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映画館へ行くのは怖い。でも観たい。その葛藤が若い世代にあふれる、『ミッドサマー』の静かな社会現象

斉藤博昭映画ジャーナリスト
天国のような場所へ迎えられた者たちの、まさかの運命が展開する。

新型コロナウイルスのニュースが続くここ数日、さまざまなイベントが延期・中止、スポーツの無観客試合の決定、公共文化施設の一時的閉館などが相次いでいるが、一部、Bunkamuraル・シネマなどを除いて、この週末も映画館はほぼ通常どおりの営業が続いている。

しかし密閉された空間で、不特定多数の人が集まるという条件なので、映画館から足が遠のいている人が増えているのも事実。それでも先週末の3連休(2/22〜24)は、それなりの観客の入りがあったが、今後の感染拡大の状況によってどうなるかわからない。

そのような状況で、予想外に「健闘」している映画がある。SNSでも「コロナがなければ観に行きたいのに」と、行きたい欲望を爆発させている人が数多く目立つのが、2/21から公開されている『ミッドサマー』だ。代表的なのが、こうした書き込み。

さらに多いのが、次のような書き込み。

映画館へ行くのを「親に止められている」というもの。つまり『ミッドサマー』を観た、あるいは観たがっている世代が高校生などティーン世代に集中しているのだ。実際に映画館へ足を運んだ人からも、『ミッドサマー』は「意外なほど席が埋まっていたことに驚いた」という声を聞く。しかも圧倒的に若い観客やカップル、女性同士のグループが多いようだ。3連休初日の2/22もミッドサマーは午前中から完売の回が続いていた。

2/22(土)、TOHOシネマズ新宿では『ミッドサマー』のみが満席回の連続だった。(撮影/筆者)
2/22(土)、TOHOシネマズ新宿では『ミッドサマー』のみが満席回の連続だった。(撮影/筆者)

公開時のスクリーン数は106と中規模程度。週末の動員ランキングでも7位と、よく考えればヒットと言えるかどうかはわからない。しかし同じ週公開で2位となった『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』はスクリーン数が322。前週公開で5位の『1917 命をかけた伝令』が316であることを考えれば、『ミッドサマー』は十分な成績を残していると言える(スクリーン数128で1位の『パラサイト 半地下の家族』は、さすがに驚異的だが…)。

「明るいのに怖い」のは、なぜなのかという興味

もともと大スターも出ていないし、「感動」や「アクション」を売りにする大作でもない。しかし映画サイト、Filmarks(フィルマークス)が発表した「2020年2月公開映画 期待度ランキング」では堂々の1位を飾っており、『ミッドサマー』への期待値も高かったことがわかる。配給のファントム・フィルムによると「この作品は確実にSNSや口コミで広がる可能性があると考え、当初から若い世代をターゲットに宣伝を展開した」そうで、ある意味で戦略どおりの結果でもあるようだ。

何が若い世代の期待を高めたのか?

美しい花の冠をつけたヒロインが、なぜか恐怖に突き落とされた表情。このギャップが心をざわめかせ、観たい欲求を増長させた。見事なポスターのビジュアル。
美しい花の冠をつけたヒロインが、なぜか恐怖に突き落とされた表情。このギャップが心をざわめかせ、観たい欲求を増長させた。見事なポスターのビジュアル。

その理由についてファントム・フィルムは、「明るいイメージなのに、じつは怖いという意外性」と指摘する。アメリカ人の主人公が、白夜のスウェーデンでの祝祭に参加する物語は、ポスターや劇中写真からもわかるように、美しい大自然、色とりどりの花に囲まれた桃源郷のような世界で展開する。しかしその裏には、恐ろしい何かが隠されており、祝祭というよりは「奇祭」。いったいどんな転換が待ち受けているのか、通常のホラーやスリラーとはまったく異なる映画体験ができることが、若い世代に引っかかったようである。しかもレイティングはR15+(15歳以上鑑賞可)なので、高校生にとっては、自分たち以上が観ることができる、禁断の「刺激」を味わう期待感もあおられる。

これまでは明らかにコアな映画ファンの間で絶賛されるようなタイプの『ミッドサマー』だが、監督のアリ・アスターによる2018年公開の前作『ヘレディタリー /継承』も、すでに「怖すぎるホラー」として一般層にも話題が浸透していたのは事実。今回、そのアリ・アスター監督の新作『ミッドサマー』の公開が発表されると、ツイッターのトレンドに入るなど、『ヘレディタリー』を大きく上回るヒットへの予兆は見えていた。

「ドラえもん」などの延期でスクリーン数も増えるか?

このところ、『ジョーカー』『パラサイト 半地下の家族』のように、予想と違った方向に導かれ、胸をざわめかせる映画が、好き/嫌いを超えて社会現象的ヒットを起こすケースが目立つようになってきた。その流れで『ミッドサマー』のような作品も、ブームを起こすポテンシャルが高まってきたのではないか。ある意味で、映画としては健全な受け入れられ方である。

そして実際に作品を観た感想も、よくあるホラーの衝撃と違い、『ジョーカー』や『パラサイト』以上に、強烈かつ不思議な体験になった、というものが多い。さらに後半の展開を未見の人には言えない、ネタバレ禁止的な内容も「観たい欲求」を高める好循環を生んでいる。

今週末、ライブビューイングのようなイベント的な上映ができなくなったことで、その分の空いたスクリーンを『ミッドサマー』で埋めるシネコンも増えるようである。さらに3/6公開の『映画ドラえもん のび太の新恐竜』の延期が発表されたことで、『ミッドサマー』の伸びしろはまだまだありそう。あとは新型コロナの影響次第だが、もしコロナがなければ、さらなる爆発的ヒットの可能性もあった気がして、その点は残念である。

『ミッドサマー』

TOHOシネマズ日比谷他、全国ロードショー中

配給:ファントム・フィルム

(c) 2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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