ノーベル物理学賞の授賞式

 今年、令和3年(2021年)のノーベル物理学賞が、アメリカ・プリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎博士(90)に決まり、例年であれば、授賞式はノーベルの命日である12月10日にスウェーデン・ストックホルムのコンサートホールで行われるはずでした。

 しかし、受賞式は、新型コロナウイルスの影響を考慮し、2年連続で受賞者が居住する国で行うことになりました。

 真鍋叔郎博士は、12月7日(現地時間6日)にワシントンにある米科学アカデミーで、アメリカ在住の化学賞や経済学賞の受賞者と共に表彰されます。

 真鍋淑郎博士が、大気中の二酸化炭素が増えると、地球温暖化が進むということを定量的に予測したのが、今から約60年前です。

 真鍋淑郎博士は、対流圏の鉛直気温減率が1キロあたり6.5度とし、雲、オゾン、水蒸気、二酸化炭素の分布をあたえて、大気の鉛直気温分布を求めています。

 そして、現実の大気によく似た分布を作り出すことに成功し、これをもとに二酸化炭素の濃度を増やすと、成層圏の温度が低くなり、地表付近の温度がどれくらい高くなるということを計算しています(図1)。

図1 真鍋叔郎博士が昭和42年(1967年)に示した放射対流平衡にある大気の鉛直気温分布
図1 真鍋叔郎博士が昭和42年(1967年)に示した放射対流平衡にある大気の鉛直気温分布

 大気中の二酸化炭素の増加によって温室効果が増大し、気候に影響を及ぼすことは19世紀末頃から学者間で議論されてきました。

 真鍋淑郎博士が最初ではありませんが、どのくらい二酸化炭素が増えれば、どれくらい気温が上昇するということを、最初に定量的に研究したのが真鍋淑郎博士です。

 定量的に研究しないと実用的な研究にはならない一つの例に、宮沢賢治の童話があります。

宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」

 童話作家の宮沢賢治が、昭和7年(1932年)4月に刊行された雑誌「児童文学」に「グスコーブドリの伝記」を発表していますが、二酸化炭素が増えると地表付近の気温が上昇するということがモチーフになっています。

 物語は、イーハトーブに住んでいたグスコーブドリ(ブドリ)が、冷害による飢饉で両親を失うなど苦労しながら学問の道に入ることから始まっています。

 そして、イーハトーブが深刻な冷害に見舞われた時に、自らを犠牲にしてカルボナード火山を人工的に爆発させ、大量の二酸化炭素を放出させ、その温室効果によって冷害を食い止めたという話です。

 物語の背景には、冷害と凶作に苦しむ東北農村の姿があったと思われますが、大気中に二酸化炭素が増えれば、地表付近が暖かくなるということは、昭和初期においても、学者のみならず、広く知れわたっていることでした。

 しかし、地球のメカニズムは複雑です。

 宮沢賢治の童話のように、火山が噴火すると二酸化炭素が放出されますが、火山灰などの微粒子(エーロゾル)も大量に放出されます。

 このエーロゾルには太陽光を遮る日傘効果があり、気温を下降させます。

 従って、二酸化炭素の増加による気温の上昇量と、エーロゾルの増加による気温の下降量のどちらが大きいかによって結果が違ってきますので、定量的な研究が重要なのです。

 現在の学問では、火山が噴火するとエーロゾルの増加による気温の下降量のほうが、二酸化炭素増加による上昇量より大きいので、火山が噴火すると寒くなります。

 つまり、宮沢賢治の童話は、童話としての高い評価は別として、一つの前提は崩れています。

世界一コンピュータを使った男

 真鍋叔郎博士を紹介する時に、「世界一コンピュータを使った男」というフレーズがよく使われます。

 世界トップ性能のスーパーコンピュータを使いこなして成果を出したことには違いないのですが、今のスーパーコンピュータとは性能が全く違います。

 真鍋叔郎博士が、「二酸化炭素増加量と地上気温の上昇量」を発表した昭和42年(1967年)ころは、世界最高性能のスーパーコンピュータでも、計算能力は、1秒間に10メガ回(100万回)位しかありませんでした。

 現在、多くの人が使っているスマホより計算能力ははるかに劣っていました。

 真鍋叔郎博士の研究が多くの人の注目を集めた、IPCCの第一次評価報告書が作られた平成2年(1990年)頃になると、スーパーコンピュータの性能が1000倍となり、計算能力は1秒間に10ギガ回となっています(図2)。

図2 スパコンの性能の向上
図2 スパコンの性能の向上

 1000倍のスピードというと、1秒間に1メートルという、ほぼ歩く速度だったのが、1秒間に1キロメートル、時速3600キロ(音速の約3倍)に相当します。

 つまり、音速のスーパーコンピュータを用いる研究の基礎を、歩き回る速度しかない計算機で作ったという意味で、「世界一コンピュータを使いこなした男」というほうが正解だと思います。

 気象庁に入って、真鍋叔郎博士の「地球温暖化が二酸化炭素によって進行する」という業績と、それを解明するために大気と海洋を一緒にして考えるという大気海洋結合モデルのことを知ったのは、平成2年(1990年)のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最初の報告書である、第一次報告書を作成している時です。

 筆者は気象庁企画課で一番の若手でしたが、同僚が、真鍋先生など、世界のトップレベルの科学者が、現在起こっている異常気象の解明を、厳密に検証している作業を、まのあたりにしました。

地球シミュレーター

 平成2年(1990年)以降、富士通やNEC、日立製作所という日本メーカーのスーパーコンピュータが世界のトップ争いに加わるようになってきました。

 そして、平成14年(2002年)に横浜に完成した地球シミュレーターは、これまで上位を独占してきたアメリカを中心とする世界トップレベルのスーパーコンピュータの約5倍という処理能力がありました。

