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機動式弾道ミサイルと極超音速滑空ミサイル

JSF軍事/生き物ライター
米国サンディア国立研究所より米陸軍の極超音速兵器AHW。C-HGBの前身

 北朝鮮が昨年から発射実験を行っているプルアップや滑空など複雑な動きが行える弾道ミサイルがあります。ロシア製のイスカンデル弾道ミサイルと酷似したそれは、一般にはあまり知られていなかった機動変更が可能な弾道ミサイルですが、実は最近急に登場した技術ではありません。その技術源流は古く第二次世界大戦でドイツにはもう計画案として存在し、戦争終結後にアメリカとソ連で実験が繰り返され、既に各国で広く実用化されていたものなのです。

  • 機動式弾道ミサイル・・・大気圏再突入後の滑空機動が可能。分離弾頭式のものはMaRV(機動再突入体)と呼ばれる
  • 極超音速滑空ミサイル・・・弾頭形状はMaRVのような円錐形ではなく高い揚力を発生させるリフティングボディで滑空能力が大幅に向上

 弾道ミサイルは推進剤を発射直後に使い切って後は惰性で放物線を描きながら飛んで行きます。進路の設定も加速中に済ませてしまうので、ミサイルというよりは大砲の砲弾に近い飛び方をします。

機動式弾道ミサイル

 機動式弾道ミサイルは途中までは通常の弾道ミサイルと同じですが、後半から空力操舵を行いプルアップや滑空などの機動変更を可能にします。

日本防衛省「北朝鮮による核・弾道ミサイル開発について」よりイスカンデル飛翔経路
日本防衛省「北朝鮮による核・弾道ミサイル開発について」よりイスカンデル飛翔経路

極超音速滑空ミサイル

 極超音速滑空ミサイルは弾頭がリフティングボディ(揚力を大きく生み出す胴体形状)なのでより本格的な滑空を行えるので、機動式弾道ミサイルよりも滑空飛行を長く保ち続けることができます。滑空飛行を行う場合、上昇したり下降したりを何度も繰り返す飛び方もできます。

米国サンディア国立研究所の極超音速滑空ミサイルの飛行概念図
米国サンディア国立研究所の極超音速滑空ミサイルの飛行概念図

 この両者は加速時に弾道ミサイルをブースターとして使用する点は同じですが分類上の厳密な区分け方の定義は無いので、機動式弾道ミサイルが極超音速滑空ミサイルを名乗っている場合もあります。(アメリカ軍の共通極超音速滑空体「C-HGB」は実質的にMaRV)

1945年~ロケット滑空有人爆撃機「ジルバーフォーゲル」~

Wikipediaよりゼンガー計画「ジルバーフォーゲル」
Wikipediaよりゼンガー計画「ジルバーフォーゲル」

 第二次世界大戦、ドイツのV2弾道ミサイルが史上初の実用化された弾道ミサイルです。そしてドイツでは同じ頃にオイゲン・ゼンガー博士が「ジルバーフォーゲル」と呼ばれる有人ロケット滑空機を計画していました。

 ジルバーフォーゲルはロケットで加速し成層圏の上層部をプルアップと滑空を繰り返しながら飛んで行く有人グライダーで、極超音速(マッハ5)には達しないものの後の極超音速滑空ミサイルの飛び方と非常によく似ています。戦争終結後、アメリカとソ連はこれらの技術を持ち帰りました。75年前のこの時に既に技術開発競争は始まっていたのです。

1945年~A-4b有翼弾道ミサイル~

アメリカ国立航空宇宙博物館の所有写真よりドイツ軍のA-4b有翼弾道ミサイル
アメリカ国立航空宇宙博物館の所有写真よりドイツ軍のA-4b有翼弾道ミサイル

 またV2弾道ミサイル(開発計画名A-4)には派生型「A-4b」という大きな主翼が追加された改良型があり、試射までは行われています。これは簡易な構造ですが、機動式弾道ミサイルや極超音速滑空ミサイルの初期のものと言えるでしょう。

1959年~空力弾道ウェポンシステム199D「アルファドラコ」~

アメリカ空軍よりアルファドラコ
アメリカ空軍よりアルファドラコ

 アメリカ空軍が1959年に実験を行った武器システム199D「アルファドラコ」は弾体形状だけを見れば普通の二段式の弾道ミサイルですが、弾頭部分の4個の全遊動式操舵翼は円錐形のコーンを半分に割った形状の特殊な部品となっています。このアルファドラコは純粋な弾道飛行を行わず滑空を行う飛翔体でした。マッハ5の極超音速を発揮し、後の機動式弾道ミサイルや極超音速滑空ミサイルの先駆けとも言える存在です。

