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「グリーンブック」アカデミー賞作品賞で湧き上がる批判に、監督はどう答えたのか

斉藤博昭映画ジャーナリスト

今年のアカデミー賞授賞式のラストで、プレゼンターのジュリア・ロバーツが作品賞として『グリーンブック』とアナウンスした瞬間、スパイク・リーは立ち上がり、怒りの表情をあらわにして会場から立ち去ろうとした。スタッフに引き止められて席に戻ったものの、リーの怒りは収まらなかった。かつて『ドゥ・ザ・ライト・シング』が有力とされながら、同じ年に『ドライビングMissデイジー』がアカデミー賞作品賞に輝き、またも『グリーンブック』という、同じく黒人と白人の友情ドラマに敗れた事実は、今回『ブラック・クランズマン』で脚色賞受賞に大喜びしただけに、落胆と怒りも大きかったに違いない。

白人と黒人の絆という、一見、美しいテーマに、なぜリーの怒りがここまで膨らむのか。それに関しては、すでに多くの記事にも出ているとおり、「人種差別をあまりに単純に、しかも白人側の目線で、白人に伝える映画だ」という論調にある。つまり「差別を超えるのは白人側の努力で、黒人を寛容に受け入れることで、その壁を崩す」というもの。相変わらず白人主導のハリウッドを象徴し、それがそのままアカデミー賞のトップに君臨したことに対し、スパイク・リーのアピールを中心にひとつの波紋にもなっている。

1960年代、アメリカ南部を旅する黒人ピアニスト、ドクター・シャーリーと、彼の運転手に雇われたイタリア系のトニー・リップの物語は、日本でもアカデミー賞直後の3月1日に公開され、公開4日間で28万人の動員、3.4億円の興行収入と、アカデミー賞と同時期公開の例では、特大ヒットした『ラ・ラ・ランド』に近い数字を叩き出している。ぴあの映画初日満足度ランキングでも1位と、波紋をよそに日本では好評だ。

来日記者会見でのピーター・ファレリー(撮影/筆者)
来日記者会見でのピーター・ファレリー(撮影/筆者)

監督のピーター・ファレリーがオスカー受賞後に来日し、個別インタビューでは、スパイク・リーらの反論に関して、「ホワイト・スプレイング(白人目線)」「ホワイト・セイヴィア(白人の救世主)」、そして作品の重要なポイントとなる「フライドチキン」という単語に、さすがにナーバスになり、NGワードとなったが、記者会見では、こうした一連の騒動に関して、ピーター・ファレリーは毅然とした表情で答えた。

「作品賞受賞後に、論議を呼ぶ事態になったわけだが、それは自分ではコントロールできることではない。あくまでも投票したのはアカデミー会員の皆さんだ。だから私自身は、あまり気にしていない。ただ、『グリーンブック』は、それまでのトロント国際映画祭の観客賞に始まり、ナショナル・ボード・オブ・レビュー、ゴールデン・グローブ賞、全米製作者組合賞(PGA)など、多くの賞を受賞していたから、なぜ今さら人々がショックに感じるのか。それは意外だったね」

たしかに、もっと早く反論が起こっていても不思議はなかった。アカデミー賞作品賞で、一気に不満が噴出したのだろうか。さらに、1960年代のアメリカ南部での差別の実態を考えると、この作品の描写はソフトすぎるという意見もある(だからこそ、日本人にとっては素直に共感できるのだが)。

「もちろん1960年代のアメリカ南部の状況は理解していて、命を落とすほどの恐ろしい目に遭った人たちがいたことも知っている。だから、そういう批判をする人の気持ちもわかる。ただ、今回の場合は、主人公2人が、旅を通してそこまでシビアな事態に出会っていない。彼らの身に起こったこと、という前提で描いている。差別的な行為や偏見は受けており、そこは取り入れつつ、誇張していないんだ。たとえば消火用のホースで水を浴びさせられるとか、暴力的な行為は彼ら自身が体験していないんだよ」

ドクター・シャーリーの家族が「事実と違う部分がある」と指摘したというが、ファレリーは、あくまでも「彼らの体験がベース」と明言する。そして、今年のアカデミー賞を、こうした人種問題を扱った作品がにぎわせたことについては……

「アフリカ系アメリカ人の作り手による作品が多くなったことは喜ばしい。アジア系の『クレイジー・リッチ!』も印象に残ったしね(プレゼンターなどでキャストが登場)。でも女性監督の作品がもっと入るべきだったと思う。『カペナウム』や『ザ・ライダー』などだ。ただ、少なくともアカデミー会員が多様性にポジティブになったことは喜ばしい』

このように女性監督の問題にも言及する。そして、

私は他の作品が作品賞を受賞していたら、心から祝福していたけどね

と、スパイク・リーの言動に対しては、やんわりと反論した。

人種の描き方、当事者の体験かどうかなど、こうした波紋が起こるのも、アカデミー賞らしいし、作品賞の『グリーンブック』が論議のきっかけになっただけでも意義は大きいと思う。『メリーに首ったけ』の監督がアカデミー賞作品賞に到達するとは、よもや誰も予期しなかっただろうし、ある意味で記憶に残る作品になったわけである。

最後にピーター・ファレリーは、こう締めくくった。

おたがいに話し合うことさえできれば、そこから希望は生まれる。シンプルだが、それこそが『グリーンブック』のメッセージだ

『グリーンブック』に夢中になったという伊藤健太郎と(撮影/筆者)
『グリーンブック』に夢中になったという伊藤健太郎と(撮影/筆者)

『グリーンブック』

全国公開中 配給/ギャガ

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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