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謎の浮遊感、フレディ崇拝との類似…。沼にハマる『ジョーカー』中毒、なぜ起こった?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
主人公のこのダンスも、得体の知れない魅力で観る者の心をざわめかせる。

日本でも興行収入50億円が射程に入り、異例のヒットを続けている『ジョーカー』。大都会で大道芸人として働く孤独な主人公のアーサーが、シビアな現実に苦しみながら、やがて悪のカリスマとなっていく。ダーク&シリアスな物語にもかかわらず、なぜ人々はここまで夢中になるのか? ヒットを後押ししている要因の一つがリピーターの存在で「すでに15回も観た人」もいるという。ただ、心理学の専門家はこの映画が「普通の作品とちょっと異なる」と話す。『ジョーカー』の「沼」にはまってしまう、その心理とは……?

すでに15回観たという強者も

10月4日の公開日から、約1ヶ月半。その間に『ジョーカー』を一人で15回観たということは、3日に1回のペースで、凄まじいばかり。ツイッターでの書き込みは、11月に入っても衰えず、「無性にまた観たくなる」「ジョーカーは時間差で効いてくる」「映画館の近くに来たので、またジョーカー観てしまった」「3回観たけど、4回目行く前から5回目いきたくなってる」など、その魔力にとりつかれた人が後をたたない。

こうしたリピーターの増加による大ヒットは、最近よく起こる現象でもある。昨年の『グレイテスト・ショーマン』や『ボヘミアン・ラプソディ』が好例。これらの作品は時間が経つと、なぜが無性に観たくなる傾向が強かった。とくに『ボヘミアン・ラプソディ』は応援上映、爆音上映などライブを楽しむような感覚も大きかったが、『ジョーカー』はそうした応援上映向けの作品ではない。配給のワーナー・ブラザースも「いわゆる応援上映などを通じた宣伝展開の予定はないのだが、想定以上に勢いが途切れないことに驚いている。どこまで現実なのかさまざまな解釈があるうえ、劇中に隠された、いくつかのネタがネット上で取り上げられたりして、それらを確かめるために2回以上観に来てくださる方が多いようです」と話す。

どの部分が現実で、どこまでが主人公アーサーの妄想なのか。それを確かめたくなって、もう一度観たくなる。
どの部分が現実で、どこまでが主人公アーサーの妄想なのか。それを確かめたくなって、もう一度観たくなる。

一方で、『ボヘミアン・ラプソディ』との共通点があると語るのは、アメキャラ系ライターの杉山すぴ豊氏だ。

「『グレイテスト・ショーマン』以上に『ボヘミアン・ラプソディ』が社会現象になったのは、フレディ・マーキュリーのキャラクターが大きな理由でしょう。エキセントリックで、ちょっとサイコパス的な魅力がある。“フレディ教”を崇拝した感覚で、ジョーカーの虜になった人も多いはずで、こうした現象は一回火がつくと、大きく燃え上がりやすいのではないでしょうか」と杉山氏。

「他のアメコミ映画と違って上映時間が約2時間なので、別の作品と続けて観るのも苦じゃない。また、『ジョーカー』公開とともに、ドルビーシネマ専用の丸の内ピカデリーがオープンしたり、ハロウィンのコスプレ研究の題材になったり、そのタイミングも良かったと思います。魔物的キャラクター+上映時間+公開タイミングで、いわゆる『沼』ができて、リピーターを増やしたのでしょう」と、杉山氏は分析する。

では、実際にどれだけの観客がリピーターになっているのか。じつは意外なデータもある。

(出展:シネマコンプレックスのメンバーズカード会員データ)
(出展:シネマコンプレックスのメンバーズカード会員データ)

これは総観客数のうち、2回以上鑑賞した観客の割合。じつは『ジョーカー』は、リピーター率は際立っていない。もちろん通常の映画は多くても2〜3%であるし、あくまでも一部のシネコンの会員の数字なので、単純に結論づけることはできない。ただ、ツイッターや口コミを見る限り、虜になった人の反応があまりに強烈で、それによって評判が広く浸透している感があるのだ。

映画館を出た後の不思議な浮遊感がクセになる

前述したワーナー・ブラザースの説明のとおり、『ジョーカー』をもう一度観たくなる最大の理由は、ラストシーンを観た後に、いろいろな解釈が可能な作品だからだ。その解釈が公開後、分析記事やSNS上に出ることで、それらを読んで、もう一度、自分の目で確かめたい衝動がわきあがる。