 これに衝撃を受けたのがアメリカで、ニューヨークタイムズは、「昭和32年(1957年)にソビエト連邦(現在のロシア)が人類初の人工衛星スプートニクを打ち上げて以来の衝撃」と表現しています。

 ハイテク技術では圧倒的にトップレベルと思っていたアメリカは、政官財をあげて「打倒地球シミュレーター」に取り組み、エネルギー省に「地球シミュレーター対応会議」が作られています。

 しかし、日本は、低迷期に入り、アメリカに追い抜かれただけでなく、中国にも抜かれています。

 日本が世界のトップレベルに戻ったのは、平成24年(2012年)に神戸市にできた「京(けい)」ですが、その「京」のトップは長続きせず、平成24年(2012年)にはアメリカに、平成25年(2013年)には中国にも抜かれています。

 ただ、令和2年(2020年)に神戸市にできた「富岳」は世界一の座につき、令和3年(2021年)11月には、2位のアメリカのスパコンの3倍の計算速度、1秒間に44京2010兆回の計算スピードを記録し、トップの座を守っています。

真鍋叔郎博士が日本で研究

 地球表面の約7割を覆う海は、熱や水蒸気の供給源として、地球規模の大気の循環や気候の形成などに大きな影響を与えていると考えられています。

 また、海も大気の運動によって海面が動かされる等の大きな影響を受けています。

 「鶏と卵ではどちらが先に生まれたのか」という問題と同じく、大気が海に影響を与えるとともに、海も大気に影響を与えています。

 ただ、大気海洋結合モデルは、最新鋭のスーパーコンピュータを用いても十分行えないほどの大変な計算量を必要とする方法です。

 真鍋叔郎博士がアメリカで研究を始めたころは、アメリカの最新鋭の計算機であっても、能力が足りませんでした。

 大気と海洋を結合するにしても、ポイントを絞り、少ない計算資源でどう成果を出すかということに優れた能力があった真鍋叔郎博士の独壇場でした。

 表は気象庁が平成元年(1989年)にまとめた大気海洋結合モデルの例ですが、この時点での主なものは21しかありませんでした。

表 平成元年(1989年)までの大気と海洋を結合させたコンピュータを用いた実験
表 平成元年(1989年)までの大気と海洋を結合させたコンピュータを用いた実験

 このうち、1、2、8、13、20が真鍋叔郎博士の研究です。

 大気海洋結合モデルを発展させたいと考えていた真鍋叔郎博士にとって、地球シミュレーターと連携していた地球フロンティアシステムは魅力的だったと思います。

 このため、「地球温暖化予測研究システム」の領域長として、来日し日本で研究を進めています。

 平成9年(1997年)10月からスタートした地球フロンティアシステムは、科学技術庁傘下の2つの特殊法人、宇宙開発事業団(NASDA)と、海洋科学技術センター(JAMSTEC)による共同事業として、期間20年(当面第1期10年)で100人規模の研究者を国内外から集め、地球環境変動を中心に研究を進めようというものでした。

地球フロンティアシステムのスタート時点での領域長

(1)気候変動予測研究プログラム:山形俊男(東京大学、兼任)

(2)水循環予測研究プログラム:安成哲三(筑波大学、兼任)

(3)地球温暖化予測研究プログラム:真鍋叔郎(専任)

(4)モデル統合化(次世代気候モデル研究)プログラム:松野太郎(地球フロンティア研究システム)

(5)国際太平洋研究センターにおける研究プログラム:山形俊男(東京大学、兼任)

(6)国際北極圏研究センターにおける研究プログラム:池田元美(北海道大学、兼任)

 当時、筆者は気象庁企画課の技術開発調整官で、東京・浜松町にあった地球フロンティアシステムの地球変動研究所で松野太郎領域長と打ち合わせ等をしていました。

 真鍋叔郎博士とは御挨拶をした程度でしたが、私にとって雲の上の伝説の人なのに、若い研究者のように活動的だったという印象がありました。

 ただ、地球シミュレーターの開発は予定より遅れたこともあり、真鍋叔郎博士は本格稼働前の平成13年(2001年)11月に地球温暖化予測研究領域長を退職し、アメリカに戻っています。

 日本が地球シミュレーターで世界一となっても長続きせず、アメリカが全力を挙げれば、すぐに日本を追い抜くことを見据えていたのかもしれません。

 常に最高レベルのものを求めようとしていた結果なのかもしれません。

 なお、地球シミュレーターの開発に際しては、気象庁も協力しています。

 気象庁のコンピュータに精通した数値予報課の職員の業務分担を変更し、交通の便を考えて、地球シミュレーターのある神奈川県に住む職員を中心に協力し、気象庁の次世代の数値予報モデルを開発しています。

 音速のスーパーコンピュータを用いる二酸化炭素増加による地表温度上昇量を具体的に計算する研究の基礎を、歩き回る速度しかない計算機で作ったと前述しましたが、今の計算機を例えると、1秒間に10万キロという光の速さに近いところまで能力が上がっています。

 光の速さのスーパーコンピュータを用いる大気海洋結合モデルの基礎を、音速の計算機で作ったという意味でも、真鍋叔郎博士は「世界一コンピュータを使いこなした男」、ノーベル物理学賞にふさわしい人と思います。

図1の出典:気象庁(昭和63年(1988年))、異常気象レポート89。

図2の出典:総務省ホームページをもとに筆者作成。

表の出典:「気象庁編(平成2年(1990年))、温室効果気体の増加に伴う気候変化、気候問題懇談会温室効果検討部会報告」をもとに筆者作成。