 開発を担当したマクドネル社はアルファドラコの飛び方に対して「Aeroballistic」という新たな造語を命名しました。エアロバリスティック、日本語への定訳はありませんが航空弾道あるいは空力弾道で、弾道飛行と滑空飛行を合わせた意味合いになるのでしょう。

 このアルファドラコ以外にもアメリカとソ連は滑空再突入体の各種実験を行い続けました。純粋な弾道ミサイルの弾道飛行からは外れて動き続けるエアロバリスティックは、誘導能力が高くないとまともな命中精度が出せません。飛行速度を遅くすれば誘導制御は容易になりますが撃墜されやすくなるので、高速を維持したまま誘導制御する技術の向上が必要でした。

1984年~MaRV付き機動式中距離弾道ミサイル「パーシング2」~

米陸軍よりパーシング2のMaRV(機動再突入体)
米陸軍よりパーシング2のMaRV(機動再突入体)

 アメリカ陸軍の機動式弾道ミサイル「パーシング2」の開発はマーティン・マリエッタ社によって1973年から始まり、1984年に実戦配備が始まりました。パーシング2は二段式固体燃料ロケットモーター+分離弾頭という構成の中距離弾道ミサイルであり、その弾頭はプルアップと滑空が可能なMaRV(機動再突入体)です。

米陸軍よりパーシング2武器システムのマニュアル解説図
米陸軍よりパーシング2武器システムのマニュアル解説図

 マクドネル社のアルファドラコ以降、サンディア国立研究所のSWERVE(サンディア有翼エネルギー再突入機実験)などの実験成果を反映したこれが、世界初の実用的な機動式弾道ミサイルです。ドイツから基本的なアイデアを回収してアメリカが独自に発展させて開発を続けて、40年近く経過していました。

1991年~機動式短距離弾道ミサイル「ATACMS」と「イスカンデル」~

 しかし1987年に発効した中距離ミサイルを制限するINF条約によってパーシング2は廃棄されました。INF条約の枠外となる大陸間弾道ミサイル用のMaRVはアメリカもソ連も実験を続けていましたが、お互いにABM(核弾頭を用いた弾道ミサイル迎撃システム)を拡張しなかったことで必要性が薄れて、戦略核兵器の無用な軍拡を避けるために双方が実装を自粛しています。

ATACMS(左)とイスカンデル(右)の比較
ATACMS(左)とイスカンデル(右)の比較

 そこで両者はINF条約の枠外となる射程500km未満の短距離弾道ミサイルで機動式のものを開発することを決めました。これがアメリカのATACMSとソ連/ロシアのイスカンデルです。

 両者は似たような時期から開発が始まりATACMSは1991年に実戦配備され、イスカンデルはソ連崩壊の影響で配備が遅れて2006年に実戦配備されています。

 ATACMSとイスカンデルは大きさが異なり射程は違いますが、機動式短距離弾道ミサイルであるという点では同じ種類の存在です。そしてイスカンデルの形状は後端のフレアスカートが無い点を除けば、パーシング2のMaRVとよく似ていました。

その他の国々

 INF条約に縛られていないアメリカとロシア以外の国々は、上述の様な複雑な条約上の制限や自主規制は行わずに弾道ミサイルを開発しています。機動式弾道ミサイルについても開発と配備を行い、中国、インド、イラン、韓国、北朝鮮、ウクライナなど、弾道ミサイルを国産開発可能なほとんどの国は機動式弾道ミサイルを開発しており、中国に至っては極超音速滑空ミサイル「DF-17」まで開発しました。そしてDF-17以外の各国の機動式弾道ミサイルは、パーシング2、ATACMS、イスカンデルの何れかの影響が色濃い設計であり、参考にされていると思われます。

DF-17極超音速滑空ミサイル(中国)

DF-17極超音速滑空ミサイルの滑空弾頭部分
DF-17極超音速滑空ミサイルの滑空弾頭部分

※2021年9月30日追記:北朝鮮が2021年9月28日に極超音速滑空ミサイル「火星8」を発射試験。

2002年~ABM条約の破棄と極超音速滑空ミサイル「アヴァンガルト」~

 アメリカは2002年にABM条約を脱退しました。ABM条約とは核弾頭を用いた弾道ミサイル迎撃システムの配備数を制限するもので、通常弾頭を用いるMD(ミサイル防衛)よりも前の概念です。1997年にアメリカとロシアはこのABM条約を改定し、MDの配備を能力に制限を設けつつ解禁することに合意していました。ところが北朝鮮が大陸間弾道ミサイルを開発する動きが確実視され、アメリカは本土防衛用迎撃ミサイル「GBI」を配備しなければならなくなり、ABM条約そのものを葬り去ることにしたのです。

