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セクハラ問題、フォックス買収などトピックが重なるゴールデン・グローブ賞結果。このままオスカーへ?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
映画ドラマ部門作品賞受賞を喜ぶ『スリー・ビルボード』の面々(写真:ロイター/アフロ)

第75回ゴールデン・グローブ賞授賞式が1月7日(現地時間)、ロサンゼルスで行われた。映画界最大の祭典、アカデミー賞にとって最も重要な前哨戦であることは、ご存じのとおり。今年は「本命作品不在」といわれるなか、映画部門の作品賞はドラマ部門が『スリー・ビルボード』、ミュージカル/コメディ部門が『レディ・バード(原題)』と、どちらも女性が主人公の作品にもたらされた。『スリー・ビルード』は、娘がレイプされた末に殺された母親の悲壮なまでの行動が展開され、『レディ・バード』は閉塞感を味わう17歳の心情を軽快なタッチで描く。どちらも「抑圧」がキーワードだ。

女性主人公の映画が各部門の頂点に

賞レースの当初、本命作品の一角をなすといわれてきた『ダンケルク』や『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』、さらに賞レースの途中から勢いを見せ始めた『君の名前で僕を呼んで』などは受賞を逃した。『ペンタゴン〜』は男女の主人公がいるが、どちらかと言えば男性寄り。『君の名前〜』は男性同士の恋の物語で、『ダンケルク』に至っては、登場人物のほぼ全員が男性だ。

ハリウッドの作品が男性優位なのは、これまでの作品賞受賞を振り返っても明らかで、ゴールデン・グローブ賞の場合も、女性が主人公の映画となると、ドラマ部門の作品賞は(『バベル』や『つぐない』など両方が主人公というものもあるが)2002年の『めぐりあう時間たち』まで遡る。ミュージカル/コメディ部門も、昨年の『ラ・ラ・ランド』のように両方主人公という作品はいくつかあるものの、単純に女性主人公の作品となると、2006年の『ドリームガールズ』まで遡ってしまう。

アカデミー賞作品賞受賞作の場合、21世紀に入った後だけを振り返ると、女性が主人公の作品といえるのは、2002年の『シカゴ』、2004年の『ミリオンダラー・ベイビー』くらいだ。

『シェイプ・オブ・ウォーター』(c) 2017 Twentieth Century Fox
『シェイプ・オブ・ウォーター』(c) 2017 Twentieth Century Fox

今年のゴールデン・グローブ賞、映画部門の監督賞を受賞したのは、『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル・トロ。この作品も主人公は女性である。人間以外の相手と恋におちる主人公という、ギレルモらしい、しかし賞レースを争う中では異彩を放つ一本だ。今年の賞レースは以前から女性が主人公の映画が強いと言われていたが、今回のゴールデン・グローブの結果がはっきりとその勢いを証明することになった。

2017年、ハリウッドで最大のトピックとなっていたセクハラ問題が、この結果につながったと断じるのは無理があるだろう。この問題が持ち上がらなくても、作品の評価は変わらないからだ。とはいえ、社会的な風潮が賞レースの結果とリンクするのは、単なる偶然ではなく「必然」とも言える。投票者の心に影響を与えるのはもちろん、「そうなるべき」社会の変化が自ずと立ち上がるからだと思う。

賞レースには欠かせない「サーチライト」作品の今後は?

『スリー・ビルボード』(c) 2017 Twentieth Century Fox
『スリー・ビルボード』(c) 2017 Twentieth Century Fox

さらにもうひとつ注目なのは、ドラマ部門作品賞、脚本賞、主演女優賞、助演男優賞を受賞した『スリー・ビルボード』と、監督賞、作曲賞受賞の『シェイプ・オブ・ウォーター』が、ともにFOXサーチライトの作品である点だ。この2作とも、賞レースの当初から本命候補に名を連ねていたので、ゴールデン・グローブ賞の結果に大きな驚きはない。

しかしここにも、ハリウッドの動向とのリンクを感じずにはいられない。昨年末、ディズニーが発表したフォックス買収によって、フォックスの中で、監督の作家性を重視したサーチライトのレーベルも、ディズニーの傘下に入ることになる。この買収の直後、皮肉にもサーチライトの2作がゴールデン・グローブの主役となり、このままアカデミー賞での受賞にも大きく近づくことになった。

ここ数年、ディズニーは大ヒットの可能性が高い作品により力を入れる傾向にあり、サーチライトが製作する、アーティスティック、社会派、作家性の強い作品は対極の存在となる。しかし、サーチライト作からはこのように賞に値する傑作が生まれる可能性が高いので、今後、ディズニーがサーチライト作品とどう向き合っていくのか。ますます興味がわくのである。

セクハラ問題に抗議するゲストが一様に、黒を基調にしたドレス、スーツで出席した今年のゴールデン・グローブ賞。TVドラマ部門の受賞作でも女性を主人公にした作品が目立った。偶然とはいえ、偶然では片付けられない、何か大きなうねりを感じさせる。

過去10年、ゴールデン・グローブ賞作品賞を受賞した作品で、そのままアカデミー賞でも作品賞に輝いたのは、5作である。前哨戦とはいえ、意外に一致していない。本命不在だけに、アカデミー賞ではさらに波乱な結果となるかもしれない。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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