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東京国際映画祭でも観客が恍惚…。衝撃作『スリー・ビルボード』がめざすアカデミー賞への道

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(c) 2017 Twentieth Century Fox

ハーヴェイ・ワインスタイン、ケヴィン・スペイシー、ブレッド・ラトナーと、ここへきてセクシャル・ハラスメントが次々と取りざたされるハリウッドだが、11月に入り、そろそろ年末へ向けた映画賞レースも熱気を帯びてくる。

最終ゴールはアカデミー賞。昨年は最高の栄誉である作品賞を、『ラ・ラ・ランド』との激しい争いの末に『ムーンライト』が制したが、そこには前年までの「白すぎるオスカー」への反発、すなわち作品自体への評価プラス、世相が反映されたのは言うまでもない。今年も引き続き、トランプ政権へのアンチテーゼ、人種間のさまざまな問題は賞レースの重要トピックになるはずだし、そこに社会におけるハラスメントも加わってくるかもしれない。そうしたテーマをうまく盛り込んでこそ、その時代を反映した傑作につながるわけなのだから。

徐々に見えてきた今年の作品賞レース

現在のところ、数々の予想サイトで作品賞のフロントランナーに挙がっているのが、『ダンケルク』、ギレルモ・デル・トロ監督が人間と半魚人の純愛を描いた『シェイプ・オブ・ウォーター』、17歳の青年と父親の男性の友人の恋愛を描く『Call Me by Your Name』、ウィンストン・チャーチルが主人公の『Darkest Hour』、さらに『ブレードランナー 2049』、まだ完成作が公式に観られていないスティーヴン・スピルバーグ監督がジャーナリストの苦闘を描く『The Post』などもあるが、その中で注目しておきたいのが『スリー・ビルボード』。前述の、現在話題のトピックとも関連するテーマが浮かんでくる作品なのである。

『スリー・ビルボード』はアカデミー賞を占うトロント国際映画祭観客賞を、『シェイプ・オブ・ウォーター』を破って受賞している。この賞を受賞すると、昨年の『ラ・ラ・ランド』を含めて過去10年で8作がそのままアカデミー賞作品賞にノミネート(うち3作は作品賞受賞)されるという高確率。というわけで、『スリー・ビルボード』もノミネートはほぼ確定的。全米では今週末から劇場公開なので、その反響や数字によって、作品賞の本命への足がかりを作れるか。

その全米公開を前に、東京国際映画祭で『スリー・ビルボード』が上映された。公式では日本で初のお披露目となる。どんな仕上がりだったのか……。

衝撃的物語なのに、東京国際でも笑いと拍手が

タイトルの『スリー・ビルボード』とは、道路の横に立てられた大きな看板広告である。アメリカの広い道路脇でよく目にするやつ。それが3枚という意味だが、娘がレイプされたうえに殺害された主人公の母親が、遅々として進まない捜査に苛立ち、3枚のビルボードに警察を批判する広告を載せる……という物語。

※以下、ネタバレはありません。

もちろん、それをよく思わないのは警察側。何やら嫌なことが起こりそうな設定だが、ここから物語は意外な加速力で、ジェットコースターのごとく思わぬ方向へと転がり込んでいく。一見、無謀な展開でもあるのだが、この映画の場合、そこが無謀に感じられない語り口の巧さがあり、有無を言わさず観客を飲み込んでいく印象なのだ。

というわけで、これは是非ともまっさらな気持ちで接すべき映画。

そして重要なのは、物語にさまざまなテーマが織り込まれているところだ。

後悔と償い、そして相手を赦すこと

生と死を分ける境界。生きることの意味

あまりに強い人間の信念

そして……

人種間の問題

自分とは異なる意見の者への強烈なバッシング

強き者からの弱き者への、いわれなきハラスメント

まさしく2017年の賞レースにふさわしいテーマが、あちこちに見出せるのだ。そして、そんなテーマで頭でっかちになる作品ではなく、シンプルにサスペンス、人間ドラマ、そしてエンタメとして楽しませる。

ちょっと恐ろしい話なのだが、会話の内容や、それぞれのやりとりは、まるでコメディ! 信じられないほど笑えるのも『スリー・ビルボード』が観客を魅了する理由だと思う。実際に東京国際の上映時もあちこちで笑いが起きていた。そして上映後には大きな拍手も……。

主人公である母親を演じたフランシス・マクドーマンドは、『ファーゴ』に続いて2度目のアカデミー賞主演女優賞を狙う。ノミネートは確実で、受賞の可能性も大きいが、今年は『シェイプ・オブ・ウォーター』のサリー・ホーキンスや、男女間のテニスの試合を描いた実話『Battle of the Sexes』でキング夫人を演じたエマ・ストーン(昨年に続いて!)など強力なライバルも多い。

そして警察署員を演じたサム・ロックウェルも助演男優賞の可能性がある。こちらもウィレム・デフォーなど有力候補も多いので、作品への評価が運命を分けそう。

もちろんこの後も、先のスピルバーグ作品や、『ラ・ラ・ランド』の作曲家コンビの新作ミュージカル『グレイテスト・ショーマン』など多くの話題作が出てくる。またしばらく賞レースの話題は賑やかになるわけだが、その中で『スリー・ビルボード』は、この仕上がりであれば絶対に生き残っていく。それだけは確信した。

『スリー・ビルボード』は日本では、2018年2月1日よりロードショー

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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