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ディズニーの禁を破って、女性版『ジョーカー』になれるのか? 悪女映画『クルエラ』への複雑な期待

斉藤博昭映画ジャーナリスト
5/28に公開される、エマ・ストーン主演の『クルエラ』(公式HPより)

度重なる公開延期が続くハリウッド作品だが、夏のとある大作は「必ず劇場公開される」という情報が伝わってきたりしており、4月くらいから続々と日本の劇場をにぎわせそうなムードになってきた。

その中で、先日、世界的に公開された『クルエラ』の予告編は、期待感を高めるものだった。「『ジョーカー』を彷彿とさせる」という声が、日本のみならず各国の映画ファンから上がっている。

「クルエラ」とは、『101匹わんちゃん』で、ダルメシアンの子犬たちを誘拐した悪女である。つまり、ディズニーのキャラクター。かつて実写でグレン・クローズが演じた『101』という作品もあった。そのクルエラの「過去」を描く今回の新作は、恐るべきヴィラン(悪役)が完成されるまでの物語。要するに『ジョーカー』と同じなのである。

とはいえ、『クルエラ』はウォルト・ディズニー・ピクチャーズの作品である。

『ジョーカー』のような衝撃を期待するけど、ディズニーだから、そこまで過激にはならないよね……」という声も同時に上がる。たしかに、そのとおりである。

ディズニーのヴィランを実写にした映画といえば、『眠れる森の美女』から生まれた『マレフィセント』があった。アンジェリーナ・ジョリーが演じたこともあって、日本でも大ヒットを記録したが、ヴィラン映画といえども、やはりディズニー作品。観終わってみれば、マレフィセントが「いい人」だったという印象。あらゆる世代に夢と愛、勇気を届けるのが大原則のディズニーなので、まぁ予想どおりである。

一方で、最終的な感動は必須ではないワーナー・ブラザースの『ジョーカー』は、後味の良さ、口当たりの良さも気にしなくていい、ヴィラン映画としての「本道」を貫いていた。だからこそ、観客の心を激しくざわめかせ、社会現象となった一面もある。

クルエラの場合は、同じ女性ヴィランとして「ハーレイ・クイン」と比較したくなるが、今回の予告編からすると、『スーサイド・スクワッド』や『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』のような痛快さというより、『ジョーカー』的な真の邪悪さや、救いようのない闇、そして「毒」を予感させ、ディズニーの掟を破るのでは……というのは、期待し過ぎ?

ただ、あまりに毒味が強いと、本来のディズニー・キャラクターを愛する人たちに敬遠される恐れもあり、そのあたりが難しいところ。ヒース・レジャーのバージョンから毒味が強かったジョーカーが示すように、DC映画の振り幅は大きい。ディズニーの傘下に入ったマーベル作品は、もちろん強大な悪役は登場するものの、最低限のモラルを突き崩したりして心を動揺させることはない「安心感」がある。その感覚は、やはりディズニーに入った『スター・ウォーズ』も同じ。

だから、2019年、フォックスがディズニーに買収された際には、多くの映画ファンが、映画の多様性が失われていく危機感も抱いた。マーベルの中でも、強烈な毒や過激さ、シモネタが魅力の『デッドプール』は、フォックスが製作していたので、その魅力が全開になっていた。ディズニーの下で、つまりマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)に加わることで、このデッドプールの毒が抑えられてしまう不安もあったが、先日、MCUのプロデューサー、ケヴィン・ファイギが「デッドプールはR指定のままで製作する」という方向性を改めて確約。つまり毒や過激さはそのままの作品をMCUで作り、ディズニーが配給するわけである。

この『デッドプール』の流れと、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ、つまり「本家」が製作する『クルエラ』を安易に一緒にはできないが、ファミリー向けに誰もが楽しめる世界を基盤にしてきたディズニーに、もしかしたら変化を起こすかもしれない。

『クルエラ』の予告編で流れる名曲「フーズ・ソリー・ナウ」には、こんな歌詞がある。

Whose heart is aching for breaking each vow?

それぞれの誓いを破ることで、誰の心が傷つくのでしょう?

禁を破ることで、女性版『ジョーカー』になるのか? それともやはり『マレフィセント』のように、最後は「いい人」になって、ほっこり感動させられるのか? 観るもおぞましいバイオレンス描写などでR15指定(15歳未満は鑑賞不可)となった『ジョーカー』や『デッドプール』に対し、『クルエラ』はまだ指定が決まっていないものの、ディズニー作品として、「子供たちが観られない」なんてことにはならないだろうが……。バイオレンス面はともかく、いい意味での「後味の悪さ」や「心のざわめき」といった、映画の多様性をディズニーに期待するのは、さすがに、まだ無理でしょうか。いろいろと想像を巡らせて、公開を待ちたい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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