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「かあさん誘って観たら大正解」と息子も感激。『ボヘミアン・ラプソディ』広がる熱い支持

斉藤博昭映画ジャーナリスト

「かあさん、一緒に映画に行かない?」

都内に住むYさん(53歳)は、息子(25歳)から、そんな誘いを受けてちょっとだけ驚いた。現在は別々の家で生活しているが、母子の仲は良好で、よく音楽や映画の話もする。それでも息子が映画に誘ってくるのは珍しかった。彼が一緒に映画に行くのは、同年代の友人が多かったからだ。

息子が一緒に観たいと言ったのは『ボヘミアン・ラプソディ』。誘った理由を聞くと「これ、友達と行くより、かあさんと行った方が楽しめそうだから」とのこと。Yさんは年齢的にクイーンの世代であり、映画に引き込まれた。1シャウト聴いただけで、それぞれの曲に入り込んだのはもちろん、息子の隣で観たせいもあって、母親の気分にまでなってボロボロ涙を流していた。そんな母を横目で見て、息子は「“正しい”観客だなぁ」と満足げだったそうだ。

25歳の息子は音楽好きであったものの、クイーンといえば、サッカー観戦での「ウィ・ウィル・ロック・ユー」や「伝説のチャンピオン」を知っていた程度。映画鑑賞後はYさんが興奮気味に話すライヴ・エイド当時の状況に耳を傾け、その日のうちにYouTubeで本映像を観て映画の余韻を楽しみ、それからは何日も日常的にクイーンの音楽を聴き続けているという。ある意味で彼も、映画の「正しい」観客となったわけだ。

『君の名は。』『アナ雪』と重なるヒット曲線

この一例からもわかるように、『ボヘミアン・ラプソディ』は想定外の観客層にも広がり、社会現象になるほどのヒットを記録している。驚くべきは、週ごとに成績がアップしている点だ。

公開2週目の先週末は、初公開週の110%の興収を記録。これだけでも異例だったのに、3週目となる先週末は、さらに2週目の102%と上昇。信じられない右肩上がりである。応援上映などでリピーターも増えるばかりで、前述したとおり、公開時は想定しなかった観客層にもアピールし始めた。公開当初の口コミでは、若い観客の「50〜60代のオジサン、オバサンが映画の後、号泣してて引いた」などというネガティブなコメントもあったが、クイーンを知らない世代にも今作の魅力は素直に拡散しているようだ。同じく音楽映画としての訴求力(これは多くのニュースですでに指摘されている)で、似たような今年のサプライズヒット作に『グレイテスト・ショーマン』があったが、同作ですら初公開週を上回りながらの興行ではなかった。

ちなみにメガヒットとなった作品で、公開2週目が前週を上回った最近のケースには『アナと雪の女王』と『君の名は。』がある。(『アナ雪』は3週目も2週目からアップ)

ここまでのヒットになることは、映画会社も、マスコミも当初は予想していなかった。クイーンのファンは、ある程度、上の世代だし、大ヒットを牽引する若い観客にはフレディ・マーキュリーの名はなじみが薄い。そして大スターが出演しているわけでもない。しかも撮影中に監督が降板させられるなどゴタゴタもあった。しかし、あるターニングポイントがあったという。それは興行側の反応だ。大ヒット確実のシリーズものはともかく、『ボヘミアン・ラプソディ』のような作品は、興行(劇場)サイドの反応などによって、全国のスクリーン数が決まっていく。今作の場合、4月にラスベガスで行われた「シネマコン」というショーケースで一部の映像を観た興行側のリアクションがひじょうに良かったそうで、要するに「これは当たる可能性がある」と判断されたのである。

名曲を次世代に受け継ぐ映画の役割

このような反応もあって、配給を担当する映画会社も大規模な公開に合わせて、早くから予告編を回すなどの対応を試みた。実際にクイーン世代の筆者のまわりでは、映画関係者でもないのに、7月くらいには劇場で予告編を観て異様に期待を高めている声が多く聞かれていた。

加速する盛り上がりを映画会社も実感し、当初、主演のラミ・マレックのみの打診だった来日キャンペーンにも、他のキャストたちが加わった。媒体への露出も一気に増え、公開日を迎えることになったのである。こうして振り返ると『ボヘミアン・ラプソディ』のヒットは、ある程度、想定されていたことでもあり、そこに作品自体の大いなる魅力が重なって、ヒットは「特大ヒット」へと変わったことがわかる。

作品の魅力に関しては、すでに多くの記事にも書かれているとおりで、「クライマックスのライヴ・エイドの異様な興奮」「フレディ・マーキュリーの人生への感情移入」「俳優陣を中心にファンも納得の再現度」「伏線の映画的回収」そこに「ファンなら一言付け加えたい数々の蘊蓄」が加わり、カタルシスを何度でも味わいたい感覚を増長させている。そしてやはり、時を超えて輝きを失わないクイーンの曲が大きく貢献しており、4人のメンバーが曲を作ったことで生まれた、ひとつのバンドとは思えない多様性。そこにYさんの息子のような世代も夢中になったのではないだろうか。

単に過去を懐かしむための作品ではなく、次世代に才能や名曲を受け継いだという意味で、『ボヘミアン・ラプソディ』は意義のある傑作であり、その部分に人々は素直に反応しているのだと強く感じる。

画像

『ボヘミアン・ラプソディ』

全国公開中

配給:20世紀フォックス映画

(c) 2018 Twentieth Century Fox

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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