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「パラサイト」は大成功! 意外に難しい、アカデミー賞作品賞と日本でのヒットの相関

斉藤博昭映画ジャーナリスト
配給会社のビターズ・エンドからは大ヒットを祝って大入袋も出た。(撮影/筆者)

大入袋が届いた。

映画界では、たまに協力した作品が予想以上のヒットになると、こうした大入袋が出ることはあるが、近年は珍しいケースになっていた。それだけに『パラサイト 半地下の家族』は「うれしい誤算」もあって、配給会社の目標を超える成果を残しつつある。

うれしい誤算とは、もちろん米アカデミー賞での作品賞受賞である。外国語映画として初の快挙は、授賞式が近づくにつれ現実味を帯びていき、大方の予想を覆して達成された。快挙とサプライズが相乗効果となり、例年以上の大きな報道へと発展したのである。

こうした過熱報道で、現在、日本で公開中の『パラサイト』は授賞式翌日から、各スクリーンで満席が続くことになる。その結果、先週末は、なんと動員ランキングで1位を記録。公開の週からの推移は、5位→5位→4位→3位→4位→1位と、文字どおり「アカデミー賞効果」だ。

アカデミー賞を受賞すれば、日本での興行にも大きな弾みがつく……。ほとんど注目されるチャンスがなかった作品が、アカデミー賞に絡むことで、観客にアピールするのは確かなので、これは当然の法則なのだが、100%成立するわけではない。もちろん、映画宣伝にとっては重要な「売り」になるので、アカデミー賞でノミネート、受賞しそうな作品の日本での公開日を、授賞式前後になんとか合わせるのは「常識」になっている。

3年前、作品賞が有力視された『ラ・ラ・ランド』は、日本公開が2/24。授賞式が2/26(現地時間。以下すべて)だったので、まさにドンピシャのタイミング。しかし作品賞を受賞したのは『ムーンライト』だった。こちらは日本公開が3/31。授賞式から、やや時間が経ってしまった結果、日本での興行収入は3.5億円。一方、作品賞を逃した『ラ・ラ・ランド』は44.2億円と大成功につながった。作品賞発表時に封筒の渡し間違いによる大混乱が生じ、両作とも大きな注目を集めたものの、ヒットという点では大きな差が生まれたのである。もちろん作品自体の観客への訴求力も違うが、『ムーンライト』の公開日がもう少し授賞式に近ければ、数字は上がっていたかもしれない。

とはいえ、「アカデミー賞受賞」が日本での興行に多大な影響を与えることは現状ではなかなか難しくなっている。

近年の作品賞を、昨年から順に過去にさかのぼって、日本公開日、興行収入を比較すると……。

グリーンブック

授賞式2/24 日本公開3/1 興収21.5億円

シェイプ・オブ・ウォーター

授賞式3/4 日本公開3/1 興収8.9億円

ムーンライト

授賞式2/26 日本公開3/31 興収3.5億円

スポットライト 世紀のスクープ

授賞式2/28 日本公開4/15 興収4.4億円

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

授賞式2/22 日本公開4/10 興収4.3億円

それでも夜は明ける

授賞式3/2 日本公開3/7 興収4億円

アルゴ

授賞式2/24 日本公開10/26(前年) 興収3.2億円

アーティスト

授賞式2/26 日本公開4/7 興収4.8億円

英国王のスピーチ

授賞式2/27 日本公開2/26 興収18.2億円

『グリーンブック』や『英国王のスピーチ』のように、授賞式とぴったりのタイミングに公開されれば、大きな数字を期待できる(『英国王〜』は東日本大震災がなかったら、もっと数字を上げていたはず)。2作とも、アカデミー賞を受賞していなかったら、おそらくこの数字は無理だったに違いない。しかし『シェイプ・オブ・ウォーター』や『それでも夜は明ける』のように、ややマニアな香りや社会派要素が強いと、それほど数字が伸びないのも事実。『スポットライト』は作風はもちろん、授賞式と公開日も空いたので、『ムーンライト』に近いケースだ。

どこまで数字を伸ばすか。障害となるのは新型肺炎の流行かもしれない。(c) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
どこまで数字を伸ばすか。障害となるのは新型肺炎の流行かもしれない。(c) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

今年の場合、『パラサイト』の日本公開は1/10(昨年末に先行上映あり)。アカデミー賞授賞式の2/9とは、ややタイムラグがある。配給会社も作品賞まで受賞するとは想定していなかったからだろう。しかし今回は、このタイムラグも効果的だった。純粋に作品の面白さが広まって、まったく落ちのない好調をキープ。その間にオスカー前哨戦(SAG)で受賞、動員100万人突破のニュース、そしてもちろん口コミの拡散などで、アカデミー賞本番への期待が高まっていくという、なんとも美しい映画興行のパターンを示したのだ。

アカデミー賞授賞式後の週末は、スクリーン数が85増え、275になった。その結果、ランキングのトップを獲得した。ちなみに日本での韓国映画の最高記録は、2005年公開の『私の頭の中の消しゴム』の30億円で、『パラサイト』が20億円を軽々と超えた今、新記録を達成するのは時間の問題になりそうだ。

一方で作品賞の本命とされ、日本公開日をアカデミー賞授賞式直後の2/14にもってきた『1917 命をかけた伝令』も、週末ランキングで2位と、こちらも健闘。同じく傑作なだけに、『1917』が作品賞を受賞していたら、おそらく1位を獲得していた可能性があり、やや残念という見方もある。

近年、アカデミー賞の結果が、日本の興行を大きく左右することは少なくなってきているが、昨年の『グリーンブック』に続き、今年の『パラサイト』と、いい方向に「アカデミー賞効果」が出ている。多くの観客にアピールしやすい作品という特徴もあるが、そういった作品にアカデミー賞が栄誉を与えることになったのも、偶然ではなく、時代を反映しているのかもしれない。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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