1997年に米露が合意していた弾道ミサイル防衛

 この動きに対するロシアの回答が大陸間弾道ミサイルと同等の射程を持つ極超音速滑空ミサイル「アヴァンガルト」の開発再開でした。冷戦時代から研究を続けていた極超音速滑空ミサイルはABM条約との兼ね合いで配備を自主規制していましたが、ABM条約が無くなってしまったので再始動することになったのです。こうして極超音速滑空ミサイル「アヴァンガルト」は2019年末に初めて実戦配備されました。

MD突破可能、ロシア軍の極超音速滑空兵器「アヴァンガールト」

ロシア国防省発表映像よりアヴァンガルト滑空翼体のイメージCG
ロシア国防省発表映像よりアヴァンガルト滑空翼体のイメージCG

2019年~INF条約破棄と極超音速共通滑空翼体「C-HGB」~

 アメリカは地上発射中距離ミサイルを制限するINF条約を脱退し、2019年に効力が停止しました。これはロシアが先にINF条約違反のSSC-8巡航ミサイルを配備したことが発端です。アメリカは2019年に地上発射中距離巡航ミサイルと地上発射中距離弾道ミサイルの試験を行い、2020年3月19日に共通極超音速滑空体「C-HGB」の飛行試験を行いました。C-HGBは陸軍の中距離ミサイル「LRHW」と海軍の中距離ミサイル「CPS」に搭載される弾頭部分です。

アメリカ軍が極超音速滑空体C-HGBの飛行試験に成功

 C-HGBは極超音速滑空体を名乗っていますが形状は円錐形の弾頭であり機動式弾道ミサイルのMaRV(機動再突入体)と捉えるのが正しいでしょう。過去にサンディア国立研究所が研究開発していたSWERVEやAHWに形状が酷似しており、C-HGBの開発もサンディア国立研究所が担当しているので同じ系統の改良型と考えられます。

パーシング2のMaRVとC-HGB
パーシング2のMaRVとC-HGB

 C-HGBを搭載したLRHWは能力的にパーシング2中距離弾道ミサイルの再来のようなものだと言えます。違うのは核弾頭が搭載されていない点です。

各国の機動式弾道ミサイルと極超音速滑空ミサイルなどの動向

  • アメリカ・・・中距離弾道ミサイルに機動再突入体「C-HGB」を搭載した陸軍の「LRHW」と海軍の「CPS」、空軍は先進的なリフティングボディの滑空弾頭を持つ中距離空中発射式極超音速滑空ミサイルAGM-183A 「ARRW」を開発中。INF条約破棄以前は大陸間弾道ミサイル相当の射程を持つ兵器を計画していたが、INF条約破棄後は軒並み中距離ミサイルに計画をシフト。
  • ロシア・・・大陸間弾道ミサイル相当の射程を持つ極超音速滑空ミサイル「アヴァンガルト」を配備開始。機動式短距離弾道ミサイル「イスカンデル」を空中発射式にして射程を中距離に延伸した「キンジャール」を配備開始。中距離の極超音速巡航ミサイル「ツィルコン」を開発中。
  • 中国・・・中距離弾道ミサイル相当の射程を持つ極超音速滑空ミサイル「DF-17」を配備開始。短距離~中距離の機動式弾道ミサイルは各種配備済み。長距離のものは計画が伝えられていない。これはおそらく迂闊に作るとアメリカとロシアから軍縮条約への参加を促されかねない為。
  • 北朝鮮・・・機動式短距離弾道ミサイル「イスカンデル」「ATACMS」の北朝鮮版を開発。ただし北朝鮮版ATACMSは本家アメリカ版ATACMSのコピー品ではなく北朝鮮版イスカンデルの派生型である可能性が高い。中距離以上の弾道ミサイルに機動再突入体が搭載された新型が開発されている形跡はまだ無い。

※2021年1月9日追記:北朝鮮が党大会でMIRVと極超音速滑空ミサイルの開発計画を発表。

※2021年1月15日追記:北朝鮮が1月14日実施のパレードで5軸10輪の車両式の新型弾道ミサイルを公開。準中距離の可能性。→後に2.5トン弾頭の短距離と判明。拡大型イスカンデル。

※2021年9月30日追記:北朝鮮が極超音速滑空ミサイル「火星8」を発射試験

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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