北朝鮮は9月28日早朝にミサイル1発を発射しました。韓国軍の観測では28日の午前6時40分ごろに北朝鮮の北部の内陸にある慈江道前川郡舞坪里の付近から発射され日本海に着弾。飛距離は200kmに届かず最大高度は30kmで、過去に発射されたものと比べると飛距離と高度はKN-25超大型ロケット弾が一番近かったのですが、KN-25では不可能な機動を行っていたのが確認されており、何らかの新型ミサイルと推定されていました。

 そして翌9月29日、北朝鮮は「新しく開発した極超音速ミサイル”火星8”の試験発射を行った」と発表しました。驚くべきことにそれは滑空弾頭を持つ極超音速兵器でした。発射場所は慈江道龍林郡都陽里(자강도 룡림군 도양리)とされています。着弾場所は日本海といっても北朝鮮沿岸で、今回は何時もミサイル演習の標的に使っている無人島は使用していないようです。

 今回は金正恩総書記の視察は行われておらず、視察を行ったのは朴正天書記でした。

Google地図を元に筆者が作図。都陽里(도양리)から半径200kmの円
Google地図を元に筆者が作図。都陽里(도양리)から半径200kmの円

 北朝鮮が2021年1月9日に発表した党大会報告で言及した開発中の新型兵器群の中に、確かに極超音速滑空兵器の名前はありました。それがもう発射試験を行うに至ったのです。

北朝鮮の党大会で発表された新型兵器開発計画。MIRV、極超音速滑空兵器、原子力潜水艦(2021年1月9日)

 滑空ミサイルは弾道ミサイルと比べて飛行制御が難しく、速度が速く射程が長いほど開発が難しくなります。現時点では火星8は射程200kmに届かないのでまだ日本にとっては脅威ではありませんが、北朝鮮は先ずは制御しやすい射程が短く速度が遅いものから技術を獲得して、将来的には長射程化を目指すことになるでしょう。長射程型の滑空ミサイルが登場した際には弾道ミサイル防衛システムの大気圏外迎撃ミサイルのSM-3とGBIが無力化されることになります。

  • 大気圏外迎撃ミサイル・・・SM-3、GBI、THAAD※
  • 大気圏内迎撃ミサイル・・・PAC-3、SM-6

※THAADは限定的に滑空ミサイルの飛行高度に対応可能。PAC-3とSM-6は滑空ミサイルの最終突入段階なら対応可能。

 アメリカは現在、対中国を想定して新しい極超音速兵器迎撃ミサイルを開発中ですが、北朝鮮までもが極超音速兵器を手にするとなるならば、新型迎撃ミサイルの開発は急務になります。盾と矛の競争は暫く続くことになるのか、あるいは永遠に競争し続けることになるのでしょう。

極超音速滑空ミサイル「火星8」の技術的考察

北朝鮮KCNA2021年9月29日発表の極超音速兵器「火星8」。注意書きは筆者が追記
北朝鮮KCNA2021年9月29日発表の極超音速兵器「火星8」。注意書きは筆者が追記

北朝鮮KCNA2021年9月29日発表の極超音速兵器「火星8」。橙色の煙は液体燃料の特有
北朝鮮KCNA2021年9月29日発表の極超音速兵器「火星8」。橙色の煙は液体燃料の特有

北朝鮮KCNA2021年9月29日発表の極超音速兵器「火星8」。下は明度を変更したもの
北朝鮮KCNA2021年9月29日発表の極超音速兵器「火星8」。下は明度を変更したもの

北朝鮮KCNA2021年9月29日発表の極超音速兵器「火星8」。滑空弾頭部を拡大
北朝鮮KCNA2021年9月29日発表の極超音速兵器「火星8」。滑空弾頭部を拡大

 滑空ミサイルは弾道ミサイルの弾頭部分を滑空弾頭に取り換えた構造になります。火星8は滑空弾頭に操舵翼が装備されていることが公開写真から分かります。おそらくブースターは一段分のみで、燃焼を終えたら滑空弾頭を切り離します。