この点について、社会心理学者の碓井真史氏は次のように説明する。

「『面白かった』では終わらないのが『ジョーカー』です。2回観ることで、自分の感覚を再現し、自分の心を確かめたくなるのでしょう。不安を解消したいのかもしれません。映画の中で謎解きがわかったうえで、伏線を確認すれば、論理的に細かい部分まで納得できるわけです。さらに、『自分はわかった』という優越感を得られる心理もあるのではないでしょうか」

ただ、このようなケースは、たとえばドンデン返しの作品、意外な真相が発覚するミステリー映画などでも見られる。『ユージュアル・サスペクツ』(1995)や『シックス・センス』(1999)、『ファイト・クラブ』(1999)など、結末を知ってから観ると、別の面白さが浮上してきて、初見とは別のカタルシスがもたらされる。しかし『ジョーカー』の場合は、それだけではなさそうだ。そこで挙げられるのが「中毒性」であると、碓井氏は分析する。

「映画館を出た後の、不思議な浮遊感が癖になる人もいるのかもしれません。映画の世界に引きずり込まれ、その感覚を簡単に友人などと共有できず、どんどん考え始めて中毒的になる人を生み出すのでしょう」

たしかに、これまでのサスペンス映画などと大きく違うのは、この「感覚」かもしれない。自分はいったいどんな映画を観たのか? なぜこんな気分になったのか? 意外な結末なら、ある程度、冷静に頭の中で反芻して分析できるが、『ジョーカー』鑑賞後は、自分でも処理しきれない感覚に襲われる。その結果、得体の知れない何かに幻惑され、ある種の酩酊感に再び浸りたい人が続出しているようだ。

主人公アーサーに「共感できない」ところが、むしろ観客を引きつけているのか…
主人公アーサーに「共感できない」ところが、むしろ観客を引きつけているのか…

また、映画の中で主人公アーサーの行動が、格差社会の底辺で不満を抱えていた市民を蜂起させてしまったように、「ジョーカー中毒」になる観客の心理と、現在の社会の関係についても、碓井氏は次のように解説する。

「現代社会は価値観が多様化し、何が正義かもよくわからない。右派も左派も同様にフェイクニュースを流し、人々は操られているように感じている。警察や政府も信用できず、誰かを激しく攻撃したり、破壊したくなる衝動が大きくなっている気がします。しかし自分が犯罪者や革命家になりたいわけではなく、乱暴な犯罪者を非難して、哀れに感じる。そうした思いが、映画『ジョーカー』とリンクしたのかもしれません」

次に来る「中毒映画」は何か?

公開から1ヶ月半が経ち、とりあえず「ジョーカー中毒」の現象も落ち着いてきたが、今後、アカデミー賞へ向けての賞レースが始まり、そこで作品賞や、ホアキン・フェニックスの主演男優賞が有力になってくると、ワーナー・ブラザースのプロモーションも再始動し、日本でもジョーカー中毒を再燃させる可能性もある。

テイラー・スウィフト、ジェニファー・ハドソン、イアン・マッケランなどオールスターが猫になって歌い、踊る。好き嫌いは別にして、かなりのインパクトを与えそうな『キャッツ』
テイラー・スウィフト、ジェニファー・ハドソン、イアン・マッケランなどオールスターが猫になって歌い、踊る。好き嫌いは別にして、かなりのインパクトを与えそうな『キャッツ』

そして、今後は年末にかけて『アナと雪の女王2』(11月22日公開)、『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(12月20日公開)といった、リピーター観客が確実に出そうな作品の公開が続く。とはいえ、これらの作品は想定内。『ボヘミアン・ラプソディ』や『ジョーカー』のように、意外な「中毒」が発生する作品を予想すると、2020年1月24日に公開される『キャッツ』あたりが、その候補か。1981年から始まったオリジナルの舞台版が日本でもロングランし、『グレイテスト・ショーマン』や『ボヘミアン・ラプソディ』のようにライブを観る感覚も提供する。そして猫の姿をした俳優たちという、ある意味で「怖さ」「過剰さ」の要素が、前出の杉山氏が指摘するように、ジョーカーやフレディ・マーキュリーと重ねられなくもない。

もちろん、中毒性のある作品は、予想外に突発的に誕生するケースも多いので、何が次に控えているかは予測できないのも事実だ。

「中毒」という言葉は、ややネガティブで危うい響きだが、映画にとっては、むしろ歓迎される用語かもしれない。観客を「中毒」にさせるほど夢中にすること。それこそが、映画の作り手にとっての理想でもあるのだから。

『ジョーカー』全国公開中

配給/ワーナー・ブラザース映画

『ジョーカー』の画像:(C) 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

『キャッツ』2020年1月24日公開

配給/東宝東和

(C) 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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