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難病ALSと闘う元アメフトスターが、幼い息子に残すドキュメンタリー公開。なぜこんなにも感動させるのか

斉藤博昭映画ジャーナリスト

現実に起こっていることを、映像にして伝えるドキュメンタリー。映画のひとつのジャンルとして、つねにどこかの劇場でドキュメンタリー映画は上映されているが、扱うテーマは多種多様なので、観客を限定してしまう作品も多い。

しかし年に何本か、あらゆる人を作品世界に否応なく引き込んでしまうドキュメンタリーが公開される。普遍的なテーマと言っていいだろうか。

2017年の公開作で、そんな条件を軽々とクリアするのが『ギフト 僕がきみに残せるもの』(8/19公開)だと断言したい。ドキュメンタリー、とくに人間をフォーカスした作品にどれだけ感情移入できるか? それは対象となる人間の気持ちに寄り添えるかどうかに係っている。

この『ギフト〜』の主人公は、アメリカン・フットボールの最高峰、NFLの元スター選手、スティーヴ・グリーソン。現役を引退した後、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を宣告された彼のその後を追っていくのだが、映画が作られたきっかけもスティーヴ自身。発症と同じ時期に妻の妊娠を知った彼が、生まれてくる我が子に自分の姿、言動を残してやろうと、手持ちカメラでビデオダイアリーを撮り始めたのだ。それを知ったドキュメンタリー作家が、一本の映画に発展させようとした……という経緯。被写体であるスティーヴ本人のアイデアが発端なので、彼自身もスタッフのような目線になっている。そして「我が子のために」という当初の目標が、ドキュメンタリーとしてALSの実情を広く世に知らしめたいという動機へと変化していく。その結果、魂の込もった作品が導かれたのではないか。

刻一刻と進行するALSの症状

発症後の余命は2〜5年といわれているALS。最初は軽い異変だったスティーヴの肉体が、どんどん機能を失っていく。その生々しい過程を、カメラは目を背けることなく直視する。ここが第1の胸に迫るポイント。

指先が動かなくなる。言葉が話せなくなる。歩行は不可能になる。喉に詰まった痰を吐き出せなくなる。その一瞬、一瞬が痛々しいばかりだが、自力で排泄もできなくなったスティーヴの苦悶も、この映画は見つめる。病気を扱ったドキュメンタリーは過去にもいろいろあったが、ここまで“失われていく日常”を細かく追った作品は珍しい。

当然ながら、スティーヴの妻や周囲の人たちの献身も紹介される。しかし熱心なキリスト教信者の父親は、スティーヴの回復を教会に頼ったり、あるいはかなり無神経な発言をしたりと、まわりがすべて良き理解者でないことにも本作は目を背けない。そこがリアルであり、その父親との関係が修復されていくドラマは、スティーヴが自分の息子にビデオメッセージを残すように、もうひとつの「父子」のドラマとして観る者の心を静かにざわめかせる。

かつての栄光と現在の自分のギャップ

セインツの本拠地スーパードームで歓声に応える姿が胸を締めつける
セインツの本拠地スーパードームで歓声に応える姿が胸を締めつける

そして第2のポイントは、本来の自分とのギャップを受け入れられない精神的苦痛。ニューオーリンズ・セインツの選手だったスティーヴは、同地がハリケーン「カトリーナ」に襲われた後、初めてホームゲームを開催した際、劇的な勝利をもたらした殊勲選手。まさに地元のヒーローだった。そんな彼がALSの進行によって、過去の自分と大きく異なる生活を強いられる。もちろん彼が元スター選手であったから、支援が広がり、この映画が完成したという側面もあるだろう。「有名人だから」脚光を浴びる点も否めない。しかし、スター選手だった時代とのギャップは、つねにスティーヴを苦しませる。かつて活躍したスタジアムの観衆に、やせ細った姿を見せる場面などはとても切なく、その内面の葛藤に感情移入してしまう人も多いはず。

しかし作品全体を覆うのは、どこか楽天的で明るいムード。ひたすらシビアな現実を観せられ続けるわけでもない。

大切な誰かに伝えたい思い

スティーヴが、大ファンであるパール・ジャムのエディ・ヴェダーを「取材」する場面も
スティーヴが、大ファンであるパール・ジャムのエディ・ヴェダーを「取材」する場面も

最後に、第3のポイント。それは「誰かに何かを残したい」という人間の本能だ。この作品ではスティーヴが息子に自分の映像を残す設定だが、作品に向き合う観客に「大切な誰かに何か伝えたい」という気持ちを共有させる。親子関係に限らず、パートナー同士、親友同士など、それぞれ観た人が大切な誰かを頭に思い描いてしまう。本能が刺激され、そんな瞬間が何度も訪れる。愛する誰かが、もしかしたら明日はいなくなってしまうかもしれない。伝えたい思いは、今この瞬間、表現するべきかもしれない……と。

妻ミシェルの苦労や、24時間の介護に高額な費用がかかるというALSの現実もしっかり見据えながら、人間の愛と尊厳、葛藤と本能まで描ききった『ギフト 僕がきみに残せるもの』。ドキュメンタリーとして過不足なく、ソツのない仕上がりが逆に凡庸に感じられるかもしれないが、内容やテーマは清々しいほどストレートに伝わってくる。ふだん映画館でドキュメンタリー作品を観ない人にこそ、ぜひ体験してもらいたい。それほどまでにメジャーな観客に受け入れられる逸品である。

画像

『ギフト 僕がきみに残せるもの』

8月19日(土)より、ヒューマントラスト有楽町&渋谷ほかにて全国順次ロードショー

配給:トランスフォーマー

(c) 2016 Dear Rivers, LCC

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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