ディズニーのフォックス買収は、日本の映画ファンには吉報? 悲報?
まさか、『スター・ウォーズ』新作の公開と同じ時期に、正式発表がなされるとは……。
米ウォルト・ディズニー・カンパニーが、21世紀フォックスを買収することが決まった。2012年、ディズニーがルーカスフィルムを買収し、『スター・ウォーズ』の新3部作の配給が20世紀フォックス映画(映画部門の名称は現在も「20世紀」)からディズニーに移ったのも記憶に新しい。今回はハリウッドの勢力図が、さらに大きく変わることになる。
ディズニーは2006年にピクサー、2009年にマーヴェル・スタジオを、そして2012年にルーカスフィルムを傘下に入れたわけだが、その3社は映画の製作スタジオで、配給は他のメジャースタジオが担当していた。しかし20世紀フォックスの場合は、製作・配給も手がける、ディズニーと同じレベルのスタジオである。ワーナー・ブラザースも2008年、ニュー・ラインを買収したが、ニュー・ラインとフォックスではその規模が違う。今回の買収劇のインパクトは大きい。
2大スタジオがひとつになるということは…
現在、ハリウッドには6つのメジャースタジオがあり(ディズニー、フォックス、ワーナー、ソニー、ユニバーサル、パラマウント)、この6社が配給する作品が、ここ10年以上、北米の興行収入のほぼ8割を占めている。
Box Office Mojoから2016年の例を挙げると、そのシェアは……
1位:ディズニー 26.3%
2位:ワーナー 16.7%
3位:フォックス 12.9%
4位:ユニバーサル 12.4%
5位:ソニー 8.0%
6位:パラマウント 7.7%
6社の合計で84%に達する。単純にこの年のディズニーとフォックスの数字を合わせると、39.2%となる。
フォックスの株価が下がっていたことで、たしかに今回のような受け皿は必要だったが、「ディズニー、何もそこまで……」という声も多い。この買収の意図はすでにさまざまなニュースで報じられているとおりだ。では『アバター』の続編をはじめ、20世紀フォックス映画が現在、製作を進めている映画は、どのように配給されるのか。さらに今後、フォックスが新作をどれだけ作り続けられるのか。そもそもフォックスという名前は残るのか……。これらは正式には発表されていないが、今後のフォックス作品の世界配給業務が、ディズニーに移るのは間違いなさそう。20世紀フォックス映画、日本支社のスタッフによると「とりあえず、あと1年は現状のまま」とのことで、つまり1年後くらいにスタジオの大変革が起こることになりそうだ。
では、日本の映画ファンに、この買収はどんな影響をもたらすのか。
2016年、日本における洋画配給会社の興収総額ランクは次のとおり。()内は公開本数。
1位 ディズニー 337億円(10本)
2位:ワーナー 217億円(24本、うち邦画8本)
3位:フォックス 111億円(8本)
4位:東宝東和/東和ピクチャーズ※ 100億円(16本)
5位:ソニー 68億円(18本)
※東宝東和はユニバーサル、子会社の東和〜はパラマウント作品の日本配給。
この年、ディズニーは『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』や『ズートピア』、フォックスは『オデッセイ』や『デッドプール』などをヒットさせた。2017年の総計数字はまだ出ていないが、ディズニーは『美女と野獣』、『パイレーツ・オブ・カリビアン』の新作などで相変わらず絶好調。フォックスは『エイリアン』『猿の惑星』の新作などがあったが、特大ヒットには恵まれていない。両社ともに2017年の公開本数は8本。
フォックスの製作本数は確実に少なくなる
近年、洋画の配給会社は日本での公開作品を絞るようになり、「当たらなそうな作品は公開しない」という傾向が加速している。今後もし、ディズニーがフォックス作品の配給を手がけるとしたら、配給部門の規模は大きくなるにしても、2017年を例にとって、2社合計の16本を公開するのは現実的に難しそうだ。これはアメリカ本国にも当てはまり、今回の買収で今後のフォックスの製作本数は激減するのが確実になっている。
映画が商売とはいえ、このあたりは映画ファンにとっては寂しいニュースになるだろう。2016年、パラマウントが日本支社を閉鎖し、同社の作品は東和ピクチャーズが受け継いだが、公開作品は激減してしまった。
もちろんディズニーとフォックスがひとつになることで、映画ファンが喜ぶプロジェクトも可能になるのは周知のとおり。これまでフォックスが権利を有していた『X-MEN』『デッドプール』『ファンタスティック・フォー』のマーヴェル作品を、ディズニーの『アベンジャーズ』側に容易にシンクロさせられる。『スター・ウォーズ』の新3部作の冒頭で、20世紀フォックスのファンファーレが復活するかも……なんて、ファンの勝手な思い込みもある。
気がかりなのは、公開作品が絞られることで、フォックスのアート系作品への影響だ。フォックスは「サーチライト」という、低予算ながら作家性を重視するレーベルがある。今年のアカデミー賞レースも、サーチライト作品の、ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』や、マーティン・マクドナー監督の『スリー・ビルボード』が席巻しており、これまでも『ブラック・スワン』や『(500)日のサマー』、アカデミー賞作品賞に輝いた『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』や『スラムドッグ$ミリオネア』(日本はギャガ配給)など、サーチライトは野心的な作品を送り出してきた。映画ファンにとっては重要なレーベルである。
このサーチライトもディズニーの傘下に入るわけで、経営重視ではリスクの高い作品に対し、やはり何らかの制限ができてしまうのか。どこまで自由に作らせてもらえるのか、不安がつきまとう。サーチライトではなくてもフォックスは、やはり今年の賞レースに絡むスティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(日本は東宝東和配給)、近い例では『レヴェナント:蘇えりし者』といった骨太な作品も精力的に作ってきた。近年のディズニー配給作品を眺めると、こうした作品は稀であり、やはり減少する傾向は止められないのか……。
時代の流れとはいえ、映画ファンには寂しい
ディズニーのCEOが宣言した、『デッドプール』のR指定のキープや、大ヒットが望める『アバター』続編など、フランチャイズ作品は「変わらない」部分も多いだろうが、それによって割を食う作品が出てくる予感が漂う。クイーンのフレディ・マーキュリーの半生を描く『ボヘミアン・ラプソディー(原題)』や、エルキュール・ポアロの第2弾『ナイルに死す(原題)』あたりの中規模作品の扱いは気になるばかり。
『スター・ウォーズ』『タイタニック』『サウンド・オブ・ミュージック』『エイリアン』『猿の惑星』『明日に向って撃て!』『ダイ・ハード』『イヴの総て』……。
「映画遺産」にふさわしい名作を残してきた20世紀フォックス映画が、ディズニーの下でどう存続するのか。どうか、どうか、映画ファンをがっかりさせない未来が待っていることを祈るばかりである。