 ブースターの噴射炎の様子と煙の色からヒドラジン系の液体燃料と推定できます。主ロケットエンジンの噴射の他に姿勢制御用の細いバーニアの噴射も確認できます。つまりこれはスカッド系の液体燃料ロケットエンジンではありません。わざわざ新型の液体燃料ロケットエンジンを用意したことになります。バーニアで姿勢制御する液体燃料ロケットエンジンのミサイルは北朝鮮ではムスダンや火星12、火星14以降で採用されているので、それらの技術が元になっている筈です。

 北朝鮮は既にイスカンデル型や北極星SLBMで固体燃料の弾道ミサイルを開発済みなのに、新たに液体燃料ロケットを採用したのは何故なのでしょうか? 滑空ミサイルの制御で重要になるのは滑空弾頭の空力制御であり、ブースターとなるロケット部分はそれほど拘る部分ではありません。

 これがもしスカッドなど古い機種のミサイルをブースターに転用したのなら、滑空弾頭の試験でありブースターは実戦型ではないと推定できるのですが、ブースターはおそらく新設計です。また既に「火星8」という正式名が与えられており、これは火星7(ノドン準中距離弾道ミサイル)に続く番号です。つまり実戦配備する予定の新型ミサイルであると受け取れます。

 北朝鮮の弾道ミサイルは現在、短距離~準中距離を固体燃料の新型に更新中で、中距離~長距離は液体燃料の新型を登場させています。中長距離用の固体燃料ロケットの開発は北朝鮮もまだ手間取っている状況です。

 つまり、火星8に液体燃料を採用したのは中長距離の射程を目指す意図があると見て取れます。

液体燃料のアンプル化

 なお今回29日の北朝鮮の公式発表文には次のような内容が書かれていました。

또한 처음으로 도입한 암풀화된 미싸일연료계통과 발동기의 안정성을 확증하였다. (また、初めて導入されたアンプル化されたミサイルの燃料系統と発動機の安定性を確証した。) 

 암풀(アンプル)とは「ampoule」のことで、言葉の意味合いとしてはおそらくはミサイルの液体燃料を入れっ放しにして長時間待機できるようになったことを指すのかもしれません。全てのミサイルの燃料系統をアンプル化していく方針も示されており、もしそうであるならば液体燃料ICBMを含む全ミサイルの即応性が上がることになります。

 ただし北朝鮮の言うアンプル化とは今回の発表ではどういうものか詳しい説明が無いので(初めて実施された試験なので過去の発表にも無い)、別の意味合いの可能性も有り得ます。

本当はもっと飛べる? 飛距離200km未満の謎と疑惑

 火星8は韓国軍の観測では飛距離200kmに到達していないとありますが、もしこの性能が全力だった場合、速度は極超音速(マッハ5以上)に全く到達していません。韓国軍の観測ではマッハ2.5~3程度しか出ていないのです。極超音速兵器とは言い張れなくなってしまいます。

 そもそもこの射程が最大性能ならば、わざわざ管理が面倒な液体燃料ロケットを使う理由が見出せません。200kmなら管理が容易な固体燃料の大型ロケット弾でも届いてしまう距離です。

 そこで考えられるのは、火星8の発射試験は失敗だったか、あるいはわざと性能を落として実施した可能性です。最初の飛行試験なので敢えて最大射程では実施しなかった可能性が有り得ます。液体燃料ならば射程調整は容易です。実験で飛んだ距離が200km未満だから日本の脅威ではないと考えるのは、早計なのかもしれません。

 もしも火星8極超音速滑空ミサイルのブースター部分の直径が火星12中距離弾道ミサイルと同じ大きさだった場合、日本は射程圏内です。

北朝鮮発表写真より火星8と火星12の噴射部分の比較。主ロケット以外にバーニアも持つ
北朝鮮発表写真より火星8と火星12の噴射部分の比較。主ロケット以外にバーニアも持つ

 ただし極超音速滑空ミサイルは既に説明した通り制御が難しい飛翔体です。長射程になればなるほど誤差は大きくなるので、届くかどうかと当たるかどうかはまた別問題になります。

 それでも核弾頭を積むのであれば細かい命中精度は必要なくなるので、通常弾頭の精密攻撃を目指すよりも開発のハードルは低くなるでしょう。