阪神・淡路大震災 デマ情報とそれを打ち消した適切な情報

震災と火災により被害を受けた町(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

大震災とデマ

 大きな災害が発生するとデマが飛び交い、それによって大きな惨事が引き起こされることがあります。

 大正12年(1923年)9月1日の関東大震災では、朝鮮人が暴動を起こすのではとのデマが飛び交い、混乱の中で、朝鮮人や朝鮮人と誤認された人々が殺害されるという大惨事が発生しています。

 平成7年(1995年)1月17日5時46分の兵庫県南部地震で発生した阪神・淡路大震災でもデマが飛び交っていますが、それを打ち消したのは適切な情報でした。

阪神・淡路大震災の火災

 地震が発生した時、私は神戸海洋気象台(現在の神戸地方気象台)の予報課長で、地震直後に気象台に隣接する官舎から駆けつけました。

 地震と同時に停電となりましたが、気象台がすぐに自家発電に切り替わったので、その光で着替えをし、気象台の現業室に入るまで、地震発生後10分はたっていなかったと思います。

 当時の気象台の取り決めでは、大災害が発生した時の予報課長は非常災害対策副本部長で、本部長である気象台長が駆けつけるまでは最高責任者でした。また、台長が駆けつけたあとは、予報や観測、通信など現業部門全ての責任者でした。

 兵庫県南部地震発生からまもなき6時すぎ、神戸海洋気象台から見て南西方向の真っ暗闇に火の手が見え、シャッターをきりました(写真1)。

写真1 地震発生直後の長田区付近の火災(使っていなかった百葉箱の向こうに2箇所の火の手)
写真1 地震発生直後の長田区付近の火災(使っていなかった百葉箱の向こうに2箇所の火の手)

 まだ夜が明けておらず、月や星の光も見えない曇りの日であるといっても、普段なら町の明かりがある2~3キロ先の長田区付近にです。

 消防車のサイレンの音も聞こえず、静寂の暗闇の中、火の勢いが強くなっているという不気味な状況でした。

 夜が明けても、長田区付近の火事の勢いは衰えず、火元も増えているように見えました(写真2)。

写真2 神戸海洋気象台の屋上から見た長田区付近の火災
写真2 神戸海洋気象台の屋上から見た長田区付近の火災

 また、気象台の東側の灘区方面にもいくつかの火事の煙が見えました。

 神戸における火災のすさまじさは、気象レーダーにも映っています。

 1月17日12時の気象レーダーでは、神戸市長田区のすぐ南には、1時間に10ミリ以上の雨に相当する記号が見られます(図1)。これは、主として大火によって生じた煙や巻き上げられたほこりなどによると思われ、雨は降っていません。

図1 神戸の火災による煙が映っている気象レーダー(1月17日12時)
図1 神戸の火災による煙が映っている気象レーダー(1月17日12時)

 表は、兵庫県南部地震に伴う火災の発生状況ですが、平成5年(1993年)の一年間の建物焼失面積167ヘクタールの約4割という、ものすごい火災でした。

表 兵庫県南部地震による火災状況(1月17日から26日)
表 兵庫県南部地震による火災状況(1月17日から26日)

地震の2日後からの火災

 大規模火災が鎮火したあと、神戸の街では不審火が相次いでいます。

阪神大震災 兵庫県南部地震 新たな火の手、自然鎮火を待つしか

 神戸市中央区や長田区など中心部で十九日未明から早朝にかけて新たな火の手が上がった。繁華街・三宮のビル火災ではアーケード街に煙が充満、ポートアイランドの倉庫火災は水不足から、自然に消えるのを待つしかない状況だ。地震発生以来の四十八時間で、神戸市内では約二百五十件の火災が発生しているが、「出火原因を特定できたものは、ほとんどない」(市消防局幹部)という。ガレキの町でなぜ火災が続発するのか。余震が続くなか、市民も不安を募らせている。

 地震発生直後の同時多発火災がやっと峠を越えたばかりの神戸市長田区で十九日早朝、また火の手が上がった。…。

出典:毎日新聞(1995.01.19大阪夕刊)

 新聞やテレビではあまり報道されませんでしたが、被災地に住む人にとって深刻な問題でした。

 不審火の原因は、大火の残り火か、野宿している人の火の不始末か、それとも…と疑心暗鬼でした。

 地震発生直後から、気象台職員が仕事のために市内各地にでかけていましたが、避難所にいる人々などから「地震保険に入っていない○○が、火災保険を得るために数日経ってから壊れた自分の家に火をつけた」という異口同音のデマを聞いています(〇〇は具体的な名称)。

 職員からその報告を聞いたとき、そんなことはないと即座に打ち消しましたが、説得力がないなと自分に無力を感じました。

 ただ、すぐにデマを沈静化させる2つの正確な情報がでてきました。

デマを沈静化させた情報

 デマを沈静化させる正確な情報のひとつは、デマの原因となっていた相次ぐ不審火について、「不審火の多くは、地震で倒壊した家屋からの漏電によるもの」という情報です。

 地震発生直後は、家屋が倒壊して漏電状態になっても、電気そのものが供給されなくなっていたので、火災は発生しなかったのですが、数日たってからの電気復旧で漏電火災となったというものです。

 阪神・淡路大震災の被災地では、電気、水道、都市ガスの順で復旧してきました(図2)。

図2 阪神・淡路大震災による電気、水道、都市ガスの不通世帯数の推移
図2 阪神・淡路大震災による電気、水道、都市ガスの不通世帯数の推移

 100万世帯という電気の不通は、仮設配線でどんどん復旧を進めたため、一気に回復に向かっていますが、その最中での漏電失火だったのです。

 電気を通電させるときは、建物の漏電状況を調べてからにすることが関係者に徹底され、一般市民にも「最初にブレーカーをあげて電気を使うときには、地震で漏電の可能性があることに注意」ということが繰り返し呼びかけられました。

 もう一つは、「地震によって壊れた家からの出火は火災保険の対象外」ということを、改めて伝えるという情報です。

 火災保険の約款には「発生原因の如何を問わず、地震によって延焼または拡大して生じた損害または障害を除く」という意味のことが書かれています。

 平成6年(1994年)秋に日本損害保険協会が「全国統一防火標語」を募集したときも、この中で「火災の原因が地震だと火災保険では保証の対象にはなりません」とはっきり書かれています。

 しかし、ほとんどの人はこのことを認識していませんでした。

 そして、このとき繰り返し行われた説明で、「放火しても保険金がおりない」「無理して放火するメリットがない」ということがわかると、デマの背景も自然に消えました。

 大災害に発生したデマを沈静化させるには、適切な情報の提供であったという一つの例が阪神・淡路大震災であったと思いますが、デマが飛び交っていたこと自体が年月の中に埋もれています。

写真1、写真2、図1、図2、表の出典:饒村曜(平成8年(1996年))、防災担当者の見た阪神・淡路大震災、日本気象協会。