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事故から33年。ドラマ「チェルノブイリ」が、われわれに問いかけるものとは?

斉藤博昭映画ジャーナリスト

現在公開中の『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』では、作品の中盤でウクライナのチェルノブイリ原子力発電所が登場する。敵対する組織のアジトがある場所で、主人公のホブスとショーが侵入するのだが、当然のことながら大バトルへとなだれ込み、最後は発電所で大爆発まで起こるのだ。たしかにハリウッド製のアクション大作なので、目くじらを立てるほどではないかもしれない。しかし原発施設が爆発するという映像をスクリーンで観せられ、「信じがたい」と違和感を抱いた人もいたことだろう。

このようにハリウッド映画では、最近の『ゴジラ:キング・オブ・モンスターズ』から、シリアスなアメコミ作品の『ダークナイト ライジング』まで、核爆発も比較的「安易」に使用されている。

しかし、「ワイスピ」でのチェルノブイリ爆発シーンも、これを観たら軽々しく受け入れられないのではないか。HBOのドラマで、間もなく日本でも観ることのできる「チェルノブイリ」である。

1986年4月26日、ソ連(当時)で起こったチェルノブイリ原子力発電所爆発事故。これまでも、いくつかのドキュメンタリーや劇映画の題材になったことはあるが、事故現場の実態と、その後の影響、旧ソビエト政府の対応など、ここまで「包括的」に描いた作品は初めて。9月22日(現地時間)に授賞式を控えるエミー賞では、リミテッドシリーズ部門で作品賞など計19ノミネートを果たしており、受賞も確実という評判を呼んでいる。

5回シリーズの「チェルノブイリ」。約5時間ということで、事故の瞬間、その後の対応、まわりの住民たちの反応や避難勧告から始まり、最終的に原因究明の裁判まで描かれる。「記録」として残される価値もある作品と言えよう。

まず火災が広がり、消火活動が始まるが、飛んでくるのは原発を形成する「鉛」の破片である
まず火災が広がり、消火活動が始まるが、飛んでくるのは原発を形成する「鉛」の破片である

驚くべきは、事故直後からの原子炉内外の映像で、CGも加えてあるだろうが、実際の原子力発電所でのロケが効果を発揮している。撮影に使われたのは、リトアニアのイグナリア原子力発電所。当時のチェルノブイリと同型のRMBK原子炉を用いており、すでに廃炉作業が進んでいることから、撮影に適していたのだ。われわれが映像で目にするのは本物の原発なのである。また、ウクライナの都市、プリチャピの場面は、リトアニアの首都ヴィリニュスで撮影が行われた。当時のソ連の雰囲気がそのまま残っていたからだという。

しかし、そんな「背景」以上に生々しいのは、事故を収束させるため現場で作業した人々のたどる悲惨な状況である。目を覆うような描写も出てくるが、そこにひるむことなく挑んだ作り手たちの意気込みが感じられる。そのほかにも、除染作業に駆り出された炭鉱作業員たち、住民が退去した地域での「後始末」なども描かれるのだが、とにかく過去に例のない事故ということで、すべてがカオスと化していく。裸で作業する者、簡単なマスクのみなど、無防備な状態で現場に向かう姿に、その後、福島の事故を見てきたわれわれは背筋を凍らせることになる。

ゴルバチョフ書記長らソ連の政府は、どのように事故に対処したのか?
ゴルバチョフ書記長らソ連の政府は、どのように事故に対処したのか?

セリフが英語(ロシア語風のイントネーション)なのは仕方ないだろう。当事国のロシアやウクライナではなく、HBOというアメリカのケーブルテレビが製作したことで、より客観的に、批判的に描くことができた部分も見受けられる。ゴルバチョフ書記長ら当時のソ連政府は、国内外に向けて事故が大したことではない、収束できる、と宣言する。このあたりも、福島を経験した日本人にとっては痛烈だ。とにかくパニックを起こさせないことが優先されるが、そうした対応の間にも、急速に広がる放射能はどんどん住民のいる場所に届いていく。

チェルノブイリの事故から25年後、原因は異なるものの、同じ危機を経験したわれわれ日本人は、忘れかけていた記憶が蘇るはずである。「今さらこの光景を見たくない」という人もいるだろう。あるいは、もう少し早く、東日本大震災の前にこの「チェルノブイリ」が作られていたら……と感じる人もいるのではないか。これほどリアルなドラマを多くの人が観ていたら、福島の事故の際に何か指針を与えていたかもしれない。

チェルノブイリの事故から、このドラマが作られるまで33年かかったわけだが、2020年には日本で『Fukushima50』が公開される。福島第一原発の事故現場を再現する、佐藤浩市、渡辺謙が出演する映画だ。「チェルノブイリ」のように事故全体を「包括」する作品ではないが、あのとき、原発の中で何が起こっていたのかを克明に描く作品になりそうで、同作がどのような仕上がりになるのか想像する意味でも、「チェルノブイリ」は観ておくべき作品であろう。

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海外ドラマ「チェルノブイリ」(全5話)はBS10スターチャンネルにて放送

【STAR2 字幕版】9月25日より毎週水曜よる11時~ほか

【STAR3 吹替版】9月30日より毎週月曜よる10時~ほか

Amazon Prime Video「スターチャンネルEX」で9月26日より配信

※無料放送となる第1話は9月25日よる11時~(「スターチャンネルEX」では9月26日~10月5日まで無料配信)

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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