Yahoo!ニュース

【アカデミー賞ノミネート発表】今年の有力作、共通点はゲイ・キャラクターの重要性か

斉藤博昭映画ジャーナリスト
アカデミー賞で最多ノミネートとなった『シェイプ・オブ・ウォーター』の面々(写真:ロイター/アフロ)

今年は本命不在ーー。

そんな流れでここまできたアカデミー賞レースも、1月23日、ノミネートが発表されてその情勢がはっきりしてきた。

最多となる13部門ノミネートを果たした『シェイプ・オブ・ウォーター』と、ノミネート数こそ7だが、前哨戦で勢いをつけた『スリー・ビルボード』が、最高栄誉の作品賞に最も近い位置にいるのは予想どおり。しかし、今年の作品賞ノミネートでの有力作品をながめると、ある特徴が目立つ。それは、ゲイ・キャラクターの重要性だ。

作品のドラマチックな部分を託される

『シェイプ・オブ・ウォーター』(c) Twentieth Century Fox
『シェイプ・オブ・ウォーター』(c) Twentieth Century Fox

主人公(人間の女性)と、半魚人のような生物との純愛を描く『シェイプ・オブ・ウォーター』では、主人公の良き理解者となる隣人の画家、ジャイルズが、ゲイである。演じたリチャード・ジェンキンスが助演男優賞にノミネートされたことから、このキャラクターがいかに重要で、主人公の運命を後押しすることが想像できるだろう。このジャイルズ自身の愛情の物語が短いながらも描かれ、作品全体のテーマに深く関わっている。ギレルモ・デル・トロ監督が示す、「それぞれにとっての大切な愛」が、このキャラクターに込められた。

『スリー・ビルボード』では、タイトルにもなっている3枚のビルボード(看板広告)に、主人公が警察への不満を書くが、このビルボードを売る広告会社の担当者がゲイである。彼がゲイであることは一見、物語に大きく絡まないのだが、今作でおそらく最も多くの人が感動するシーンを、彼が任されているのだ。そのあたりは『シェイプ・オブ・ウォーター』とも強くリンクする。そして彼によって、ある重要なキャラクターにも性的指向の揺らぎが見え隠れする。

作品賞など主要5部門でノミネートの『レディ・バード』では、主人公の恋の運命を左右するのが、いわゆる“隠れゲイ”のキャラクターである。あまり深刻には描かれないものの、彼の苦悩によって主人公の考え方も柔軟になる。カムアウトによって友情の絆が深まる展開は、よくあるパターンではあるのだが……。『レディ・バード』は小品ながら、前述の2強作品を脅かす位置にいる。

もはやゲイの恋愛であることも忘れさせる?

『君の名前で僕を呼んで』(C) Frenesy, La Cinefacture
『君の名前で僕を呼んで』(C) Frenesy, La Cinefacture

そして極めつけが、作品賞など主要4部門ノミネートの『君の名前で僕を呼んで』で、これは17歳の主人公が同性への恋愛を受け止め、実際にひと夏の初恋の日々を経験する、王道のゲイ・ラブストーリーだ。しかし作品のテイストは、ことさらゲイであることを強調するというより、誰もが感情移入できる普遍的な愛の物語(だからこそ、こうして賞レースでも高評価なのだ)。もはや「ゲイ映画」というジャンルは必要なく、シンプルな「ラブストーリー」と受け止められる。これは時代の変化かもしれない。現段階で『君の名前〜』が作品賞に到達する可能性は少なめ。ちなみに今作で脚色賞にノミネートされたジェームズ・アイヴォリーは、オープンゲイであり、受賞すればアカデミー賞史上最高齢(89歳)の快挙となる。主演のティモシー・シャラメも主演男優賞候補となり、受賞すれば同賞の最年少記録だ。

大穴作品として、『シェイプ・オブ・ウォーター』に次ぐ、8部門ノミネートが『ダンケルク』。他の作品と違って、商業的に大ヒットを記録しており、本命不在の中、作品賞の可能性は十分に秘めている。この『ダンケルク』にゲイ・キャラクターは登場しない(そもそもゲイ云々を言及する状況の作品ではない)が、戦場での男同士の絆にブロマンス的な香りを感じる人もいるかもしれない。

過去の作品賞ノミネートを振り返っても、ここまでゲイ・キャラクターが活躍する作品が際立つ年はなかった。やはり社会的にLGBTQを受け止める空気がどんどん広がっているのか? ではゲイ以外のLBTQは?

トランスジェンダーの作品が外国語映画賞候補に

今年のアカデミー賞では、外国語映画賞候補にトランスジェンダーを主人公にしたチリ映画の『ナチュラルウーマン』が入った。ナイトクラブで歌うウェイトレスの主人公が、さまざまなトラブルに巻き込まれるが、主演を務めた女優もトランスジェンダーである。受賞への期待が高まっている。

『BPM ビート・パー・ミニット』(c) Celine Nieszawer
『BPM ビート・パー・ミニット』(c) Celine Nieszawer

また、今回の外国語映画賞でのノミネートは逃したが、2017年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞し、ロサンゼルスやニューヨークなどの映画批評家協会賞で外国語映画賞を受賞した、フランス映画『BPM ビート・パー・ミニット』も、1990年代のパリで、エイズの治療薬のために闘ったアクティビスト団体、ACT UPを描いた力作。主人公たちのほとんどが、ゲイやレズビアンである。

今年の賞レースでは、このようにLGBTQの要素が色濃く感じられるが、冷静に考えれば社会における日常がそのまま映画になったとも見てとれる。ことさらLGBTQを強調する描き方も、どんどん少なくなっている。何年か経てば、もはや言及されることもなくなるかもしれない。

これからアカデミー賞授賞式にかけて、先に紹介した作品の多くが日本でも劇場公開されていく。映画が反映する「時代の流れ」を、これらの作品からぜひ感じとってほしい。

第90回アカデミー賞授賞式は3月4日(日本時間の5日)。

『スリー・ビルボード』2/1(木)、全国ロードショー

『ナチュラルウーマン』2/24 (土)、シネスイッチ銀座他 全国ロードショー

『シェイプ・オブ・ウォーター』3/1(木)、全国ロードショー

『BPM ビート・パー・ミニット』3/24(土)、 ヒューマントラストシネマ有楽町他 全国ロードショー

『君の名前で僕を呼んで』4/27(金)、TOHOシネマズシャンテ他 全国ロードショー

『レディ・バード』6月、全国ロードショー

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

斉藤博昭の最近の記事