるかどうかも不明だ。

英国アカデミー賞では、リズ・アーメッドら他の主演男優賞候補者とともにオンラインのセッションに参加したマッツ・ミケルセン(右上)。
英国アカデミー賞では、リズ・アーメッドら他の主演男優賞候補者とともにオンラインのセッションに参加したマッツ・ミケルセン(右上)。写真:REX/アフロ

英国アカデミー賞では、『アナザーラウンド』が外国語映画賞を受賞した際、トマス・ヴィンターベア監督がオンラインでつながり、喜びを爆発させたが、そこにマッツの姿はなかった。マッツは同賞で主演男優賞にもノミネートされていたので、受賞したら出てきた可能性もあったが……。

アカデミー賞で受賞はほぼ確定的な『アナザーラウンド』。マッツのファンは、彼がチラリとでも顔を出すことに多少の希望をもって、授賞式を見守ってほしい。

(追記:トマス・ヴィンターベア監督は出席のためにロサンゼルスへ向かったそうです)

『アナザーラウンド』の日本での劇場公開は、9月3日。

マッツ・ミケルセン近影
マッツ・ミケルセン近影写真:Shutterstock/アフロ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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