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「表現の自由」とは何なのか。しんゆり映画祭での上映中止が広げる波紋

斉藤博昭映画ジャーナリスト
※画像は、しんゆり映画祭とは関係ありません。(写真:アフロ)

第32回東京国際映画祭が開幕する10月28日。同時期(10/27・10/29〜11/4)に行われている、川崎の「KAWASAKI しんゆり映画祭」で大きな問題が起こっている。

当初、上映ラインナップに入っていた、ドキュメンタリー映画『主戦場』が直前に上映中止を決定。この決定について、27日、映画祭のホームページでは苦渋の決断であったことが発表された。

中止の主な理由は、従軍慰安婦問題をテーマにした『主戦場』が、出演者の一部が上映中止を求めて提訴している作品であり、そのことを共催の川崎市が懸念したこと。そしてその懸念を、映画祭側が受け入れざるを得なかったことだ。「上映時に起こる不測の事態を想定し、何度も検討した結果、上映を見送らざるを得なかった」と公式ホームページで説明している。たしかに、上映に対する抗議活動への不安はあるだろう。しかし『主戦場』は、これまでも一般の映画館で上映され続けており、もちろん賛否両論が起こっている作品だが、過剰な抗議による事件には発展していない。それに、上映作品として決めた時点で内容はわかっていたのだから、開催前ギリギリに中止を決めたということは、川崎市からの強硬な提言があったからと思われても仕方がない。映画祭のコメント全文はこちら

まさに「あいちトリエンナーレ」の構図に似ている。

この『主戦場』の中止は、さらなる波紋を広げそうで、28日、しんゆり映画祭で上映予定だった『止められるか、俺たちを』と『11.25自決の日〜三島由紀夫と若者たち』を、制作会社の若松プロダクションが上映の取り止めを発表した。理由は『主戦場』上映中止への抗議だ。「公権力による『検閲』『介入』の他ならず、今ここで声を上げなければ『表現の自由』を失うことになる」として、2作品を映画祭近くの会場を探して「無料上映」する意向を発表した。

そしてこのニュースに対しても、いろいろと声が上がっており、「表現の自由といっても、常識の範囲がある」「上映拒否は当然」など、以前から『主戦場』、「あいちトリエンナーレの表現の不自由展」を批判するコメントと似たものが多くを占めている。

これだけだと、若松プロダクションの中止の意図が曲解されてしまいそうなので、声明文から重要な部分を伝えておきたい。『主戦場』という映画のテーマに同感する、という理由ではないからだ。声明文の全文はこちら

仮に『主戦場』が全く同じ主題を扱いながら真逆の主張に結論づけられる映画だったしても、我々は同じ行動を起こしていた」ということ。つまり『主戦場』が、たとえば「従軍慰安婦など存在しなかった」と訴える作品だったとしても、要するに、どんな思想やテーマの映画だったとしても、上映の差し止めをすることが表現の自由の侵害につながる、ということである。

しんゆり映画祭に、川崎市という公的機関から助成金があり、そこで表現が制限されることへの危惧。あいちトリエンナーレの問題、そしてピエール瀧が出演していたことで映画『宮本から君へ』への助成金交付内定が取り消しになった案件など、このところ、似たような問題がさまざまな論議を呼んでいる。

「自分たちの税金が使われて、嫌なものを見せられる」ことは、単純に考えれば間違っているかもしれない。しかし「嫌なもの」のレベルは、どこで線引きできるのか。入場料を払った人が「観たい」と感じるものを、制限していいのか。公的機関こそが、さまざまな思想やテーマの作品をバックアップするべきではないか……などなど。

今回のしんゆり映画祭での問題が、表現の自由についての論議をさらに深める方向にもっていくことを望みたい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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