Yahoo!ニュース

「2021年、オリンピック観戦で東京へ行く気満々」ハリウッドの超多忙ヒットメーカーも切望していたが…

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ジェイソン・ブラム。映画のプレミアでは、ジャケットの前を広がるこのポーズが十八番(写真:REX/アフロ)

2021年に延期された東京五輪・パラリンピックについて、このところ「中止」「再延期」「無観客」「観客は国内限定」などの論議が活発になってきた。

昨年、東京五輪の一年延期が決まったのが3月なので、今年もそろそろ最終決断の時期なのだが、その東京五輪に行きたくてたまらないと告白したのが、ハリウッドで快進撃を続けるプロデューサーのジェイソン・ブラムである。

東京五輪が2020年の予定で進んでいた時期に「現地へ観戦に行く」と宣言していたジェイソン・ブラムに、延期が決まった後の昨年末にオンラインでインタビューし、その件を確認してみたところ……。

「そうなんだよ。競技のチケットはもちろん、ホテル、日本の国内移動の列車や、超人気の寿司屋まで予約済みだったんだ! 延期が決まって本当に悲しかったね」

列車とはおそらく新幹線で、京都などへも足をのばそうと思っていたはずで、寿司屋とはヒュー・ジャックマンらが有名にした「すきやばし次郎」だったかもしれない。とにかくジェイソン・ブラムは残念そうだった。

インタビュー時には、日本でのコロナ禍もやや落ち着きをみせ、2021年の五輪は予定どおりの開催で準備が進んでいた。そこで2021年に再び来る予定なのか聞いてみると

もちろんだ。2021年こそ、絶対に東京に観に行く

と即答。一気にその表情は晴れやかに。

このジェイソン・ブラムという人、俳優でも監督でもないので、映画ファン以外には有名ではないかもしれない。しかし現在のハリウッドで多大な影響力をもつ、プロデューサーである。日常は超多忙のはずで、そんな彼がわざわざ長期間のスケジュールを空け、プライベートで日本へ来る予定ということは、相当に「オリンピック愛」が強いのだろう。

ジェイソン・ブラムの日常がどれだけ忙しいのか? 彼のブラムハウス・プロダクションズで製作された映画は、低予算ながらヒットに結びつく可能性が高い。メジャースタジオでは断るような斬新なプロジェクトを引き受けるわけだが、当然、そこにはプロデューサーとしての「目利き」が重要だ。

「だいたい1週間に25本とか50本の企画に目を通す。1ヶ月に換算すれば、100〜200本になるから、かなりの量だ。そこから年間で、映画なら約10本、TVシリーズで合計100時間分くらいにゴーサインを出して、製作することにしているよ」

もしオリンピックで日本に来たとしても、移動中やホテルなどで何本もの企画をチェックするのは間違いない。

ジェイソン・ブラムが成功したのは、低予算で、ホラーを中心にオリジナルな作品を届け続けているから。もし興行的に目標に至らなくてもリスクは最小限に抑えられ、当たればその分、見返りも大きい。ギャンブルのようだが、企画のチョイスに関して、「つねに観客の最新の嗜好を意識している」と言うように、そのセンスは卓越している。

ブラムハウス・プロダクションズは、2007年、1万5000ドル(約160万円)という超低予算のホラー『パラノーマル・アクティビティ』が、北米だけで1億ドル(約110億円)と“大儲け”したのをきっかけに、低予算×オリジナリティのポリシーを確立。作品のクオリティも上昇し、『セッション』、『ゲット・アウト』、『ブラック・クランズマン』と、短期間でアカデミー賞作品賞ノミネート作も送り出してきた。コロナ禍の2020年も『透明人間』をヒットに導き、まさに「信頼」の製作会社なのである。

さらに信頼感を与える要因が、「作品は監督のもの」という、まっとうなポリシー。当然と言えば当然だが、スタジオや大物プロデューサーが作品の仕上がりに強引な意見を押し付け、修正を要求するのが「当然」のハリウッドで、このスタイルは監督の真の才能を伸ばすことにもつながった。

「僕はミラマックスで、ハーヴェイ・ワインスタインの下で仕事をした経験があるが、彼がプロデューサーの権限を振りかざして、俳優の衣装の色など細かい部分までいちいち文句をつけ、膨大な無駄な時間を使って作品をコントロールするのを間近で見てきた。いつか自分の製作会社を設立できたら、その真逆をやろうと決意したのさ」

#MeToo運動で、過去のセクハラが次々と明らかになり、禁固23年の刑を言い渡されたワインスタインだが、結果的にそのやり方が反面教師として名プロデューサー、ジェイソン・ブラムを育てたのは何とも皮肉である。

ジェイソン・ブラムが製作した最新作『ザ・スイッチ』は本来なら、現在、日本で劇場公開中のはずだった。1月14日に公開予定だったのだが、その前週に緊急事態宣言が発令されたため、急遽、延期が決まってしまった。

(c) 2020 UNIVERSAL STUDIOS
(c) 2020 UNIVERSAL STUDIOS

『ザ・スイッチ』は、アメリカではコロナ禍で主要都市の映画館が営業休止にもかかわらず、2020年11月に劇場公開に踏み切った(これも低予算だから、リスクが少ないという判断)だけに今回の日本での延期は残念だが、女子高生と中年の殺人鬼の心が入れ替わるという、『君の名は。』も思い出す設定を、「怖くて面白すぎる」仕上がりにしたホラーコメディ青春映画。いまだ供給が少ないハリウッド映画らしい一本なので、早めの公開再決定ニュースを待ちたい。

じつはジェイソン・ブラムは、2020年12月に、新型コロナウイルスに感染していることが判明。幸い症状は軽く、今は元気いっぱいのはずなので、仕事で多忙な日々を送りながら東京五輪開催の行く末を見守っていることだろう。

しかし現段階では、出場選手はともかく、海外から観戦のための渡航はかなりハードルが高くなりそうな予感……。昨年に続いて、またも東京行きのキャンセルを余儀なくされるのか? ジェイソン・ブラムの心配そうな顔が目に浮かぶ。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事